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「メッセージ」 鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴが仕掛ける“邯鄲の夢”の物語

by キミシマフミタカ

 原作はテッド・チャンのSF短編「あなたの人生の物語」。映画は、原作とは少し趣が違う。おそらく主題も違う。原作はもっと“理系”なのだ。
 でもそれはそれでいい。ある日、世界の各所に、巨大な球形の宇宙船が降り立つ。異星人たちの意図は不明。そこで言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)が呼び出され、異星人たちとコンタクトを取るように命じられる。映画の原題は「Arrival」だ。
 
 独特のかたちをした、球形の宇宙船。それが緑の草原の上に浮かぶ光景は、美しい。昨年早逝したヨハン・ヨハンソンの音楽も、素晴らしい。物語の設定自体は、従来のSFドラマで使い古されたものだ。だが、この映画は“未知との遭遇”ではない。地球の危機を煽るものでもなく、輝かしい未来の物語でもない。

 これもまた、時間と記憶をめぐる物語なのだ。地球外生命体・ヘプタポッドとのコンタクトは、この映画の主題ではなく、きっかけにすぎない。主題は、ルイーズの頭の中で、繰り返し現れるビジョン。自分が生むはずであろう、可愛らしい娘と過ごす“記憶”。その“記憶”の断片が、コンタクトを続けるルイーズに取り憑いて、離れなくなる。

 物語を最後まで見ることで、ようやくヘプタポッドの意図に気づかされる。同時に、この映画のテーマが、まるで球形の宇宙船のように、くっきりと立ち上がって来る。

 筆者がまだ10代の頃、高齢者になった夢を見て、汗びっしょりで目覚めるということが何回かあった。洗面台の鏡で、まだ若い自分の顔を確かめて、ほっとする。こんなはずはない、と夢の中でも薄々思っていた。そして十分な大人になったいま、早く夢から覚めてほしいと思うときがある。この現実は、とんでもなく長くリアルな夢なのでは? と。
 
 目覚めると、まだ自分は高校生で、自宅のベッドで寝ている。まるで「邯鄲の夢」なのだが、ただ時間が逆行しないだけで、もしかしたら同じことなのかもしれないと思う。つまり、高校生の自分が、単に未来を先送りにしているのではないかという疑念だ。
 もし、未来に起こるであろう幸福と不幸を知っていたら、自分はその人生を選ぶだろうか。不幸になることが決められた未来でも、そこにかけがえのない幸福があるとしたら?

 監督は、カナダ出身の鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴ。その後、「ブレードランナー2049」を監督した。これは映画館で観たが、「ブレードランナー」が大好きだった自分としては、あまり出来の良い映画とは思えなかった。
 ただ、今になればわかる。なぜ彼が老いたハリソン・フォードを使わざるを得なかったのか。ドゥニ・ヴィルヌーヴは、一方向に流れる時の肯定者であり、未来に幻想を持たない人間なのだ。たぶん、きっと。

 
 
 
 

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