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【独自取材】識者の視点から見えてきたユーザベースTOBの背景

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本記事では、2022年11月9日に公表されたThe Carlyle Group(以下:カーライル)がユーザベースに対して行ったTOB(株式公開買い付け)の背景を考察していく。

記事の作成にあたっては、企業データが使えるノートも決算説明会に参加し質疑を重ねたほか、元PE在籍者、国内機関投資家、SaaS企業CFOなどに取材を行い、複数の見方からディールの背景やスタートアップ・新興市場における影響などを集約した。

なお、既にご覧になられている方も多いと思われるが、シニフィアン村上氏が適示開示後、バリュエーションやディールプロセスの観点から解説をされているので参照されたい。

企業データが使えるノートでは、SaaSビジネスの観点やPE、機関投資家といった株主側からの視点を踏まえ本件の背景や意義に迫っていく。

*なお、筆者は2013年から2020年までユーザベースに在籍しており、記事リリース時点では(少数)株主であることを予めお伝え致します。


なぜ「今」TOBとなったのか

今回のディールに関する説明を含む2022年12月期第3四半期決算説明会では、既存株主などから「なぜ、新興企業株価がボトムをつけつつある市場環境でのディールなのか」といった質問が見られた。

* Google Financeからユーザベース株価

ユーザベースの株価を振り返ると、2017年から2021年末においては、今回のTOB価格である1,500円を超える水準で推移をしてきたため、長期的な成長に期待をかけこの期間から保有を続けてきた投資家はマイナスリターンが確定する。

決算説明会中でも経営陣が最も慎重に言葉を選んでいたのはこの点だ。

「株価も、今回の買付価格に関しては、我々も公開買い付け価格こそが既存株主の方にとって一番重要であると考え、特別委員会を通じてカーライルと何度も交渉し、価格を引き上げてまいりました。そして1,500円という価格であれば適切であろうという形で最終的に判断しました。ただ、もちろん、それ以上の価格で弊社の株式を買っていただいた株主の方がいらっしゃることは存じ上げております。そのような方々に関しては非常に申し訳ないと思っております。(佐久間氏)」

1年前の2021年12月末には長期経営説明資料を公表しており、ロングタームでの目標を定めるなど、非公開化への予兆は感じられなかった。

なぜこのタイミングで未上場化へと舵を切ったのか。

■ PE、カーライルの視点

まず、今回TOBを表明しているカーライルの狙いやPE側の視点に触れたい。

これまでPEファンドは、成熟した上場企業に対し、LBO(Leveraged Buyout - 借入金を活用した企業・事業買収)による投資を主な手法としてきた。

「キャッシュフローなどは安定しているが、BSに問題がある企業」などの株式を取得後、新たな経営者を招き、コスト削減や事業構造の整理を通じ、バリューアップを図った後、再上場させるのが一般な流れだ。

ただ、直近では、金利上昇局面に差し掛かりLBOによる投資のハードルが上がっており、「上場前後の成長企業」に対する投資機会が物色され始めていた。

その中で「成長株の中でもBtoC IT領域は、不確実性が高く、PEがバリューアップできる余地が少ない。一方で、KPIによるブレイクダウンができるなど事業性が図りやすいBtoB SaaS銘柄が投資対象になりやすかった(元PE在籍者)」など、投資決定において精緻な事業予測を行うPEとBtoB SaaSは相性が良い。

現在、レイターステージにいる未上場SaaS企業では、2020-2021年頃に資金調達を行い、当時の市況感からバリュエーションが高止まりしつつあることに対し、2022年の新興上場株安によって、上場SaaS企業の割安性が目立っており、PEにとっては絶好の投資機会が訪れていた。

「カーライルとしては、SaaS企業などへの投資機会を伺っていたと考えられるが、ただ、そもそも売り手がいなければ成立しない。今回は、ユーザベース株主が売却できるタイミングと上手く一致した(元PE在籍者)」との見方が投資決定がなされた大枠の背景と考えられる。

■ ユーザベース経営陣・創業株主の視点

適示開示資料並びに決算説明会の中で提示された経営陣の今回の意思決定の背景は、以下のとおり整理される。

① 株価低迷による打ち手の限定化や短期業績志向からの脱却
② カーライルのネットワークなどを活用したビジネス展開の可能性
③ 株主構造の整理

① 株価低迷による打ち手の限定化や短期業績志向からの脱却

一般的に、長期的な株価低迷によって「敵対的買収」のリスクが顕在化するといった声が聞かれることがあるが、ユーザベースにとって株価低迷が経営に与える影響はどのようなことが想定されるだろうか。

「敵対的買収のリスクもゼロではないが、そのような買収で上手くいくケースは少ない。むしろアクティビストに保有されNewsPicksの売却を含む様々な提案に対処しなくてはならないというシナリオがある(元PE在籍者)」といった見解の通り、程度の差はあれど、現在、経営陣が描いている長期的な戦略とは異なる意見に対処せざるを得ない可能性は高い。

「詳細は申し上げられない部分もありますが、株価が低いという状態にはいろいろなリスクの可能性が存在していますし、その中で私たちが未来を見据えて、日本発のグローバルプラットフォームを作ってこうとしたときに、この株価ではどうしても手が縮こまってしまい、リスクを取れません。(稲垣氏)」

との決算説明会のでの稲垣氏の発言からは、実際にそのような危機感が迫っている様子が伺える。

② カーライルのネットワークなどを活用したビジネス展開の可能性

これまでユーザベースはSPEEDAの海外展開やQuartzの買収を通じ海外展開に挑戦を行ってきたが、いずれも事業成長を大きく牽引できる規模まで拡大をすることが出来なかった。

決算説明資料などでは過去にカーライルが米国のBtoB SaaS企業であるZoominfo(当時はDiscoverOrg)へ出資を行い、サポートしたことやグローバル経営の知見、ネットワークが活用可能となる旨が説明されている。

Zoominfo(当時はDiscoverOrg)のCEOであるHenry Schuckは“A great Private Equity partner can see scale potential for company that you just might not see yourself. Key is finding a great partner.”と述べるなど、非連続な成長にはPEの存在があったことを振り返っている。

③ 株主構造の整理

TOB前、2022年6月におけるユーザベースの大株主は、以下の通りとなっている。

* ユーザベース 半期報告書より

創業者のうち、新野氏、梅田氏は経営の執行から退いており、現在は、Co-CEOを稲垣氏と佐久間氏が務める。いわゆる創業家株主のようにこのまま株式が長期的に保有され、梅田氏、新野氏は、執行に携わらない選択肢もあるが、経営陣としては、株主関係を解消し、新たなインセンティブ設計を行うことを志向していると見られる。

「カーライルの経営方針が許せば、非上場化した後の会社にしっかり出資して、リスクを取って経営を続けていきたいと考えています(佐久間氏)」

新野氏は取締役などを含む役職から持病の療養のため2018年に退任、梅田氏も非執行サイドの非常勤取締役につきつつ、現在は、スマートハウス事業を中心としたMonochromeの立ち上げに軸足を移しており、株式を保有し続けるよりは、タイミングを見計らって売却する可能性も考えていたのかも知れない。

このように、買い手であるカーライルの投資意欲、経営陣による長期経営視点やインセンティブ設計、売り手である創業者株主が売却に同意するトリガーが株安によって引かれ、2022年11月の公表となったのが経緯と見られる。

そもそもなぜユーザベースの株価は低かったのか

これまで企業データが使えるノートにも、たびたび「ユーザベースのバリュエーションは低いのか」といった疑問が寄せられていた。

国内機関投資家やヘッジファンド関係者、他のSaaS企業CFOなどとディスカッションする中で、挙げられた要因を整理していく。

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