見出し画像

布ナプキン論④

 さて、前回は布ナプキンの利点として書籍で紹介されている内容をまとめた。その続きについて書いておきたい。

 布ナプキンの利点として、「経皮毒」や「温める」といったことが紹介されていることはすでに述べた。この先にあるのが、生活習慣の見直しである。具体的には、布ナプキンを使うことで、体を温めたり、食事を摂って「冷え」を追い出す「温活」が推奨される。この「温活」はよくネットで非科学的だと批判されることも多いが、この考えの基本にあるのは東洋医学的な考えである。また、「温活」で志向されているのは、布ナプキンそのもので子宮を直接保温することだけでなく、生活全般への見直しである。

 さらに、布ナプキンは紙ナプキンより経血の状態が確認しやすい。本のなかには、経血の状態で、自分の体調をチェックする方法も掲載されている。それが医学的に正しいか否かはともかく、月経と向き合うきっかけとして推奨されている。こうしたことから、産婦人科医や助産師が布ナプキンを後押しする例も珍しくはない。(余談だが「温活」を推奨するのも批判するのも医師が登場するが、布ナプキンも同様の構造がある。やれやれ。)

 こうした布ナプキンの利点がもたらすものは、「女性らしい身体」ひいては「妊娠・出産しやすい身体」である。得てして体を温める「温活」は妊娠・出産と結びつけられやすいが、布ナプキンはそれが顕著に現れている。布ナプキンを通して月経と向き合い、生活を見直し、さらには自分自身を見直すことで、「女性らしい身体」「妊娠・出産しやすい身体」作りが目指されているのである。そのため、布ナプキン本の多くには、「女性らしさ」を取り戻した、パートナーとのセックスレスを解消した、妊娠した、とするユーザーの体験談が寄せられることが多い。

 そして、最終的に目指されているのが、妊娠・出産への準備とゴール、すなわち「母性」の獲得である。したがって本を見る限り布ナプキンとは、極めて保守的な生理用品と言えるだろう。

 ところで興味深いのは、保守的な身体観を提示する布ナプキンが、「汚物」として処理される月経に対しての、反発として提示されている点である。月経は汚いものではないからこそ、布で「手当て」すべきとする主張が展開されている。

 しかし、こうした反発もまた、保守的な価値観を強化する主張への回収される。そこで歴史の改ざんすら起ることもある。例えば、①で述べたように月経小屋は月経をケガレとみなし、女性を隔離するためのものであった。しかし、布ナプキン本のなかには、以下のように歴史を紹介しているものもある。

 生理が理由で家族と別居・・・・・・。現在の私たちからは想像もできないことですが、その昔、槻屋ごもりという風習がありました。(中略)ちょうど同じ頃に生理になり、こもるために同じ場所につどった顔見知りの女性が複数いたとしたらどうでしょうか。そこでは女性同士ならではのおしゃべりが自由にでき男性の目や耳を気にせずに盛り上がって、日頃の息抜きの場となっていたかもしれません。“こもること”は意外と楽しい面があったのかもしれないと思いませんか?
(「布ナプキンはじめてBOOK」2012:74-76)

 そしてこのような保守的な月経観がさらに推し進められて、月経はケガレとは真逆にある、「聖なるもの」として位置づけられていくのである。布ナプキンはゴミを出さないため、環境にも優しいという利点も、こうした主張と結びつけられやすい理由である。

 ところで少し話は反れるが、近年イギリスでは紙ナプキンに対する課税反対運動とともに、月経を普通のものとして男も女も見るべきだというキャンペーンが起った。例えばツイッターには#Bloodnormalというハッシュタグがある。さらに、以下のようなCMも展開されている。


 また、定期的に生理用品に対する課税反対や、状況を変えようとするデモも行われている。

 また、環境を考える女性は、布ナプキンを使わずにヴィーナスカップ(月経カップ)とよばれるシリコン製の道具を使っている。近年、日本でも使用者が増えているので、ご存知の方もいるのではないだろうか。

 

 なるほど、もともとタンポンを使っている場合には、こちらのほうが抵抗がないかもしれない。

 生理用品を通して月経をnormalにとらえようとするイギリスの動きは、日本の布ナプキンで起こっている、ケガレから「聖なるもの」への移行と、まったく動向が異なっていると言えるのである。

 ただし余談だが、友人から聞いたところによると、イギリスの「スピリチュアル」な人たちが集まる聖地、グラストンベリーでは、環境のためにヴィーナスカップを使うことが一般的なのだそう。ただ、なかには集めた月経でアートを描く人もいて、女神信仰の盛んなグラストンベリーならではと言えるだろう。ここでは、月経の聖化が行われているとも考えられる。ただ、まだ勇気がなくて検索したことがない。

 話を日本のことに戻そう。日本の布ナプキンのこうした扱い方や利点、さらには月経の聖化は同じ源流を持っている。それが、疫学者で津田大学の教授である三砂ちづるが出した「オニババ化する女たち」を含めた一連の著作である。この点については、以降に触れたい。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

mizuho_h

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。