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出産とナショナリズム①

 昨日から令和令和煩い。そもそも天皇の代替わりとわたしの人生はほとんど関係がないし、興味もないのでテレビも見ていない。宗教的な動向だけはチェックしている程度である。何をしていたかというと、戦後における産婦人科医療の歴史について、宗教的な観点から軽くまとめるという作業をしていた。

 さて冒頭のこの記事を読んで、何とも言えない気味の悪さを覚えた。そして記者の名前を見て、びっくりした。わたしと因縁のある、バズフィードの岩永直子記者によるものだったからである。詳しい経緯は、以下のフェイスブック先で読んでもらいたい。

 記事は、美智子さまが天皇を出産された際の様子を、当時の産婦人科の医者が語るという内容となっている。1960年といえば、記事にあるとおりまだ出生死亡率はいまほど低くはなく、慎重に慎重を要する医療の領域であったことは確かだ。以下、整理しよう。

 天皇制については戦後から今までさまざまに議論されてきたが、そのうちの一つに公人/私人の区別がある。天皇や皇室は常に私人、あるいは公人のどちらとして振舞っているのかということは、「国民」からある意味「監視」されてきたと言えるだろう。ただし、わたしは天皇制について深く知っているわけではないので、深掘りは避けたい。

 違和感の一つ目は、お産という女性にとって究極にプライベートな事柄を、引退したとはいえ医者がメディアに話してもいいのか、ということである。

 1960年といえば、女性を主体とするお産という意識がまだ一般的ではなく、医療の管理下において行われるという意識が確かに根強かった時期である。当時は、医師が徹底的にお産に介入することを善しとする時代であった。ただし、いずれにせよお産は近代において、私的なものとなった。いや、なるべき事柄であった。それまで長らく、村落といった共同体では、お産の過程は「ケガレ」として遠ざけられ、管理される対象であったことを考えると、まだ女性にとって多少「マシ」な状況であったと言えるかもしれない。

 しかし、今回の詳細なお産のエピソードは、明らかに私的な事柄が大きな声で、外に出されてしまった。本来なら、せいぜい家族や身内、皇室なら関係者が知っていることぐらいだっただろう。それがメディアに晒されたとき、女性としての美智子さまはどう思うのだろうか。そしておそらくこの記事を読んだほとんどの女性は、おそらくのところ「美智子さまのお産素敵♡」などというより、「こんなエピソード晒されるなんて気の毒すぎる」という感想が先に立つのではないだろうか。

 皇室の人びとは、つねに私人/公人の線引きが明確ではなく、私人である範囲を束縛されてきた。それは、国際的な皇室のあり方と比較しても、日本の皇室はとびぬけて私人であることができない。今回、時を経てこの記事が示したのは、出産という私的な行為においてすらも、私人ではいさせてくれない異常な視線のあり方である。それが、医療とマスメディアの結びつきの中で露わになったことに、もはやため息しかない。

 あまりにも、出産という過程を大勢の前で披露することに対して、明るく、そして無神経すぎないだろうか。

 この異常な事態が、さも美談として披露されるのは、他ならない医師自身とこの記事を書いた記者が、出産を私的なものとしてではなく、物語として消費することに何ら抵抗がないからだろう。そして、その物語にあるのは、「国のために産む」ための身体性としてしか見られていない、当時の皇太子妃への目線である。

わたしはそれにいたたまれなさと、グロテスクな感覚すら感じる。もはや皇太子妃は女性としての人格を、そこではなかったことにされている。ただひたすら、「国のために産む女性」として立ち上がっているからだ。

他にもいくつかこの記事は問題を含んでいる。その点については後にまわしたい。

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