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また呑みたい素敵な夜の話

江口さんが好き。

江口さんが好き。江口さんが好き。

とりあえずこれを言いたかった。太字で書きたかった。

気を取り直して、2022年9月11日、江口さんのソロライブ、朝まで呑みたい〜EGUCHI屋〜神奈川公演に呑みに行かせていただきました。感想文を書きます。

大阪同様、前半はレポ寄りの感想文、後半は自分語り感想文を書くつもりです。

前回同様特大自分語りですが、最後まで読んでくれたら嬉しいな……

⚠️二日酔い(概念)で記憶が曖昧です。
⚠️ 記憶改竄も覚え違いもあると思うけど、なんかこんなシーンあったな……というのは粗方合ってると思いますが、それがどこで起こってたかとかそういうのは全然違ったりするかも。
⚠️横浜からだいぶ日が経ってしまったので内容うっすいところも多いです。ライブレポ成分が薄れてわたしの感想が多くなってるかも。

1.ライブレポ寄りの感想文

Love&Smile

始まる前から、あの夕方の街並みみたいな背景セットがあるのが見えて大阪で見たやつ!!と思って盛り上がったね。
親の声より聞いたイントロと同時に江口さんがしたからぱって上がってくるのが頭に焼き付いていて、大阪と横浜の2度のその記憶でこの曲を聴くと確定でその瞬間を思い出すようになってしまった。わたしの頭の中で江口さんがぽーん!て出てくる。好き。
大阪は最初の方結構緊張してるというか力入ってる感じしたけど、それに比べると横浜は始まった瞬間から江口さんが自然な感じに気合い入れてきた感じがしたなぁと思った。
登場の時からすごくにこにこしてたの愛しかったね。
サビのところ、Ha/ppy/Jour/ney/Pay it & Forward、とか、Ha/ppy/Jour/ney/Fine/&/Joy、みたいな感じで、1音ずつ上がっていくところで結構明確に音を区切って、1音ずつ頭にアクセントついてるみたいな歌い方をしていて、それが音源と違って生で歌ってるやつだ……と思ったし、アクセントつける歌い方がちょっと気合入ってるというか頑張って声出してる感じがあって、江口さん頑張って歌ってくれてる……♡と思った。
間奏が3拍子になる時とか楽しそうにしてて可愛かった。
江口さんがゆらゆら体でリズム取ったりしながら歌うのめちゃくちゃ好き。

AGARISM

セトリ大阪と同じかな?て思い始めた。
「まだまだいけるじゃない?」のサビが、音源だと結構声が弾んでる感じの歌い方をするんだけど、ライブだと真っ直ぐで、「まだまだいけるじゃない?」が「まだ/まだ/いけ/るじゃ/ない?」にってちょっと分かれてて、それぞれの頭(ま、ま、い、る、な)が表拍、その後(だ、だ、る、じゃ、い)が裏拍みたいな扱いで、表拍の方がクレシェンド的に上がってく、みたいな歌い方をしていた気がする(ちょっとこれ15日に書いてるんでなんか記憶が曖昧ですが)。
これがわたしが大阪の話で書いていた、「みんなを煽る感じの歌い方」の感じを生んでいた、と思う。この曲は間奏の振りつけが可愛かった。

音源でも大阪でも思ったけどサビの裏声やっぱりめちゃくちゃ好きだなと思った。

あともうあんな汗かいてるすごい……と思ったのかなり序盤だったとは思うんだけどこのあたりだったか……?なんかかなり早いうちから、遠く(2階席後方)からきらきらしてるのはっきり見えるくらい汗かいてて、綺麗だなと思うと同時にライブって本当にすごい体力的に大変なんだろうなと思った。
江口さんは大阪でヒトカラの例えを出してたけど、眩しくて熱いステージライトの中で何千人に見られて動いて……ってやったらもうヒトカラの比じゃないんだよね。

MC①

江口さんが、本当にできんのかなと思ったけど無事ここまで来られましたね!(意訳)みたいな話をしていて、いやいやいやまだこれから終わってない早い早い!と思った。と同時に、それだけ準備の日々が大変だったんだなと思った。
ファン側から見るとこれからだけど、ステージに上がる側からすると準備の方が大変なところで、無事始まった、のところでもうあとは大丈夫なのかもしれないなぁとかは自分の経験から思ったりした。

大阪公演きた人〜〜?って言われてなんか嬉しかった。わたしは現場経験が少なくて、こういうのに応えられることって基本的にないので。
二日酔い大丈夫でしたか〜みたいなこと言ってたけど大丈夫なはずはない。二日酔いがさめないままテキーラ口から流し込まれてる気分である。

みんながジョッキ振ってるの見て「うわこわ…」って言ってたの、江口さんぽくて良かった。
あなたが作ったんですよこの状況を。(倒置法)
メンカラがゴールドだからビール、って言ってたのここ?あってる?

えぐう推しでソロライブだって思ってきてくれた人も、友達に誘われて行ってみるか〜ってきた人もいると思うけど、大半はえぐう推しってことでいいですか??(意訳)って言ってた。
いやそうですけど!?こんな確認ずるくない?こっちはこんなに好きなのに。
気合い入れてきてくださって云々も言ってたよね、気合い入れてきたから嬉しかったです。
エゴサしたら江口ファン 怖いって言われてた、怖いの?って
江口さんが自分のファンの話するのあんまないから、なんか「江口さんのもの」になったみたいで気分がよかった。
怖いのかな、人によるよね。怖くないよって言いたいけど、どうなんだろう。
少なくともわたしとわたしのお友達は怖くないよ!!
江口さんは江口ファンのことどう思ってるのかな。

みなさんご存知の通り持ち歌少ないから全曲歌うよ、ということで、いろんな曲あるけど次はあの純愛ソングを、(会場:ひゃ〜〜〜)みたいな感じでCatch a Break の前フリ。
あの曲、ストーカーソングとか言われてたり、江口さんもみんなにキャー(引)って言われるのを楽しんでわざと"ピュアな小学生の純愛"って強調して、それがひとつの様式美みたいになってて、みんなで共有している文脈があるの楽しくて好き。好きだけど、それはそれとして、ソロ曲出すんで作詞しましょうってなって、拗れた歌詞書きたいなって自分の恋愛観、恋愛経験を持ち出したときに、小学生の時に隣の席でドキドキしたなぁ……お揃いのシャーペンとかゲームとか探したなぁ……って記憶を引っ張ってきて歌詞にしようとしたんだと思うとやっぱりそれってやっぱりめちゃくちゃピュアで可愛くない???とか思ったり。

Catch a Break

そんなこんなでみんな大好きCatch a Break。
曲にめちゃくちゃノって動いてるの良かったよね。
好きなゲームあるの?買いに行かなきゃ、同じシャーペン探すの苦労した、のあたりの言い方とか目のガン開きっぷりが、めちゃくちゃ狙ってんな〜〜と思った。
サビ前のsexyのところ、降臨したみたいなポーズしててライトもそんな感じで、絶妙にかっこいいと面白いの境界のラインついてくるのずるいなと思ったし江口さんぽいなとも思った。
会場から黄色い悲鳴が上がるようなきゅんきゅんにかっこいい種類の演出だっていくらでもできるだろうに、そうしないところが。

最後の口パクは何 マジで何

Love Loser

緑のライトと、濃いピンクのライトが交錯してるステージに立ってる江口さんかっこよくて、ピンクのライト×推しは普通に18禁の感じがあるなぁと思った。
なんか個人的にはライティングの色味からそういう色の薔薇とか連想したんだけど、よくこういう感じの曲のライブ演出とかMVとかで薔薇とか薔薇の花びらとか出てくるやつあるじゃん、ああいうのをもしこの曲でやるんだとしたら確かに赤い薔薇出されるより濃いピンクの薔薇出される方が"わかる"かも!とか思いました。0から100まで妄想で怖い、何の話??つたわる??

割とCatch a Breakは、コワ…ってなるのを面白く捉えてもらう系のネタ寄りのパッケージングをやっていた気がするけど、こっちはストレートにかっこいいしセクシーな感じがしました。
これ見ながら、大阪もそういえばこうだったなと思って、大阪に比べて横浜は席が遠かったのもあって、わたし横浜では「江口さん単体」よりも「ステージ全体とその中にある江口さん」を見てるなっていうのを感じた。
2回目の心の余裕とかそういう理由もあると思うけど。
「」を手でつくる振りつけ、よかったよね!!
江口さんの厨二恋愛ソングめちゃくちゃ好きなので是非また作ってほしいな。
囚われた愛情にキスをしたのところめちゃくちゃ良かったね。

SŌIUMONDA

ここであれ?大阪とセトリ違う!ってなった。
この歌は前奏がないし、Love Loserから曲調がぱって変わるから、最初の音掴むの難しいんだろうなぁと思いながら(そういう点ではハローグッバイを先に挟んだ大阪セトリの方が歌いやすそうではある)聴いてました。
大阪同様、横浜もこの辺は相対音感を感じるターンでした。
また絶対音感と相対音感の話するんだけど、一般的に絶対音感は幼少期とかから楽器に触れていたりすると身につく系のもので、後天的な努力で身につくのが相対音感だとされています(例えば大人になってから音痴なのをなんとかしたいなって人が頑張る場合とかは、絶対音感を身につけるのは結構難しいので頑張って相対音感を身につけることでそれを解消しようみたいな)。
つまり江口さんが歌をやるにあたって努力した結果なのかなぁと思ったりしていました。

「主人公になれたならな 映画みたいにさドラマチックで 感動的な結末 そんな人生にあこがれた 筋書きもない 台本もない 何も決められていない 意味はなくていい 矛盾しててもいい 僕たちは物語じゃない」の歌詞がわたしはとても好きなんだけど、それを江口さんが自分のソロの歌詞として表現して歌うことが好きだなと思いました。
勿論その影には途方もない努力や苦労があったことを想定した上で、そしてその努力や苦労の存在を想定しようとしてもその内情をわたしたちが正確に推し測ることは絶対にできないというのも理解した上で、それでも江口さんは表面的な客観的な事実だけ見れば、「上京して、苦労しながら頑張って、どんどん売れていって、過去に憧れた人らにも認められ、大きな役を掴み、今は5000人のホールをひとりで埋めている」という、とても綺麗な、映画のようなサクセスストーリーのように見ることのできる人生を送っているように見ることができる人だと思う。
そういう人がこう歌っているのがとても響くなぁ、って。

そしてそのまま「だからこそ美しくて」につながるところも含めて、表面的な「成功者」としての江口拓也像(敬称略)の向こう側に、ほんの少し触れられた気になった。
その上で、物語じゃない「僕たち」には、わたしたちも含まれていて、わたしが物語じゃない江口さんに感じた肯定がそのまま、物語じゃない人生を生きる私たちに返ってくる。
江口さんは常々十人十色の人それぞれの生き方を僕は全部肯定するよ、みたいな感じのことをテーマとして出してくれるけど、その中身がちゃんと「わたしの経験」を伴ってわたしたちに向けられているのが素敵な体験だった。

この曲の最後の方の歌詞で、「幸せって思うよりもっと近くにあるから」というのがあって、わたしは大阪のソロライで自分がそれを得るのはかなりかなり難しいだろうなと思っていた種類の幸福感を得られた経験をもって、実感の伴ったものとして聞くことができた。
そういう意味じゃないかもしれないし、わたしがたまたままだ二日酔いだったせいで無理にそういうふうに受け取った感じもしなかもないけど、という保険はかけます。わかってるからね。

ライブ、今まで歌詞で見て素敵だなぁと思っていた概念が、体験を伴って自分のものになるところにすごく良さがあるな、と、この曲を通してとても思いました。

ハローグッバイ

ハローグッバイ、サビの歌い方がとても印象に残ってる。
「甘すぎる言葉はもういら」「甘すぎる記憶に縋りつ」「甘くて苦い日々精一杯愛で」の、音の一番高いあたりで1音1音変わるごと(太字部分)にアクセントがついているというか、1音1音頑張って声を出している感じがした。
私はもともとこの曲には最初のワンツーの感じとか全体的な曲の雰囲気的に、割とゆるっと、鼻歌歌うみたいなテンションで歌う曲のイメージがあったので(キーを考慮すれば別にそういうわけでもないのは自明ですが)、ライブ感が良かったし、頑張って歌ってくれてるのが嬉しかった。
精一杯の愛、って、精一杯の声で言われるのめちゃくちゃ響いてしまった。

マジでこの曲好きで、家に帰ってこの曲を聴ける環境さえ残ってれば人生どんな失敗しても大丈夫って思える。

MC②

ここのMCの記憶マジでなくて泣いています。
キャラソンがすき、キャラソン歌うよって話してたのは覚えてるんだけど、、あとかっこいいバンドがいるのでバンドアレンジで、みたいなことを言っていたのも覚えています。あとは、、、(泣)

誰か何かあったら教えてください。

Heart and soul

江口さんの声がまっすぐ伸びるのがかっこよかった。
キャラソンだから(正確にいえばテーマソングなのか、なんかそんな話してたよね)、普段の江口さんとはまた雰囲気が違うよね。

行こうの行→こで、音がかなり跳ね上がるけど裏声に行く歌い方をする歌じゃないので、喉負担がデカそうな曲だ……と思っていた。

「たとえ深い闇が引き裂いても」のたとえの音程と、「深い闇が」と「引き裂いても」の間に短いブレス入るのがめちゃくちゃ好き。

ギターがめちゃくちゃかっこよかったしそれを煽る江口さんもかっこよかった、、、ってこれ大阪と同じこと書いてる気がする、、、

あとこの曲のラストはバンドの皆さんがカッコよく頑張ってくれてる間に江口さんは着替えに帰るけど、その帰るために後ろ向くときの手の動きと歩き方がかっこよくて好きだったのを思い出したけどこれ横浜か大阪かどっちの記憶だろう。

カレパ!

やっぱこれでこそ江口さんだよなぁ、、、

これだけ「奇妙でコワオモロい」みたいな世界観をやらせてもらえるのは、有り体に言えば江口さんが売れてるからだと思うので、これだけ好きなことやれるようになったんだなぁ……だからこそのソロライブなんだなぁと思った。これ大阪でも言ったけど横浜でも思ったを

江口さんのかぶる紙袋はまだマシだけどダンサーさんのやつは目がラリってて余計に怖くて良かった。

紙袋を被って奇怪な動きをする人に光るビールジョッキを捧げる5000人、というカレパのくだりが一番宗教っぽいので、わたしはそれが面白くて好きだった。
大阪ではお席がいい席すぎたんですけど、横浜はそこそこ遠かったので、「観客に囲まれる江口拓也さん」を見ることができて、より宗教みがあってよかった。

Good Unite Infinity

大阪花火どこだったか忘れちゃって適当なところにぶっ込んだ気がするけど花火この曲だったね!!
花火、普通にめちゃくちゃテンション上がるので嬉しかった。

ライブ用に作られてるだけあってやっぱりめちゃくちゃ楽しい曲だったなぁと思う。あの曲だけ10回連続するライブやってほしい(やめな)

お酒は二十歳になってから〜のところは若干噛んだ?気がするんだけど幻覚?でも頑張って喋ってる感があって好きで、GUIってどういう意味か知ってる?のところは楽しそうに喋ってて好きだった。

Hey!C'mon!Let's go!の後の、Good Unite Infinityって言うところが、音源だとgoの音の高さのままGoodに入る感じだけど、ライブだと低くして言ってて新鮮だった。

GUIの時、観客みんな最初はペンラ振り上げたくなるんだけど(おそらく大阪にも行ってた人は最初の方も上げるか下げるか迷ってる感じあった)、江口さんがGUIって拳下げるから、だんだんみんなの動きが江口さんに合わせて下げる方に変わってくの見て、大阪で見たやつ!と思った。

MC③

EGUCHI屋ののれんかけるとき、何回直してものれんの布が均等に伸びなくて3回くらいやり直してたのかわいかった。
その都度指で「」つくって見てるのも可愛かった。
提灯1つつくたびに5000人から拍手が送られるの、愛されてるなぁと思ってニコニコした。

あんなに完璧なのにマイク忘れてきちゃったの可愛かった。この辺のくだりはとにかく可愛かった。
生声で言ったの、わたしのところだとちょっとなんて言ったかまでは聞き取れなかったんだけど、生声なのは聞こえたのでうれしかった。
今日も1日がんばるぞいしててかわいかった。

みんなが来店して、最後の人にドア閉めてくれてお礼言うくだり大阪と一緒だ!と思ってあれアドリブじゃないんだ〜〜と思った。
大阪公演の時こぼしたからね、って話しながら、めちゃくちゃ慎重にお酒運ばれてきてダンサーさんも揃って飲み会が始まる。
大阪公演のこの時鼻水すごかったんだよねって話してて、わたしそのくだり忘れてたんだけど江口さんのおかげで大阪の忘れてたところ思い出せて助かった。
江口屋はお通しが500円で飲み放題らしい、めちゃくちゃいきたい。
なんかめっちゃ視線感じるね、みたいなこと言ってた気がする……5000人に見られる飲み会。
お目目がん開きでお酒飲んで叫んでて楽しそうだな〜〜と思った。
みんなに嬉々としてお酒の失敗談ない??って聞いてて、でも結局自分が真っ先に喋ってるの可愛かった。
2週間で2回漏らしてさすがに自分でも引いたって言ってて、でも自分でも引いたエピソードをみんなに話しちゃうの!?と思って江口さんが何考えてるのかわからなかった。
わたしは引いてないので江口さんよりわたしの方が江口さんのこと好きだよ。
ところでこれはライブ中にも一瞬よぎったし、そのあと真面目に考えてみたんだけど、江口さん、大阪では年1おもらしって言ってて横浜では2週に2回おもらしって言ってたことを思うと、8/29〜9/4の間に1おもらし、9/5〜9/11の間に1おもらし?と思ったんだけど、7月にも江口さん35歳になってからもおもらしやらかしたって話をしていて、アレ……?って勘の良いガキになってしまった。
本人の話を信じるとするなら江口さんのおもらしペース本気でわからない。
メンバーの皆さんは携帯電車に忘れた話とかホテルのお風呂で熱湯出した話とか(これについて江口さんがホテルのお風呂の蛇口何であんな極端なんだろうね?みたいな反応してたの、なんか良かった)、カラオケの女子トイレで倒れてた話とかしてた。
江口さんが楽しそうに笑ってる顔がたくさん見られて良かった。
ここで、なんか気分良くなってきた、歌いたくなっちゃったな〜歌っていい?って言い始めて、アコースティックバージョンが始まる。

ジンセイイチドキリ

マジで悔しいんだけどこの辺りでわたしコンタクトレンズの調子がバカ悪いターンが来ていてめちゃくちゃぼやけるし全然ちゃんと見えてなかったしすごい気が散っちゃって悔しい。

ので、曲を聴く方に意識を向けてたんだけど改めて良い歌詞であるとともに、こういう語彙が江口さんの頭から出ているということがなんかとても良いなと思った。
自意識もうダイブしたいとか、おまじないかけるよとか、なんかその辺の言い回しが、江口さんの語彙にはこういう言葉があって、こういう言葉選びをするんだな、その言葉選びのセンスが好きだなって。

冒頭の理由であんまり江口さんの様子はよくわからなかったけど楽しそうに歌ってる感じはぼんやりわかった。

あとこの感想文書いてる時、書いている部分の当該の曲を1曲リピートしながら書いているんだけど、僕と僕と僕と君で生きようのところで江口さんが何かしてた記憶が出てきた。何してた?
大阪の記憶か横浜の記憶かわたしの作り出した妄想かわからないけど観客に対してなんかしてた気がする、指差すとかなんかそういうの、してた??
覚えてる人教えて。

アコースティックに参加してないメンバーは舞台の横の方で飲んでたけど、パンフレット見せられてやめろよって言いながらちょっと満更でもなさそうな反応してたのはジンセイイチドキリの前?後?

Lonely Darling

こっちもまだコンタクトレンズゴミターン続行だったのでわりと曖昧で悔しい。

みんなでゆらゆら揺れながらペンラ振れたのはたのしかった。
最後のlalala…のところの声がすごい綺麗なのをききながら、いろんな歌の中ではもっと高い音とかたくさん出してるし出てるけど、江口さん的にいちばん出しやすいあたりのキーってこのあたりなのかなって思ったりしました。
口笛も聴けてプライスレス。

MC④

本田さんに上着着せてもらってる江口さん可愛かった。
ラストスパートだぞ〜って言われて、なんか薄々大阪より横浜の方が時間経つの爆速すぎん??と思ってはいたんだけど、その感覚が現実味を増した。
セトリに大きな変化がなかったのもあって、大阪は1曲1曲進むたびに、既:1曲/残:未知→既:2曲/残:未知→既:3曲/残:未知、って、終わりが見えなかったけど、横浜は既:1曲/残:16曲→既:2曲/残:15曲→既:3曲/残:14曲、みたいな感覚があるからなのかなぁ。
正確に曲数を把握してるわけじゃないけど終わりが見えているので、自分が今どの辺にいるのかがなんとなく掴めてしまう。
にしても早かったなぁ横浜。
2階席ー!3階席ー!1階席ー!配信ー!って、皆んなに順番に声かけてくれた。

延長線上のFriends

なんか江口さんがすごく楽しそうに歌っていた記憶があります。あとの記憶がありません。

わたしは歴の浅いファンなのでこの曲を江口さんが歌うことになった頃にどういう背景があったかとかよく知らないんだけど、なんとなく、昔の江口さんにこういう存在がいたらいいなぁとか思ったりしながら聴きました。

あっあと、バンドと相性良くてめちゃくちゃ良いな!!って思ったのも思い出した。

Break of Day

入りからまっすぐ声が突き抜けてく感じがとても清々しくて良かったなとおもった。
サビ前の、「もう止められない期待と主観性〜届け誰かまで」とか、「どう止められたって即起死回生〜届け誰かまで」のところ、ちょっと頑張って歌ってる感じがしてきゅんだった。
そこからのBreak of Dayの開放感?からのラップ、の雰囲気がどんどん変わってく感じが素敵で良かったし、ラップの江口さんがめちゃくちゃ好きだ……と思った。

PAPER BOY

そう、この曲。
大阪でもこれが物凄かった記憶はあったのでめちゃくちゃ身構えていたんだけど、横浜でも本当にすごかった。

がなるみたいに歌ってるところもあったり、サビの「雨が」のところの前にヤの音入って「ヤあめェが!」みたいになってるのとか、そういう歌い方もそうだし、声から苦しさみたいなものがひりひりするほど伝わってきた。あと、歌い切ってからのバンドの最後の音の終わり方めちゃくちゃよかった。

この歌は、PAPER BOYというタイトルがついているし、江口さん自身も新聞奨学生の頃の記憶を彷彿とさせる歌だと語っている。
最初、わたしは、この歌は、声優の仕事で得てきた最高の表現力を以て、過去の自分の苦しさを今表現しているのかと思っていた。
でも、横浜のライブでのこの歌を聴いて、もしかしたらそうじゃなくて、この歌にあるような、この歌に乗せているような苦しみは、江口さんの一部として、今現在も存在するんじゃないかと思わされた。もちろん昔とは割合や種類が違うとは思うんだけど。

はたから見ればこれだけ輝かしいキャリアを手に入れたように見える現在の江口さんの中にも、どうしていいかわからなかったり、前が見えなかったり、自分の至らなさを痛感したり、それを超えるためにどうにか足掻いたり、そういうものが、こういう、暴力的とさえ言えるような生々しさを伴って存在するんじゃないか、と思った。
それくらいに真に迫った歌だった。
正直、何か見てはいけないものを垣間見たような気持ちにすらなった。

「どうにもなんない日々も飲んで笑ってリセットしてまた始めよう」「最低のさ 昨日ならば 酩酊して忘れてしまおう」という歌詞があるけれど、新聞配達をしていた頃の江口さんはまだ未成年で、「飲んで笑ってリセット」「酩酊して忘れて」なんてできないから、この歌以上に苦しい日々だったんじゃないか、という話を、以前仲良しのFFの子としたことがある。
例えばもし、この歌が新聞配達をしていた過去だけに留まるものでないとしたら……、ね、と、思ったんだけど、どうですか。

MC⑤

宴もたけなわプリンスホテル。って言って、あんまウケてないって言うのやめてもらっていいですかみたいなこと言ってたんだけど、ウケてないとかじゃなくてもう宴もたけなわって聞いただけでこっちは大阪のMC思い出して感情がウワッてなっちゃっただけなんだよ……と思った。

僕の人生は飲み会でできてるって言えるくらい、やっぱりお酒が好きなんですよ(意訳)って言ってて、結構お酒が人生ってのはネタっぽい場面でも真面目な話をする場面でも言われてきたことだけど、今回のライブを通してから言われるこの言葉は特別感があった。
自分は正直1人でこういうことを何かやりたいってタイプではないけど、好きにやって良いよってことでこういう風に(飲み会みたいなコンセプトで)できて、1人じゃなくてこのチームで作ってるって感じがあったからできた。
こう見えて意外とプレッシャーとかもね、感じるタイプなんですよ、やるからにはちゃんとやるので。だから、こうやってファーストライブができたけど、ファーストでラストかもしれない。またやりましょうよって言ってもらえたら、やるよって言うかちょっと厳しいっていうかわからない。でも、こうやってみんなが応援して喜んでくれるからやれていて、またやれたら良いなと思う。またやれることがあったらその時もこのチームでやりたい。
というようなこと(意訳)を話してくれて、江口さんがプレッシャーとか伝えてくれることって普段ほとんどないから、そう言わせてしまっているのかなと思ったりそれを隠さずにいてもらえてるんだと思ったり。

素敵な夜に

ああ終わってしまうなぁと思いながら素敵な夜にを聴きました。

もう終盤だからかな、なんとなく江口さんもほっとしながら歌っているように見えた気がした。
江口さんが会場に広く目線を配っていたのがなんとなく印象に残っていて、江口さんの目に映る光の海のうちのひとつになれたのが嬉しいなと思った。

江口さんがほんとうは何をどう思っているのか、わたしには絶対わからないけど、でもやっぱり江口さんも人間だから、ライブ会場でみるたくさんのライトは綺麗だなぁうれしいなぁって思うんじゃないかな……そうだったらいいな。と思います。

Life goes on

わたしはこの曲で歌われているようなテーマをもとに江口さんをここまで好きになったと言っても過言ではないので、「誰かに作られていたレールなんてつまらない 君が本当に望んだものは何?」という歌詞が死ぬほど好きなんだけど、2回のソロライブを通して、江口さんのことをあらためて好きになって、初心にかえったような気持ちの時に、真っ直ぐこの言葉を突きつけられたような気持ちになって背筋が伸びた。
これから現実に帰っていかなきゃいけないから、江口さんがそういう私たちの人生に向き合えるように、背中を押してくれているような気持ちになった。

サビの終わりの、My life goes on、Your life goes on、Our life goes on、を言い切った後にパッてマイクを持った手を下ろして、それと同時に髪がサッて揺れるのがめちゃくちゃかっこよくて3回分目を奪われた。

アンコール前MC

ステージの角椅子みたいにして座ったのズルかったよね!?あのあたりの最前の子本当におめでとう……と思って勝手に感情移入して死にそうになった。そのあとあぐらかいてたのも良すぎた。サービスが。良すぎる。

1人でライブするのってすごい、今まではTrignalで3人でやってて、2人に支えられてきたけど、そうじゃなくなったらすごく大変だった。
体力的なことや健康にも気を使うようになった。
みたいな話をしていたと思う。
みんなでまたこうして集まるためにも健康が1番、最近はトマトジュースを箱買いしてるって言って、みんなが「野菜嫌いなのに頑張っててえらいね〜〜♡」の空気になって拍手してるのがなんかよかった。
トマトジュース飲んでるだけで5000人から拍手を受ける推し。
江口さんのおかげでわたしも最近トマトジュース飲んでる。

ソロでやりたいことってそんなになくて、もうほとんどやりたいことはやりきってしまった。これをみんなに伝えたいみたいなのがすごいあるわけじゃない。言いたいことって酒の歌とみんな楽しく生きていけばいいみたいなことしかなくて、ソロの歌は大体手を替え品を替え言ってること一緒。という内容の話をしてた。
この辺に関しては過去の自分のツイート貼っておきます。

だから、江口さんが素敵だと思うものを、大切だと思うことを、前と変わらなくて良いから、私たちに届けてくれたら、こんなに幸せなことはない、と思う。

ソロでやりたいことはやり尽くしてしまったけど、でもひとついうなら、いつになるかわからないけどみんなの声が聴けるライブがしたい。みんなでGUIGUIコールするのを聞くまではやめられない。と言ってくれて嬉しかった。
いつか、みんなでGUIGUIしたいね。

あとは告知。
なんか情報量多くてわかんなかったけど、オンラインくじ、単価が安い分やたら買ってしまいそうでどうしようね。

HRC

アンコールでこれをやるために作ったまである曲らしい、本当に死ぬほど盛り上がるアンコール曲。大好き。

江口さんもすごく楽しそうに歌ってたし、そんでまた途中で謎の液体が登場。
江口さんが目が合ったな!?って言って、メンバーのみんなが謎の液体を飲む。
あの液体、みんなちょっとキツそうに飲むけど一体なんなんだろう。
背後のスクリーンには※お酒ではありませんって出てたね。
3階も2階も1階も配信も、みんなに目が合ったな!?って絡んで、最後にもっかい目が合ったら俺がGUIってジョッキの一気飲み。
大阪よりは量が減ってた、流石に大阪しんどかったのかな。
飲みながらくるって回ってカメラに映りやすい角度に変えてたの、需要分かってんな〜〜って感じがした。喉仏大変えっc……ごめんなさい。

最後に飲め飲め飲め飲め飲め飲め!!!って煽ってくるのが本当に最高だった。推しが治安悪くて大好きだと思ったし、明確にわたしたちに言葉を向けてくれるのが嬉しかった。
飲め飲め飲めって煽り本当に天才だと思うから、いつかくるかもしれない次のライブでも絶対にやってほしい。

エンディング

HRCのアンコールの光景を見て本多さんにこれがやりたくて作ったもんねって話振ってて(これHRC前か?)、本多さんもちょっと嬉しそうだったのなんかよかったなと思った。最高の曲を作ってくれてありがとうございました。

メンバーの方もみなさんのみべの高い方で、このライブを楽しんでくれていた感じがとてもして、江口さんファンのことも良く言ってくれて、本当に嬉しかった。なによりこのライブを作るにあたって江口さんを支えてくれたことに、心の底から感謝している。

江口さんが、最後、メンバーで並んだ誰よりも、と言えなくもないくらい、深く頭下げてたのが印象に残ってる。
江口さんは去り際に舞台の隅でめっちゃみんなの方見て手を振ってくれた。3階も2階も1階も配信も、右も左も余さず見て帰ろうとしてくれてる感じがすごく嬉しかった。

江口さんはプレッシャーを感じていたと言っていて、わたしはこのライブを大層楽しみにしていたけど江口さんにプレッシャーを与えたいわけじゃなかったし、もし全然グダグダのライブだったとしても江口さんのことを好きだと思う。たぶん多くのファンがそうだと思う。
それでも、きちんとしたクオリティでライブをやりとげて帰って行く江口さんは、やっぱりとてつもなくかっこよく見えた。
わたしの好きな人が、こんなにもかっこいい。

呑むぞ〜〜って言いながら帰ってくのが江口さんらしいと思った。

2.自分語り感想文

①大阪の解釈と横浜の疑問

江口さんがソロアーティスト活動について「自分はこういうのは結構不得手だけどみんなが喜んでくれるからやる」(意訳)というような言い回しが多いことについて、わたしは長らく疑問を持っていたけど、大阪でのソロライブを通して、平たく言うとあれは天邪鬼な愛情表現のようなものなのではないか、と感じた。と大阪の感想文で話した。

江口さんが本当にそういう意味でこういう発言をしていたかどうかはわからないし、その正誤を問うつもりはない。
ただわたしは、「江口さんがどう思っているかはわからない」ということを頭で十二分に理解しているのに、その上で、それを超えて、あのライブ会場で一瞬でも迷いなく自分のひとつの解釈を信じることができた、というそのことに価値があったと思っている。
その価値は、例えばわたしのこの解釈が、正しかったとしても、間違っていてわたしの思い上がりや勘違いだったとしても変わらない。
大阪でわたしの出した結論は、それはそれでひとつの出来事としてわたしの中では揺るぎなく完結している。

ということをもう一度強調した上でこの次の話をしたいんだけど、わたしは、江口さんのソロ活動やソロライブに向き合う姿勢や、そこにファンが及ぼす影響などに関する発言について、横浜で見た江口さんと大阪で見た江口さんとの間にギャップがあるように思えて、江口さんが横浜でくれた情報に、大阪でわたしがした解釈をそのまま当てはめるのは何か違うな、という感覚を持った。

なんだか、大阪では受け取れる100%を受け取って公演中に疑問を解消しわたしなりの解釈が持てたけど、横浜ではわたしは何かを見落とした気がしていて、でも何を見落としているのかわからない。けど、それがわかれば江口さんのソロ活動やソロライブに向き合う姿勢について、わたしなりの解釈が持てるんじゃないかと思った。

そういう意味で、江口さんの横浜のソロライブが終わった時、途方もない多幸感と共に、わたしはとてももどかしいような気持ちでいた。

②帰路、回想と自分的ファンルールの話

そんなわけで、わたしは、江口さんがソロ活動やソロライブに向き合う姿勢や、そこにファンが及ぼす影響などに関する情報を振り返りながら帰路に着いた。

冒頭から、無事ここまでこれたみたいな発言をしていて、多分本人的にはすごく負担だったんだろうなと思った。
ソロ活動をやる前というか、ソロライブをやる前より歌上手くなってて、(なんか声がすごい綺麗になってた)(前がダメってことじゃなくて)、多分すごいボイトレとかも頑張ったんじゃないかなぁと思った。
1人でこういうことを好んでやるタイプじゃなくて、プレッシャーも感じていた。
「プレッシャー」という、かなりダイレクトな言葉を使うまでしてくれた。
だからこれで最後かもしれない。
ならわかるんだけど、江口さんはそれを言いながらまたやりたい、みんなの声が聞けるライブがしたい、を同時に言ってた。また呑みましょうって言ってた。
言行不一致というか、言言不一致。
矛盾する発言が、どちらも本当らしい丁寧さと誠実さと重さを持った言葉のかたちで記憶に残っていて、考えれば考えるほどわからない。

わたしは多分、その状況が不安だった。
わたしは自分がファンをやる上で望んでいることが2つあって、1つは、「わたしが向けるファン感情が江口さんにとって何か悪いものじゃないこと」もう1つは、「わたしが江口さんを好きでいることによってわたしが良い影響を受けること」。
もちろん、もっと欲張りになれば願望は際限なくいくらでもあるんだけど、この2点だけは最低限、ファンとしてのアイデンティティを保つ上で極力譲りたくない点だった。
というか、この2点に向き合うことをせずにファンをやることを、わたしはわたし自身に許せない。

1点目はシンプルにわたしの想いで彼を傷つけたくないという話。2点目はわたしが楽しくオタクをするためであり、かつ、わたしの人生を良くするためでもあり、かつ、わたしが自己満足で安定することで江口さんに暴力的な感情を向けないため。2点目については、私がなんとかできることだから、線引きを探りながらオタクをやっている。
でも、1点目については、江口さんの感情次第なのでわたしが明確な答えを得られることはない。それでも私なりにたぶんこの感情は大丈夫だ、と思える理由が欲しいし、わたしがわたしを許せる程度にきちんと、この問題に向き合っていたい。
ソロアーティスト活動に関する江口さんの矛盾する発言は、1点目の問題と密接に関わるもので、だからこそずっとこの点にこだわって答えを欲しがっていた。

③現場通いに伴う葛藤

江口さんについて、わからない、と考えながら帰路につき、横浜から東京駅に戻って行く。

その時間の中で、私にはもうひとつ考えたいことがあった。
それは、私にとっての「現場に行くこと」や「遠征すること」の位置付け、それらが私にもたらしたものと失わせたもの、みたいなことについて。
ちなみにこれは先ほど書いたことの2点目の方に関わってくる話である。

ちなみにたぶんこの辺についても若干整理がつきつつあるのでまた長々とnote書くと思う。
わたしは思考するとか整理するとかに文章媒体を用いずにはいられないので。
だからここでは極力さらっと触れておくね。

人生初現場は今年のFan×Fun Timeの名古屋公演で、その後尻パに両部参戦し、その後大阪と横浜のソロライに参加した。
今まで経験のなかったものを突然平均月1みたいな頻度で取り入れて困惑していたこと、この先の予定を特に持っていないこと、ソロライの発表があったのがFFTであったことなどから、私にとってはこの一連の現場通いは、なんだか自分にとってよくわからない夢のような期間だった。

この夢のような期間の間、わたしは現場に行くという行動について、ずっと自分のコントロール不全感を感じていた。
先ほど話した2点目「わたしが江口さんを好きでいることによってわたしが良い影響を受けること」を守るために、わたしは自分がオタクをする上で何を差し出し何を得ているかに敏感なところがある。それを考えて、自分が得られるものが大きいと思える状態を保てるよう、行動の線引きを守ることを大切にしている。

ただ、現場で得られる幸せはあまりにも大きいもので、また、私がその全容について上手く把握できていないことで、その計算がバグっている気がしていた。
「自分が何を差し出して何を得ているかわからないまま、何かを差し出して何だか物凄い得体の知れない規模の幸福を得ている」という感覚が自分のコントロール不全感として存在した。私は自分の行動の意味を自分で自覚して自分の行動を制御できていない感じが不安だった。

だから、正直に言うと、現場ラッシュが終わってしまって寂しい、という喪失感の中にいながら、同時に、熱に浮かされたような自分が正気に戻ってこられた、ようやくあのどうしていいかわからない期間が終わった、という安心感があったのもまた事実だった。

④結論

頭の半分で江口さんの言動に対するわからなさを考えて、頭のもう半分で自分の現場通いへの葛藤を考えながら、東京駅の地下街をぐるぐるぐるぐる歩き回った(なぜか無性にゴンチャが飲みたい欲望に駆られたため)。
ゴンチャを啜って、夜行バスまでの時間調整に南八重洲口のマックにいって、ぐるぐる考えた。そしてそのまま鍛冶橋駐車場までスタスタ歩き、夜行バスに乗り込んで、微睡んだり目覚めたりをしながら、しばらく経った。

そして、ふと、頭の半分ともう半分の思考が繋がった。
あれ、両者、似てない??

もしかして、江口さんの言動に見える矛盾と、わたしの現場に対する葛藤って、本質的には類似した部分があるんじゃないかしら。
そう仮定して見つめ直すと、わたしは江口さんの言動に見える矛盾が少し分かるかもしれないと思った。

「現場ラッシュの終了に対して自分が向ける感情として喪失感と安心感が両立している」という出来事を通すと、「ライブに対して江口さんが向ける発言としてしんどさともう一度やりたいが両立している」という状況が腑に落ちる気がした。

冒頭で書いたように、わたしは、江口さんがあのライブを通して提示してくれた情報に対して、何か見落としをしたんじゃないかと思っていた。
でも正確に言うと、それは少し違ったと今は思う。
見落としがあったんじゃなくて捉え方の前提が違っていた。
恐らく、わたしに欠落していたのは、改めて書くととてもシンプルだけど、「人間の頭の中で起こる矛盾がそのまま行動に表出され得る」という視点だったんじゃないかと思う。

わたしは、江口さんの中で色々思うことや感じることはあっても、その中から江口さんが私たちに見せてくれるのは、ある程度思考で選んで整えられた一面だけだと思っていた。

多分それは、江口さんが芸能人だからとかもあるけど、1番の理由としてはわたしがそうだからだ。
矛盾した感情も欲求も整理しきれない思考もわたしの中にはたくさんあるけど、わたしがわたしをコントロールできているという実感と安心のために、行動(発言)として表出させる部分だけは、「わたしは○○に対してこう考えて○○だと思ったからこれをやっています」と論理的な説明がつくように整えておきたい。
自分がそう考えて行動をする人だから、人の行動についてもそういう視点で理解しようとしていたんだけど、多分そこには限界があったんだと思う。
「意味はなくていい 矛盾しててもいい」って江口さんも歌ってたな(伏線?)

わたしが見た江口さんが、何を表に出すか思考で選んで整えられた一面じゃなくて、整理される前段階のものなのかもしれない、と思えば、矛盾した発言なんて不自然じゃないというか、むしろあって当然のものだ。

江口さんがここまで経験してきたのは、多分、大変なこともあるけどやっぱライブやると楽しいっすね!って切り捨ててしまえる程度の努力や苦労じゃない。
でも、大変だからもうやりたくない/やれないですね、って言って終わりにすることができないくらいには、私たちの期待に応えたいと思ってくれているのだと思うし、江口さん自身が得られるものだって、どう見積ったって決して少なくないだろうと思う。
ただでさえあれだけ吸収して成長してを繰り返している人なわけだし。

ライブに伴う大変さと、そこから得られるもの(この中にはファンが喜んでくれるというのも含まれている)の、両方を天秤にかけてどっちが重いか、江口さん自身ですらまだわからなかったんじゃないかな。

そう考えると、重要なのは、両者のどちらが江口さんの本音なのかとか勝手にその両者をわたしが天秤にかけることじゃなくて、むしろ、江口さんがソロライブでわたしたちに見せてくれた姿が、矛盾したままの、生身の剥き出しだったことじゃないかと思えた。

多分、江口さんは、何を表に出すか思考で選んで整えた一面を見せることだって、やろうと思えばできる。というか、色々なメディア露出の中で、そういうふうにやっている部分が多いと思う。
だからわたしは今までそういうふうに江口さんを見てきて困らなかったし、程度はあれど、仕事柄そのコントロールができなきゃここまで売れてないと思う。
その上で、ソロライブで江口さんは未整理の自分を私たちの目に触れるところに出してくれた。

江口さんのソロ活動は、江口さんからわたしたちに対する自己呈示の場になっている、とわたしは大阪の話でも書いた。

少なくとも今私たちが江口さんに触れられるコンテンツの中では、ソロライブが最も「江口拓也」という人間をわたしたちに教えてくれる場であると思う。

そういう場において、江口さんがちゃんと固まってない自分を見せてくれた、ということに意味があると思ったし、その背景にはやっぱり、各々の形で江口さんが好きだという気持ちを持ってあの場に集まった、あるいは配信を見た、そうやって江口さんを好きで応援したいと思っているファンへの、好意とまで言っていいかはわからないけど、信頼のような気持ちがあるんじゃないか、と思う。

少なくとも、ここまで考えてそう思えたとき、わたしは江口さんがあのライブで見せてくれたものをちゃんと受け取れたような気がしたし、わたしはそれを信じたい。

本人の言う通り、今後再びソロライブが開催されるかどうか、できるかどうかはわからない。
でも、そういう言葉を軽々しく言えないと思う(op.7のMCより)江口さんが、多大な苦労をして言ってくれた、「また呑みたい」は、その重さに見合う、この上ない希望のひとことだった。
いろいろな葛藤を抱えたままで、でもみんなでまた呑めてよかったね、って言える日がくるまで、わたしはずっと江口さんのことを好きでいたいと思う。

最後に、江口さん、メンバーの皆さん、スタッフの皆さん、一緒にあの場にいた方々、この上ない幸福なライブをありがとうございました。

そして、この文を読んでくれた子、こんな文章を長々と読んでくれてありがとうございました。

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