岐阜イノベーション工房_2018-06-01

テクノロジーの“辺境”(第4回)

このシリーズは、2018年6月1日に岐阜県大垣市で開催した、新規事業創出を中心としたイノベーションに関するシンポジウム「岐阜イノベーション工房2018シンポジウム:テクノロジーの“辺境(フロンティア)”」での基調講演を基に再構成したものです。

“民主化”したテクノロジーを活用したイノベーション創出

前回までで、イノベーションとはどんなことで、どのようにすれば実現できる確率を高くできるのかについてみてきました。ここからは、“民主化”したテクノロジーを活用したイノベーション創出という考え方を紹介したいと思います。

1990年代以降、テクノロジーの“民主化”が急速に進んでいます。その要因として、インターネットの普及、スマートフォンの普及、AI(正確には機械学習)の進化があると考えます。

まず、1990年代に起きたインターネットの普及により、情報伝達に必要な限界費用が限りなくゼロに近づきました。次に、2000年代に起きたスマートフォンの普及により、PC以外のインターネットへの接点が大幅に増えたのにくわえて、スマートフォンのために開発された高性能な電子部品が低価格で入手できるようになりました。例えば、教育用のマイコンボードとして2012年に発売され、その後爆発的に普及してさまざまなイノベーションの創出を促進したマイコンボード「Raspberry Pi」は、スマートフォン用に開発された高性能な電子部品を中心に構成されています。さらに、スマートフォン、ウェブサービス、IoTデバイスなどから集まる膨大なデータを学習できるようになったことで、2010年代(特に後半)にAI(正確には実現するための技術の一つである機械学習)が急速に発展しました。例えば、画像認識、音声認識、機械翻訳といった目的に特化したAIは、かなり現実的なものになりました。

このように、テクノロジーが“民主化”するタイミングをうまくとらえ、枯れた技術を水平展開することにより、限られたリソースでもイノベーションの創出に挑戦して成功した事例が数多く生まれました。以下、3つの事例を順に紹介したいと思います。

事例1:Pebble

最初の事例は、スマートフォンと連携して通知などを伝えるスマートウォッチ「Pebble」です。Pebble Technologyは、最初のモデルである「Pebble Watch」を2012年に発表、2013年に発売し、シリーズ累計で200万個以上を販売しました。残念ながら2016年12月7日に事業をFitbitに売却して閉じてしまいましたが、ハードウェアスタートアップの成功事例として広く知られています。

引用元:Kickstarterのプロジェクトページ

Pebble Technologyの創業者Eric Migicovskyは、まだ学部生の頃にオランダに数ヶ月間留学していました。オランダでは自転車の利用が盛んで、多くの人々が自転車に乗りながら携帯電話を器用に操作していました。その様子を観察したMigicovskyは、自転車で移動しながらも携帯電話へのメッセージやメール、電話の着信などの通知を確認したいというニーズを見つけました。そして、ユビキタスコンピューティングを研究していた自身の知見とあわせて「携帯電話と無線で連携することにより自転車の運転中に通知を確認できる腕時計型のデバイス」というアイデアを創出しました。

このアイデアを元に、数千円で購入できるマイコンボード「Arduino」とジャンクで入手した携帯電話のLCD、無線通信モジュールを組み合わせてこのシステムが実現可能であることを素早く確かめ、コンセプトへと発展させました。このコンセプトを元にオープンソースで公開されているArduinoのプリント基板データをカスタマイズして専用のプリント基板を短期間でデザインし、実際に外に持ち出して体験できるようにしたコンセプトプロトタイプ「InfoPulse」をつくり、約100個を販売しました。

Migicovskyは、InfoPulseを実際に購入した人々からのフィードバックを基にさらに発展させ、スマートフォンと連携して通知などを伝えるスマートウォッチ「Pebble Watch」のコンセプトをつくり、量産のための資金を調達しようとしていました。しかしながら、2012年当時はハードウェアスタートアップの成功確率は非常に低いと考えられており、さまざまなベンチャーキャピタルからの資金調達を試みもののことごとく失敗に終わりました。そこで着目したのがクラウドファンディングサービス「Kickstarter」です。Kickstarterは、元々は音楽イベントを開催する、映画を制作する、といった目的のために多くの人々から少額のお金を集めることで実現を支援するプラットフォームとして2009年に生まれ、多くの人々が利用するようになっていました。このプラットフォームを利用してキャンペーンをおこなった結果、2012年5月19日に7万人弱の支援者から1千万ドル以上(当時の為替レートで約8億円)の資金調達に成功し、計画よりは数ヶ月遅れたものの、翌年5月に支援者に向けて製品を出荷しました。Pebble Technologyは、このあとも2015年に第2世代のモデル「Pebble Time」が8万人弱の支援者から2千万ドル以上(当時の為替レートで約24億円)を集めました。

最初のPebbleは海外の事例でしたが、国内でも同様に“民主化”したテクノロジーを活用したイノベーション創出の事例があります。

事例2:光枡

傾けるとほのかに光ることで日本酒を飲む経験に彩りを添える枡「光枡」は、2013年から2015年にかけて岐阜県大垣市で実施した新規事業創出支援の取り組み「コア・ブースター・プロジェクト」の中で、地元企業を中心とする参加者がつくったプロダクトです。

2013年9月、このプロジェクトに参加者した人々は、レーザー加工機や3Dプリンタといったデジタル工作機械のワークショップを体験した後、チームごとに自己紹介を行った上で取り組む課題を設定し、アイデアスケッチを行いました。アイデアスケッチとは、多様なスキルや視点、経験を持つ人々が、それぞれの頭に浮かんだアイデアを紙の上にペンで描いて共有し、ディスカッションを通じて発展させることを通じてアイデアと同時にチームを醸成する方法論です。アイデアスケッチに続いて、アイデアをハードウェアでスケッチして実際に体験できるようにするための方法論を学びました。その上で、それぞれの参加者があらためてアイデアスケッチを持ち寄り、ディスカッションを通じて発展させながら、どのアイデアに取り組むかを決めていきました。

のちに光枡をつくったチームでは、メンバーの中に枡を製造する企業からの参加者がいたこともあり、メンバーの一人が「光る枡」というアイデアを思いつきました。しかしながら、そのアイデアの価値がすぐには他のメンバーに理解されなかったため、自宅にあった枡に自分で穴を開け、そこに電球を埋め込んだ「ハードウェア」によるスケッチをミーティングに持参しました。紙の上にペンで描かれたスケッチではその潜在的な魅力を理解できなかった他のチームメンバーも、現物を見たことによってそのアイデアに共感してぜひ実現したいと考え、そのアイデアを実現させるために光らせ方やセンシングの方法などを検討していきました。そして、LEDと加速度センサを内蔵し、傾けるとほのかに光ることで日本酒を飲む経験に彩りを添える枡、というコンセプトができました。

続けて、そのコンセプトを実際の製品であるかのように体験できるコンセプトプロトタイプとして実現するための方法をチーム全員で検討しました。まず、洗浄と電池交換のための機構を検討し、日本酒を入れる部分と電子回路を収める部分の2つに分けて強力な磁石で固定することにし、底板はヒノキの板を薄く削ることで光を透過するようにしました。また、基板は設計データが公開されているマイコンボード「Arduino」から派生させて短期間で設計、製造しました。さらに、スリット状に光を遮るための遮光板は、3Dプリンタで必要十分な精度の部品をわずか数時間のミーティング中に繰返し製作し、最適な形状になるようにしました。こうして“民主化”したテクノロジーを最大限に活用したことにより、最初に集まってからわずか3ヶ月間でコンセプトプロトタイプが完成しました。

このコンセプトプロトタイプを用いて多数の展示会に出展する中で、個人的な楽しみで使用したい人々にくわえて、ブライダルやプロモーションなどの分野における顧客が想定できることがわかったため、製品にするためのさまざまな課題を粘り強く解決しながら量産設計を進め、最後にプロモーションとマーケティングを兼ねたクラウドファンディングを実施しました。3ヶ月弱のキャンペーン期間ののち、無事に目標額を達成し、予定通りに製品を支援者の元に届けることができました。

事例3:OTON GLASS

最後の事例は、視覚を拡張するIoT スマートグラス「OTON GLASS」です。OTON GLASSは情報科学芸術大学院大学[IAMAS]の卒業生でもある島影圭佑さんがはじめたプロジェクトです。

開発のきっかけは島影さんの父の失読症でした。島影さんが大学3年生の時に父が脳梗塞になり、その時の後遺症で言語野に傷がついてしまったことにより、普通に会話はできるものの文字だけが読めない失読症になってしまいました(その後のリハビリにより現在では回復していらっしゃいます)。大学でプロダクトデザインの勉強をしていた島影さんは、父を対象とした行動観察を基に、アイデアをスケッチとして描きながら発展させ「文字を音声に変換することで読む能力を補完するごく一般的なメガネの形をしたデバイス」というコンセプトをつくりました。

そのコンセプトを実現するため、Raspberry Piなどの“民主化”したテクノロジーに関するリサーチを進めていた島影さんは、東京で開催されたDIYの祭典「Maker Faire Tokyo」で二人のエンジニアに出会いました。そして、“民主化”したテクノロジーを使いこなせる二人と、同級生のプロダクトデザイナーも合わせた4人でOTON GLASSのコンセプトプロトタイプ第1弾を約2ヶ月間で完成させました。

その後も継続的に開発を続け、第3弾のコンセプトプロトタイプでは、Googleの画像認識技術「Cloud Vision API」と翻訳技術「Cloud Translation API」、Amazonのテキスト音声への変換技術「Polly」を上手く活用することにより、実用レベルの動作を限られた資源で実現しました。このコンセプトプロトタイプを必要とする人々に届けるための少量生産をクラウドファンディングのプロジェクトとして実施し、その経験も踏まえた上で2019年に一般販売用のモデルを発売することを目指して開発中です。

このように、テクノロジーが“民主化”するタイミングをうまくとらえ、枯れた技術を水平展開することにより、限られたリソースでもイノベーションの創出に成功したのです。この3つのプロジェクトからの学びをまとめると次のようになります。

資源の限られたチームでもイノベーションの創出に挑戦できる。
・そのためには、“民主化”したテクノロジー/枯れた技術を活用することが鍵。
・マーケティングと広報、販売を最小限のコストとリスクで実現するクラウドファンディングもイノベーション創出に活用できる。

次回は、この3つの事例からの学びを“民主化”したテクノロジーを活用したイノベーション創出のプロセスとしてまとめたあと、シリーズの最終回として、イノベーション創出のために活用できる、“民主化”したテクノロジー/枯れた技術という視点でAI(人工知能)をとらえてみたいと思います。

リファレンス

・Migicovsky, Eric. "InfoPulse: a Wristworn Ambient Display." In Proc. of 2nd Workshop on Ambient Information Systems. Colocated with Ubicomp, pp. 1613-0073. 2008.
・小林 茂『スマホで操作できる「木枡」—地場産業×IoTプロジェクト』月刊事業構想2015年9月号(2015年)https://www.projectdesign.jp/201509/open-innovation/002393.php
・小林 茂『ユーザーとの協働による新しいハードウェアのあり方を模索する — OTON GLASS代表 島影圭佑さんインタビュー』(2017年5月16日掲載)http://makezine.jp/blog/2017/05/oton-glass.html

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