IoTとFabがめざしたい世界観

この記事の内容を発展させた講演を、5/31金に開催する「岐阜イノベーション工房2019シンポジウム」にて発表する予定です。

これは2019年3月16日に開催されたフォーラム「IoTとFabと福祉」の基調講演として発表した内容を再構成したものです。

実は、この講演のタイトル「IoTとFabがめざしたい世界観」は私が考えたものではなく、主催者であるたんぽぽの家から依頼を頂いた際に提案していただいたものです。このタイトルは非常に興味深いと思います。通常であれば、「IoTとFabめざしたい世界観」のように、福祉という文脈において取り組む人々が主語となり、IoTやFabといった「技術」を活用してどんな世界を実現したいのだろうかについて語ります。しかしながら、「IoTとFab」と主語にすることにより、これらがまるで生命体であるかのように感じられ、自らその定義を更新していこうとしているようにも思えてきます。実際に、IoTとFabについては、さまざまな人々が、さまざまな定義で用いており、その意味も時代とともに徐々に変化してきています。これより、IoTとFabという言葉がどのように変化してきたのか、そして今後どのように変化していけるのかについてみていきたいと思います。

約一年前に発行された「IoTとFabと福祉」に関するプロジェクトブック(PDF版をプロジェクトのウェブサイトからダウンロードできます)において、IoTとFabはそれぞれ次のように紹介されています。

“もの”自体が今ある状況を分析し、インターネットを介して連携する技術!
IoT(Internet of Things)は、私たちが日々生活している環境を、インターネットを通してつないで、より良くしようという提案のひとつ。 〔後略〕

デジタル・アナログを分けず、あらゆるものづくりに関わる行為の総称です!
Fab(ファブ)は、「Fabrication=つくること」と「Fabulous=素晴らしい」の2つの意味が含まれる造語で、製造・製作・組み立てなど何かをつくり上げることの総称です。〔後略〕

Fabという視点で考えると、2次元や3次元のデータを基に、3Dプリンターやレーザー加工機などのデジタル工作機械を用いて加工することにより、1個から製造が可能です。これにより、金型を用いた樹脂の射出成形など、大量生産に最適化された従来の製造方法では、大幅な追加コストが発生するために諦めざるを得なかった、多様性、複雑さ、柔軟性を実現できるのです。

この特長に着目し、Fabについては既に成功事例と呼べる事例が出てきていると思います。例えば、奈良県香芝市の障害者支援施設「Good Job! Center KASHIBAのプロダクト「Good Dog」は、3Dプリンターで張り子の型をつくり、手仕事で張り子と着色を行うものです(開発と製造のプロセスを紹介したムービー)。2016年に発売されて以降、Good Job! Center以外の複数の福祉施設とも連携して製造する手法が確立され、同様の手法で製造されたプロダクトが2018年2019年の無印良品の「福缶」に収録されるなど、次々と展開を続けています。

また、東京都品川区のファブ施設「ファブラボ品川」は、作業療法士が3Dプリンタを用いて自助具をつくるためのワークショップを毎月開催しているほか、3Dプリンタで製造したものをハンドメイド作品のオンラインマーケット「minne」で販売するなど、積極的に展開しています。さらに、特別支援学校の教員が手作業で教材や教具を自作していることに着目し、デジタル工作機械を活用することで耐久性、再現性、入手性などを高めようとする取り組み「教材自作部」などの活動もあります。この他、IoTとFabと福祉プロジェクトに参加している長崎県佐世保市の福祉施設「フォーオールプロダクト」が運営する施設でも、利用者による図柄をデジタルプリントした布をミシンで縫製することにより、さまざまな製品および仕事を生み出しています(製品を紹介するページ)。このように、Fabについては既に多くの事例があるのに対して、IoTについてはまだ事例がほとんどないこともあり、うまく想像できないという方が多いかもしれません。これより、IoTとはそもそもどんな考え方で、どのように発展してきたのかを見ていきたいと思います。

今から20年前の1999年、P&Gのアシスタント・ブランド・マネージャだったKevin Ashton(後にMITのAuto-ID Centerを創立)は、自社のサプライチェーン管理にRFIDを活用することに興味を持ち、あらゆるものにタグをつけて管理するという考え方をIoT(Internet of Things)という言葉と共に示しました。この言葉は世界中から注目を集め、徐々にその意味が拡大されていきました。例えば、2002年に、北欧の研究者Kary Främlingたちはこの考え方を発展させ、スマートで接続されたオブジェクトを実装するための情報システムインフラという考え方を示しました。その後数年で、IoTという言葉は産業界におけるバズワードとして使われるようになっていきます。例えば、2011年にネットワークのインフラで使用される機器のメーカー「シスコシステムズ」は、2011年に発行したホワイトペーパーにおいてIoTをテーマとして扱い、2010年の時点でインターネットに接続する人の数よりもデバイスの数の方が上回ったと報告しています。

こうしたこともあり、IoTはこれからの産業を考える上で欠かせない要素だと考えるようになるようになります。例えば、2012年にボッシュ社と独工学アカデミーのエンジニアたちは「Industrie 4.0」と呼ぶ計画をドイツの連邦政府に提示し、IoTの導入によるスマートな工場が第四次産業革命の表れだと主張しました。ここで重視されているのは、非常に柔軟な(大量)生産の条件下における製品の強力なカスタマイズで、マシン、デバイス、センサー、そして人々が互いに接続して通信する能力です。ドイツが国家主導型で推進するIndustrie 4.0に呼応するかのように、AT&T、Cisco、General Electric、IBM、Intelといった米国企業は2014年にIndustrial Internet Consortiumを設立しました。このコンソーシアムの目標は、資産と業務をより簡単に結び付けて最適化し、すべての産業部門で敏捷性を高めることで、エネルギー、ヘルスケア、製造、鉱業、小売、スマートシティ、運輸などの産業を対象としています。これまでにみてきたように、IoTの世界観は当初物流だけを対象にしていたところから、さまざまな人々によって徐々に拡張されてきました。

・1999:あらゆるものにRFIDタグをつけて管理する(Kevin Ashtonら)
・2002:スマートなモノのための情報インフラ(Kary Främlingら)
・2008-2009:人よりも多くのモノがインターネットにつながる
・2011:機械・装置・センサー・人を相互につなぐ(Industry 4.0)
・2014:全ての産業セクターで資産と運用をつなぎ最適化(Industrial Internet)

こうした変遷を踏まえつつ、IoTがめざす世界観として、このIoTとFabと福祉プロジェクトの文脈から「物事をインターネットのようにつないで価値を創出する」を提案したいと思います。理想的には、次の図のように、さまざまな物事がインターネットのようにつながり、次々と新しい価値が創出されます。

しかしながら、今回のプロジェクトを通じて福祉の現場に関わる人々を継続的に観察してきた中で、現実には次の図に示したような技術的、価格面、文化的といった複数のハードルがあると感じています。これより、順に見ていきたいと思います。

最初の2つ、技術的なハードルと価格面のハードルに関しては、ここ数年間で大きく解消しました。例えば、ソニーのIoTツールキット「MESH」を用いれば、1個数千円の小さなブロックをさまざまなものにタグのように取り付けることにより、ものともの、ものとインターネットをつなげることができます。自分の手で確かめながらアイデアを素早く発展させ、うまくいくものが出てきたらそのまま継続的に運用できるのです。また、IoTデバイスを安全かつ安価にネットワークに接続できるプラットフォーム「SORACOM」を活用すれば、単にデータを収集するだけでなく、それを視覚化して確認するところまでを非常に簡単かつ安価に実現できるようになっています。さらに、AIを実現するための技術である機械学習に関しても、従来であれば機械学習エンジニアやデータサイエンティストといった必要専門家が必要だったような画像識別について、最近ではウェブサービス上で簡単に学習させ、目的に特化したモデルをつくり、実行できるようになりつつあります(MicrosoftのCustom Vision、GoogleのCloud AutoML Visionなど)。

IoTの市場を考えたとき、今のところ福祉というのは主流ではなく、辺境にすぎないかもしれません。しかしながら、主流の市場において激しい競争が行われたことにより、技術が成熟するとともに価格もこなれてきました。このようなタイミングを捉えて新たに何かを生み出すための考え方として紹介したいのが、横井軍平が提唱した「枯れた技術の水平思考」と言う考え方です。横井は、この考え方について繰り返しインタビューなどで語っています。以下は『横井軍平ゲーム館: 「世界の任天堂」を築いた発想力』(2015年)からの引用です。

私がいつも言うのは、「その技術が枯れるのを待つ」ということです。
つまり、技術が普及すると、どんどん値段が下がってきます。そこが狙い目です。例えば、ゲーム&ウオッチというのは、5年早く出そうとしたら10万円の機械になってしまった。電卓がそれくらいしていたわけです。それが量産効果でどんどん安くなって3800円になった。それでヒットしたわけです。
これを私は「枯れた技術の水平思考」と呼んでいます。つまり、枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。そういう利用方法を考えれば、いろいろアイデアというものは出てくるのではないか。〔210~211頁〕

このように、ここ数年で技術的と価格面のハードルはかなり低くなり、枯れた技術による水平思考を行うための準備が整ってきました。しかしながら、もう一つの心理的なハードルに関しては、製造の最適化という扱いやすい課題があるためにIoTの現在の主流な市場となっている製造業とは事情が異なります。このIoTとFabと福祉というプロジェクトを通じて継続的にいくつかの現場を観察する中で、私は次のようなマインドセットがあるという洞察を得ました。

・自分たちの効率化よりも「利用者」の課題解決が優先
・見守りはしたいが監視は嫌だ
・導入するサービスの信頼性は非常に重要

新しく何かを導入すると言うことには何らかのリスクが伴うため、なかなか進みにくいというのが現状です。例えば、人の仕事をAIが奪うというような報道がしばしばなされることにより、人々は実態をよく理解しないままAIを恐れるということがおきています。実際には、そうした報道が根拠とする国際的なコンサルタント企業のレポートをよく読むと、AIによって消滅する仕事について言及されているのと同時に、AIによって変化する仕事や、新たに創出される仕事についても言及されているのです。マスコミなどで報じられるときには、人々の関心を集められるように危機感を煽るような部分だけが強調されます。しかし、実際には今まででは想像もできなかったような新しい仕事が生まれる可能性にこそ注目すべきではないでしょうか。

新たなテクノロジーについて考える際、人の仕事そのものを代替可能であるかのように捉えてしまうと、過剰な期待や反発を招いてしまう原因となります。この傾向に対して、丁寧に分析して取り組むために参考になると思われるのが、Google Brainを創設するなど世界的な研究者として知られているAndrew Ngが最近書いた論文での指摘です。

Ngによれば、AIは「仕事(job)」というよりは「タスク(task)」の自動化が得意です。例えば、放射線技師のタスクには、X線画像の読み取り、画像解析機器の操作、同僚との相談、手術の計画など、さまざまなものがあります。この中で、X線画像の読み取りはAIによって必要十分な精度での支援、もしくは代替が可能になるかもしれませんが、それ以外のタスクに関してはAIですぐに代替することはできません。

福祉の文脈においても、仕事全体を置き換えられるかどうかで考えるのでなく、タスクに分解して考えると、積極的な活用を考えられるようになるのではないでしょうか。例えば、福祉施設などにおいてケアに関わる人々が利用者と直接対面で関わるようなタスクは人にしかできないところですし、そうした現場で働く人々が最も誇りとやりがいを感じているところでしょう。一方で、繰り返し書類の処理が発生して毎日一定の時間を費やしているようなタスクがあれば、そこにさまざまな枯れた技術を活用して自動化することにより、本来のケアの質を高めることができるのではないでしょうか。

今回はIoTとFabがめざしたい世界観という視点でみてきました。ここまでで述べてきたことをまとめると、次のようになります。

・従来は分断されていた様々な物事が、インターネットのようにつながることにより、次々と新しい価値が生まれていく
・そのために、多様な課題のある現場で活動する人々が、様々なプラットフォームやツールを活用し、低いコストとリスクで探索を行える
・探索の成果としての成功と失敗が共有され、様々な人々の協働により発展し、IoTやFabという考え方を再構築していく

現在、IoTの主流となっている市場において探索できているのは、製造業における効率化と柔軟な生産への対応という2010年代において生まれたところまでに過ぎません。この先にIoTとファブが目指したい世界観は、福祉という、今は辺境に位置するところから生まれてくるのではないでしょうか。ぜひ、そうした視点でこの福祉という文脈におけるIoTやFabの可能性を想像し、議論していきましょう。

リファレンス

・一般財団法人たんぽぽの家『IoTとFabと福祉 PROJECT BOOK 2017 -2018』一般財団法人たんぽぽの家(2018年)
・Wikipedia contributors. "Internet of things," Wikipedia, The Free Encyclopedia. Accessed March 21, 2019. https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Internet_of_things&oldid=880097543
・Wikipedia contributors. "Industry 4.0," Wikipedia, The Free Encyclopedia. Accessed March 21, 2019. https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Industry_4.0&oldid=879957349
・Wikipedia contributors. "Industrial Internet Consortium," Wikipedia, The Free Encyclopedia. Accessed March 21, 2019. https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Industrial_Internet_Consortium&oldid=850341042
・Evans, Dave. "The Internet of Things how the next evolution of the internet is changing everything (april 2011)." White Paper by Cisco Internet Business Solutions Group (IBSG) (2012).
・横井 軍平、牧野 武文(インタビュー・構成)『横井軍平ゲーム館: 「世界の任天堂」を築いた発想力』筑摩書房(2015年)
・Manyika, James, Susan Lund, Michael Chui, Jacques Bughin, Jonathan Woetzel, Parul Batra, Ryan Ko, and Saurabh Sanghvi. "Jobs Lost, Jobs Gained: What the Future of Work Will Mean for Jobs, Skills, and Wages." McKinsey & Company. November 2017. Accessed March 21, 2019. https://www.mckinsey.com/featured-insights/future-of-work/jobs-lost-jobs-gained-what-the-future-of-work-will-mean-for-jobs-skills-and-wages.
・Ng, Andrew. "How to Choose Your First AI Project." Harvard Business Review. February 06, 2019. Accessed March 21, 2019. https://hbr.org/2019/02/how-to-choose-your-first-ai-project.

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kotobuki

博士(メディアデザイン学・慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]産業文化研究センター 教授。著書に『Prototyping Lab』『アイデアスケッチ』など。DIYの祭典「Ogaki Mini Maker Faire」総合ディレクター。

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