見出し画像

濁音

※この物語は筆者綺蝶レナの曲の濁音に因み書かれたフィクションです。

『静かた景色に軋む冷えた床』
午前四時四十二分。
湿った枕で目を覚ます。
嗚呼眠剤よ。効かぬのか。これぢゃあ仕事もできない。
その前に生きる事を停止したい。暫くお休みを頂けないだろうか。嗚呼まただ。また。思考が鳴り止まない。
この脳みそ、幾らか賢いのでは無いか?母のせいか?
違うわね。母はそんな人じゃない。もういい。
アタシはそんな事を心で声にしては寝具と沈むような早過ぎる朝を毎朝迎え、嫌々口に刺さる食パンと味気のない豆乳を胃に流し込み。
生気を失った髪を熱でどうにか蘇らせ、『健康な女です』と云わぬばかりに安い紅をひく。
そして業務を問題なくこなすフリをする。
人間関係は気にすらしてないので悪くない。
女優の気持ちでこのつまらない人生を乗り越えてきた。
偶に、もう駄目なのではないか?
女として、人間として。と思う節がやってくる。
その時だけは仕事ができない。
『生理痛がひどくて』と誰でも吐ける嘘をつき早退をする。
こんなアタシにしたのは全てアイツのせいだ。

昨年の夏。まだアタシが外に無理せず出られる時だ。
『お待たせ。どこいく?』
このやる気のない低い声と、手慣れた所作で女を喰う男。こいつが当時のアタシの彼氏。
彼とは彼が働くバーで出会った。
彼はバンドをしながら生計をたてる有りがちな自称バンドマン。ギターだった。
背丈は一七二くらいの至って平均的で肌が白く、少し剃刀負けしやすい肌質。髪の毛は金髪で肩に付かないくらいの長さだ。ピアスはこれでもか?他ほどではなく可愛く三つだけだ。爪は黒く塗りつぶし、指輪はどこのかわからない。服はいつも黒だ。それ以外ないのか?お前はピグレッドなのか?。まぁいい。そんな男をアタシはこの頃こよなく愛していた。
ライブにも行きたくないのに行った。
チケット代で旅行行ける程。
ライブの帰り運がいいと彼と帰れる。
運が悪いと出待ちのファンがいるから、一人でコンビニに寄って帰る。
そんな彼と付き合って四ヶ月。彼は言った。
『同棲しよ』
アタシは少し戸惑った。
『いいけどなんで。』
『なんでって、付き合ってもう割と経つし』
『まだ四ヶ月』
『されど四ヶ月だろ?』
負けた。
多分本当の理由は家賃だと思う。家賃を半分で済ませたいし家事はある態度アタシがやるから。
『わかった。来月から更新だからそこで決めよう。』
こうして狙い通りの女になったところで、アタシはどこか嬉しかった。昔から地味で体も強くなくて、気持ちもね。だから友達は少ないし、彼氏なんていた事ほぼない。山崎くんに告白されてokしたものの、デートにすら行かないで終わってしまった。一四歳の長い記憶だ。
山崎くん元気かな。知らんけど。
こうして、止むを得ず同棲が始まった。
朝起きて性行為をし、アタシだけ朝食を食べ仕事へ。
彼はバーなので朝に帰ってくるからこう云う事だ。
時間も予定も合わないから同棲の方が楽かもしれない。
寝る時結局居ないから一人暮らしのようなもの。
家賃も半分だし、これは正解かも。
そう思ったのも束の間。
アタシが帰ってくると彼がまだ寝ている。
『仕事は?』
『休む』
『なんで』
『デートしてないから』
『意味がわからないんだけど?』
彼はその途端抱き寄せてこう云う
『解らない事ないだろ。しよ?』

今日二度目の性行為だ。
こいつは猿なのか。
起きたらそこも、起きてるのか?
そう心で突っ込みながらも内心愛されてる感じがして嬉しかった。

だんだん甘やかしてしまった。
知らぬ内に、アタシの性格が災いを呼んだ。
『なぁ、酒買ってきて』
『うん。』

彼はだんだんバイトが減って行き
家にいるようになった。
寝てるか呑んでるか遊びに行くか
この三択。

偶に帰ってこない日もあった
『今日遅くなるわ』
『何してるの?いつも。』
『スタジオ』

バンドの練習だと云う。
アタシは思い切って普段干渉しないけど、バンドメンバーのベースyuに連絡してみることに。
(今日何時くらいにおわる?)
人間違えで送った感じにしてみようと思った。
(俺、彼氏じゃないけど笑 今日アイツはバイト忙しいからスタジオ休んだよ〜偉いよね)
って返ってきたのである。
隠し事しかないなこれは。なんだこれは。
アイツはアタシに何を隠してるんだ。
帰ったら聞こう。

朝六時。彼は少し疲れて帰ってきた。
『随分疲れてるのね。バイトだっけ』
『スタジオだよ。スタジオ』
『でもyuくんはスタジオにあなたはこないって。』
『、、、。』
『何を隠してるの。』
『バンドのためだよ』
『なに?』
『バンドのために稼いできた』 
『バイトじゃないんでしょ?じゃあ何』
『ホストしてんだよ俺』
『冗談でしょ』
『そゆことだから』

そう言って寝室を独占された。
隠し事されても怒ることすらできない
別れることなんてもっとできない。

体を許してるわけじゃないし。そう言い聞かせどうにか彼の活動を邪魔しないように。と、

毎朝毎朝同じルーティン
性行為
朝食
シャワーを浴び出勤
帰宅したらゴミをまとめて
コンビニ弁当を食べて
彼を寝て待つのだ。

彼はだんだん生活が疎になってきた。
ただいまも言わなくなった。
バンドメンバーとご飯に行くというから
きっといつものファミレスだろうと、アタシはこんなことしたくないけどついて行って話を少し聞いてみようと思った。
小癪なやり方なのは解る。
でもこれしか無いんだ。

『お前さ、彼女心配させんなよ?』
『おん。ホストやってんのも言ったし大丈夫っしょ
アイツいつも通り朝せっくすして仕事してるし』
『お前本当にホスト辞めないの?』
『おん。でも、同棲はやめるかも』
『なんで!?』
『だんだん売れてきてさ、金ももらえてきてるし。そうなると家に女いるのバレたらまずいし、まずアイツ何も言わないし、せっくすだって追い出されたく無いから毎朝してるし。』
『お前終わってんな』
yuくんは正気だった。yuくんにしておけばよかったのかな。アタシは頼んだコーヒーを飲み干すことができなかった。そのまま彼らが帰るまでアタシはその場を動けなかった。

『只今。』
『お前どこ行ってたの?』
『ご飯作るのめんどくさくて外食してきた』
『そっか。』
『聞かないの?』
『何を』
『一人なのか?とか。誰ととか。どこの飯?とか』
『何だよ急に』
『興味ないんだもんね』
そのままアタシはソファで寝ることにした
全てが阿保らしくなった。
『静けた景色に軋む冷えた床。』
何もできない。言いたいこと言えない。
ここまで出てるのに。喉のここまで。ここまできてるのに。何も言えない。アタシの声ってどれ?
アタシの気持ちって何。アタシのアタシのアタシの
全てが嫌になったアタシはそのまま冷たい床に頭から崩れてタバコを吸った。

朝になると彼が不思議そうに見てる
『おはよう。』
『おはよう。』
『お前なんかあった?』
『、、、』
『なんか言えよ』
『、、、』
出ないんだよ声。
言いたいのに言えないんだよ。
喉のここに詰まってるんだよ。
『呑み込んじゃったみたい』
『は?』
『ごめん。距離をおこう。』

そう言ってアタシはそのままタバコを吸った。
彼はその後
『今までありがとう』
そう云って、元々少ない荷物を持ってアタシの家から出て行った。
そこからアタシは何のために生きてたのか
なんで彼を少しでも愛してしまったのか
無駄な事を右往左往して、只ソファに足だけ乗せ頭は床に。
『貴方と逢えた日々だけは全ていい思い出で』

ささくれが容赦なくアタシに親不孝だねと問いかける。
何も言い返せない。
アタシは親不孝なのかもね。
仕合わせにならないもん。
仕合わせってなに?めんどくさい。
あんなに愛したのに。
こんなに成って。
喉のここまで来てたのに云えなかった。
アタシの声を探したい。
アタシの言いたかった全部をアイツにぶつけたい。


濁音。

飲み込んだときの音。

『喉のここまで来ているのよ。貴方が吐いた嘘のせい』

後から聞いた話だが、彼はあの後バンドを辞めホスト一本でやっていくまでに成長。そして客を孕ませ炎上。

『貴方と逢えた日々だけは全て燃やしてしまおう』

アタシはその後自分と同じような人を増やしたくないと思い、エッセイを書くことにした。趣味程度だがそこそこ閲覧者は増えている。会社は少し暇を取ることにした。貯金もあるし問題ない。

『剥けたささくれは親不孝らしいが。償おう。アタシの生を』

アタシはアタシの声を意識を探す旅に出る。
こんなところで終われないし、終わらさない。
云いたいのに云えない。
そんなの駄目だ。
『探そう。アタシの声を。』


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?