岐阜イノベーション工房_2018-06-01

テクノロジーの“辺境”(第5回)

このシリーズは、2018年6月1日に岐阜県大垣市で開催した、新規事業創出を中心としたイノベーションに関するシンポジウム「岐阜イノベーション工房2018シンポジウム:テクノロジーの“辺境(フロンティア)”」での基調講演を基に再構成したものです。

“民主化”したテクノロジーを活用したイノベーション創出のプロセス

前回紹介したPebble、光枡、OTON GLASSという3つの事例から、“民主化”したテクノロジーを活用したイノベーション創出という視点でプロセスを抽出したのが次の図です。

このプロセスは、大きく2つのステージに分かれます。第1ステージでは、課題に対して「枯れた技術」を水平思考してアイデアをつくり、発展させてコンセプトにしたら、実際に見たり触れたりして体験できるコンセプトプロトタイプをつくります。自分たちで魅力的だと思えるコンセプトプロトタイプができたこと、そこに可能性を感じられること、自分たちでビジネスとして展開できること、などが第2ステージに進むゲートの条件となります。

第2ステージでは、コンセプトプロトタイプをさまざまな展示会やメディアで展開し、実際にお金を払ってまで欲しいと思う顧客を創造します。自分たちのビジネスとして成立するだけの顧客が想定できることが分かったら、量産設計を行い、量産の準備を進めます。その上で、広報、販売、市場調査を兼ねたプラットフォームであるクラウドファンディングなどを利用して世の中に送り出します。

このように、適切にステージを設け、その間のゲートで適切な判断をおこなうことにより、最小のリスクでイノベーション創出にチャレンジすることができます。この連載の第1回からここまでにみてきたことをいったんまとめます。

・企業の目的は顧客の創造であり、そのための基本的な機能の一つがイノベーション。
・新規事業を実現するには、企業の中に事業を創る風土の醸成が必要。
・さまざまな変化は成功確率の高いイノベーションの機会であり、“民主化”したテクノロジー/枯れた技術を活用することにより低いリスクとコストで挑戦できる。

さて、このシンポジウムでは、第2部のテーマに「AIを中心とするテクノロジーの“辺境”」を設定し、3名のゲストに話題提供をいただいた上で議論しました。この第2部を企画した際に考えていた、人工知能を実現する技術の一つである機械学習の一部を「枯れた技術」として捉えるという視点を紹介したいと思います。

機械学習を「枯れた技術」と捉えると水平思考できる

最近では、毎日のようにウェブ、テレビ、新聞といったメディアでAI(Artificial Intelligence:人工知能)、機械学習(マシンラーニング)、深層学習(ディープラーニング)という言葉を耳にします。そうした報道だけを見ていると、AIは最新の技術であり、「枯れた技術」という表現に違和感を感じるかもしれません。

AIについてみていくにあたり、まず、人工知能、機械学習、深層学習という言葉を整理したいと思います。この図は、世界的に広く用いられている深層学習のフレームワーク「Keras」を開発したFrançois Cholletが『PythonとKerasによるディープラーニング』(原題はDeep Learning with Python)という書籍で紹介している図を基にしています。この図のように、人工知能を実現するための技術の一つとして機械学習があり、その中の手法の一つとして深層学習があります。

機械学習は、従来のプログラミングとは考え方が異なります。従来のプログラミングは、次の図のように人がルールをプログラミング言語で記述したプログラムにデータを与えることで回答が得られます。このため、人間による言語化が必要で、言語化できない限りプログラムとしては記述できません。例えば、ある画像が猫であるかそうでないかを判断するプログラムを書こうとしたら、猫の視覚的な特徴を抽出して言語化し、それを詳細なルールとして記述する必要があります。一口に猫といっても、対象とする種類も多く、撮影条件も多様ですので、専門家であっても決して容易ではありません。

これに対して機械学習では、データと回答のペアを繰り返し与えることにより、ルールを学習します(回答を与えない学習方法もありますがここでは省略して説明します)。いったんルールを学んだら、今度はデータを与えることにより、推論して回答を出力することができます。例えば、猫の画像とそうでない画像を大量に与えて学習させることにより何らかのルールを学習してモデルが構築できると、そのモデルに別の画像を与えたとき、そこに写っているのが猫であるかそうでないかの確率を出力できます。このとき、機械が学習したルールは人間と同じかもしれませんし、異なるかもしれません。

この機械学習の手法の一つである深層学習は、計算量が多く、膨大なデータが必要であったことから、1950〜60年代と1980年代に起きた過去2回のAIブームの際にはそれほど注目されていませんでした。しかしながら、2012年にコンピュータ科学および認知心理学の研究者Geoffrey E. Hintonらのグループが発表した研究成果によって世界的に注目を浴び、多くの研究者が切磋琢磨し、急速に進化しました。この進化の背景には、スマートフォンやウェブサービス、IoTデバイスなどから膨大なデータが集められるようになったこと、GPUなどにより効率的に計算できる手法が普及したこと、使いやすいフレームワークが提供されたこと、それらを活用した研究成果がほぼリアルタイムで共有され、参照され、更新されていることなどがあります。

そうしたAIに関する研究の最先端においては、世界中の大学や、Google、Facebook、Preferred Networksなど、さまざまな企業の研究者達がお互いの知見を共有しつつ切磋琢磨することにより、日進月歩で進化し続けています。その一方で、そうした研究開発の成果として生まれた知見の一部は、「枯れた技術」として活用できるようになっています。

例えば、今回のシンポジウム第2部に登壇していただいた小池誠さん(キュウリ農家)は、キュウリを出荷前に選別するためのAIをつくりました。また、同じく第2部に登壇していただいた徳井直生さん(株式会社Qosmo代表取締役 / メディアアーティスト / DJ / 九州大学客員准教授)は、2人のDJがお互いに曲をかけあうプレースタイル「Back to Back」を通して人間とAIの対話することを目的とした「AI DJ PROJECT」に取り組んでいます。お二人に共通しているのは、画像認識のための深層学習のアルゴリズムの基本として用いられているCNN(Convolutional Neural Network:畳み込みニューラルネットワーク)を用いていることと、Googleが公開している機械学習のためのフレームワーク「TensorFlow」などを活用していることです。これらはまさに、深層学習に関する知見の一部を「枯れた技術」ととらえ、それぞれが実現したい用途に向けて水平思考している好例だといえるのではないでしょうか。さて、このお二人はそれぞれフレームワークを用いてコードを書くことで実現していましたが、さらに進めて、機械学習を非専門家であっても扱える「枯れた技術」にしようとするサービスが次々と登場してきています。

例えば、Googleは2018年1月に「Cloud AutoML Vision」を発表しました。Cloud AutoML Visionは、画像データを与えるだけで機械学習の非専門家であってもカスタムの画像認識モデルを構築できるサービスです。このサービスに関して、Googleで開発者支援を担当する佐藤一憲さんは、2018年3月に掲載された記事「ラーメン二郎とブランド品で AutoML Vision の認識性能を試す」において、アルファ版を用いた評価結果について報告しています。この記事によれば、データサイエンティストが、(当時)41店舗の「ラーメン二郎」に関する48,000枚の画像を学習させたところ94.5%の精度がすぐさま得られたそうです。また、スマートフォンアプリからスマホから簡単にフリーマーケットのような売り買いが楽しめるサービス「メルカリ」のデータサイエンティストが50,000枚の画像を用いて試したところ91.3%の精度を達成したといいます。

また、Appleも2018年6月に開催した開発者向け会議「Worldwide Developers Conference 2018」において新機能「Create ML」を発表しました。開発者向けの記事「Creating an Image Classifier Model」によれば、画像ファイルをドラッグ&ドロップするだけでモデルを構築でき、簡単にスマートフォンアプリに組み込んで利用できると説明しています。ここではGoogleとAppleの例で説明しましたが、こうした動きは各企業から次々と出てくるでしょう。

専門家や一部の大企業だけが扱えると思っていた、画像認識、音声認識、機械翻訳などを自在に活用できるとしたらどうなるでしょうか? 機械学習全体を一つの塊とみて専門家しか扱えない最先端の技術と捉えるのでなく、その一部を「枯れた技術」と捉えるて水平思考する、という視点で自分の周辺にある世界を眺めるとどうでしょうか? きっとさまざまなアイデアが次々と浮かんで来たのではないでしょうか?

今回はAIに焦点を当てて紹介しましたが、IoT、デジタル設計/製造にも同様に「枯れた技術」として捉えられるものがたくさんあります。このような視点で新規事業創出に取り組もうというのが、このシンポジウムを含む取り組み「岐阜イノベーション工房プロジェクト」です。

新規事業をつくる風土をつくる新規事業「岐阜イノベーション工房」

岐阜イノベーション工房は、AI・IoT・デジタル設計/製造の中における“民主化”したテクノロジー/「枯れた技術」の本質を学び、新規事業創出に取り組むカリキュラムを中心としたプロジェクトです。この岐阜イノベーション工房プロジェクトの目的を参加同意書より引用します。

1. 【目的】本プロジェクトは、参加者が、イノベーション創出に有効であるとされる手法を主催者から学び、参加者個人または参加者の所属組織などにおいて実践し、実践からの学びを共有することを通じて、イノベーション創出に挑戦するための風土を岐阜県内に醸成することを目的としています。

ここで、「岐阜イノベーションプロジェクト」ではなく、「岐阜イノベーション工房」プロジェクトと、「工房」という言葉を入れているのには理由があります。安西洋之さんと八重樫文さんは『デザインの次に来るもの』(2017年)において、イタリアのルネサンス工房を次のように紹介しています。

イタリアのビジネスパーソン、特に中小企業の経営者が、「私の経営のモデルはルネサンス工房なんですよ」「私の憧れはダ・ヴィンチです」と語ることが多い(中略)彼らにとってルネサンス工房が憧れであるのは、何よりもまずビジョンをつくる実験場であったという点です。ルネサンス工房がアートから建築や科学技術まで、枠を超えて横断的にカバーしたことはよく知られています。試作品をつくりながら実験を繰り返し、革新的なビジョンをつくり上げる場がルネサンス工房だ、との認識が「わが社も同じように挑戦的でありたい」と思わせるのです。(中略)ルネサンス工房の中心概念としての「アルティジャナーレ」(中略)は「概念や世界観をつくる+美の表現+手を使って思索する」ことを指しています。アルティジャナーレは、人の職制を示す言葉ではなく、思想や行動様式なのです。

岐阜イノベーション工房プロジェクトにおいては、ルネサンス工房が果たしていた「ビジョンをつくる実験場」という役割に着目し、プロトタイプをつくりながら実験を繰り返し、イノベーション創出に挑戦するための風土を醸成したいと考えたのです。

岐阜イノベーション工房のカリキュラムは、次の図のように演習プログラム、実習プログラム、成果報告会の3つから構成されます。

最初の演習プログラムでは、IoT、AI、デジタル設計/製造などについて全10回で学びます。

次の実習プログラムでは、演習プログラムで学んだ考え方や方法論をそれぞれの組織等に持ち帰り、自分たちで設定した実際の課題に取り組むことにより、演習プログラムでの体験を経験として昇華することを目的として取り組みます。この期間中の成果としては、製品やサービスのプロトタイプ、組織内あるいは組織間において新規事業創出に取り組むための体制などを想定しています。最後の成果報告会では、期間中の成果を報告する公開の成果報告会を開催します。この報告会では、実際に取り組んだ上で直面した課題などについても可能な範囲で共有することを期待します。

これだけの期間集中して取り組むというのは、実際には簡単なことではないでしょう。しかしながら、その期間を共に乗り越えることにより、多様なスキル、視点、経験を持つ参加者の間でお互いへの理解が深まり、信頼関係が生まれ、自然な繋がりが醸成されるでしょう。また、その中で直面した実際の課題が共有されることにより、次に新規事業創出に取り組もうとする人々にとって重要な知見となるでしょう。これを繰り返していくことで、やがて、イノベーション創出に挑戦するための風土が醸成されるのではないかと期待しています。

この岐阜イノベーション工房プロジェクトは、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]が2018年度から取り組む新規事業でもあり、新規事業をつくる風土をつくる新規事業という構造になっています。これにより、参加者と主催者が当事者意識を共有しながら一体となって取り組んでいくというのも特徴の一つです。

現時点では、まだ参加申込が始まったばかりの段階であり、どんな人々が集まり、どんな成果が生まれるのかは全く分かりません。このプロジェクトの進捗については引き続きこの連載で紹介していきたいと思いますので、ぜひ引き続き注目していただけたらと思います。

リファレンス

・Francois Chollet(著)、株式会社クイープ(訳)、巣籠 悠輔(監訳)『PythonとKerasによるディープラーニング』マイナビ出版(2018年) 
・池田 憲弘『元組み込みエンジニアの農家が挑む「きゅうり選別AI」—試作機3台、2年間の軌跡』ITmedia(2018年03月12日掲載)http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1803/12/news035.html
・佐藤 一憲『ラーメン二郎とブランド品で AutoML Vision の認識性能を試す』Google Cloud Platform Japan Blog(2018年3月27日掲載)
・安西 洋之、八重樫 文『デザインの次に来るもの』クロスメディア・パブリッシング(2017年)

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kotobuki

博士(メディアデザイン学・慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]産業文化研究センター 教授。著書に『Prototyping Lab』『アイデアスケッチ』など。DIYの祭典「Ogaki Mini Maker Faire」総合ディレクター。

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