七子

機嫌よく t:@__makura

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最近の記事

 仕事中に気持ちを切り替えたくて手を洗いながら、つめたい水だけが救いだった前職のことを思い出した。  ごく短いあいだだけ、わたしは美容師をしていた。朝早くに家を出て、日付が変わるころ帰宅する。その間、小さな箱みたいな店内から一歩も外に出ることがない。スタッフが煙草を吸うため常に開けていた高いところにある小窓を、わたしは唯一の逃げ場のように感じていた。でもこの店から出ることはない。カラー剤で汚れたボウルや刷毛を洗いながら涙が出た。なぜか分からないけど「水がつめたい」というただそ

    • ごまと過ごした愛しい日々

      イシデ電さんの『ポッケの旅支度』を読んだ。 ねこと暮らせば、いつかは見送ることになる。そんなことは分かっているはずなのに、分かっていると思っていたのに、全然分かってなかったんだと、すべてが過ぎ去ってから分かる。 ごまの不調に、わたしはぎりぎりまで気付かなかった。ちょっと食事量が減ったなと思って病院に連れていったら、それから10日ちょっとでごまは旅立ってしまった。これからかかる治療費のために働かないと、とそのときのわたしは思った。でも本当は、そんな時間はもう残されてなかった。

      • ゆめ

        「わたし前向きな決断をしたと思ってたんです」と彼女は言った。そのあとに、でもこれって諦めただけなのかなって、と続いた。君の言う諦めは、きっと"逃げ"と同義なんだよね。 諦めるのってつらい。叶える努力をするよりつらいこともあると思う。あのときの選択は正しかったのか、ってずっと後悔もし続ける。人生はままならないものよね、なんて達観したふりして君の悲しみを矮小化したくないよ。 諦めたとして、捨てたわけじゃない。もちろん逃げたわけでもない。同じ分量の険しさを含んだふたつの中から片方を

        • 食事

          最近毎日上司に言われること。水を飲め・飯を食え。こんなことを言わせて申し訳ないな、と思う。わたしに効くと分かっていてわざと「体調管理も仕事のうちや」と言う。まったく、その通りだと思う。 それでも食べない。食べられない。チョコレートひとつで一日を過ごす。「自分の食に対する気持ちを何かに書き出せばいい。それを読み返したとき、自分がどれほど愚かか気付くやろ」と上司は言った。愚か。自分の愚かさにはとうに気付いてる。でも上司はわたしの恩人なので、言うことを聞いて書き出しているところ。

          とりとめのない

           クソみたいな世界でも踊っていようぜ、雨の中でも傘ささずにスキップしていようぜ。って思うときもあるんだよ。でも極端だからさ、あー生きる価値なし、とかも思っちゃうね。絶望ごっこが得意なようで。不健康な行いをして安心してしまうのはなぜ? いつまでも大人になりきれないのね。  さまざまなことが重なった結果、会社から3日間の休暇を言い渡された。無職だったとき以来、じつに7年ぶりの3連休。これでわたしがすこしでもまともになればいいと思っているんだろうな。なれるだろうか、と不安になる。

          とりとめのない

          いみのないこと

          結局わたしは、生きることと死ぬことを考えるのが好きなんだと思う。 ねえ、わたしたちどうして生きてるんだろう。こういうことを考えるのって、幼稚なのかな。生きてる意味なんてない、人生にハッピーエンドは用意されてない。それでも何かしら仮定して、仮定して、仮定して、それを繰り返して生きてる。というか、そうしないと生きていけない。……本当にそうかな? ひとりで考え込んで、わたしは心根の暗い人間なので、だいたいはじめじめとしていて、それをいちいち人に話すとうっとうしいかなあって。だか

          いみのないこと

          日記

          毎日なにかしら書いていたノートを久しぶりに開くと最後に書かれた日付からもう1ヶ月以上経っていて、悲しい。その前のページには"明日は病院だからね"と書かれていて、そのすぐ下には"am11:00"と書いてある。結局"明日"は来ず、病院にも行けず、"am11:00"にごまは骨になった。 久しぶりに万年筆にもインクを入れた。今度は乾かさずに使いきれるだろうか。

          わすれたくないから

          4月28日、ねこの15歳の誕生日、肺の近くに腫瘍が見つかった。 何時間も病院にいて、あらゆる検査をした。採血もレントゲンも超音波検査もした。こんなときでも、されるがままに大人しくしてるねこが可愛いなあとか思って、獣医さんが「これだけ静かにしてくれる猫も珍しいですよ」と言ってくれたのでえらいね、と話しかけて笑った。 白い部屋で先生と並んでレントゲン写真を見た。「ここに見えるのが腫瘍です」そのあとに続く説明はぜんぜん分からなくて、あーこういう家族の病気の宣告ってドラマで見たこ

          わすれたくないから

          聞いて、聞かないで

          わたしは同じものずっと食べ続けられるたちだから、そのうえ料理は出来ないから、楽に作れたなそれでいて食べられる味だな、と思ったらもうそればかり作る。だいたい2、3種類の料理を作って食べて作って食べて作って食べて、なんかもういいやと思ったら辞める。違う料理に移るときもあるけど、だいたい食べること自体が面倒になってるから何も食べなくなる。それでいつも通り暫くろくな食事を摂らず日々を過ごしたあと体調崩して食べて吐いて元通り。そのあとはまた同じものを作って食べて作って食べて…同じことの

          聞いて、聞かないで

          休日

          昨日寝る前に数ヶ月前の写真を見たら自分の部屋がきちんと整頓されていて、明日は掃除をしようと思った。 朝起きて洗濯を二回まわした。外は雨。洗濯をしてるあいだにパンをあたためようとして丸焦げにする。焦げた部分を捨ててもなんだか焦げの味。水まわりの掃除。濡れた髪の毛って気持ち悪い。薄目でクリア。洗濯が終わって寝巻きのまま春物のロングコートを羽織ってコインランドリー。階段で裾を引きずって濡らす。あーあ。ついでにダンボールを捨てに行く。車で10分。乾燥の終わった毛布を取り出したらあた

          世界中の不幸

          世界中の不幸を一身に受けたような顔をして、そういう態度が鬱陶しいということはもう分かってるんだけど。 なんとなく、エレベーターには乗らずに階段を使った。のぼるときには歩くけどおりるときには駆ける癖。つま先をみて歩くから、落しものにはよく気づく。あーあ生きるの面倒くさい。 パン屋にいってカレーパンを買ったら揚げたてと交換してくれて嬉しかった。早く帰ってあたたかいうちに食べよう。たぶん生きるってこういうことなんだ。

          世界中の不幸

          ねむり

          疲れ果てると、何年も前に立体駐車場の屋上で眠っていた時間を思い出す。 朝は薄暗い時間に出勤して、日付が変わる頃帰宅していた。好きなことを仕事にしているんだから、だからあなたは恵まれているのよ、という理由で搾取される、よくある会社だった。 家から5分ほどの立体駐車場に車を停めていた。疲れれば疲れるほどはやく家に帰って寝たいのに、どうしても車から降りられなかった。しょっちゅう車の中で眠った。 駐車場の屋上から飛んで死のうと思った。まぁ今生きているんだから、思っただけなんだけ

          ねむり

          わたしの愛する吉本ばなな

          吉本ばななさんが好きだ。 初めて読んだのはたぶん高校生のころ、古本屋で『キッチン』を買った。もともとかなり年季の入った本だったと思う。そのうえわたしが何度も何度も読み返したので、角は破れてしまっているし、すべてのページが茶色く日焼けしていて本を開くたび古い紙の匂いもする。それでも、このボロボロになってしまったこの本のことを、わたしは一生愛し続けると思う。 つらいときいつもそばに本があった。ずっと物語に救われてきた。そのなかで、吉本ばななさんの本が気づけばいちばん近くにいた

          わたしの愛する吉本ばなな

          うまれた町

          わたしのうまれた町は田舎で、これは田舎特有だと思うけど、わたしは町のみんなに育てられた。 町には偉いおじいさんというのがいる。たいてい、そういうおじいさんは怖い。反抗期なんて許されない。挨拶の声が小さいと怒られる。 町のなかでもいちばん偉くて、いちばん怖いおじいさんに、今まで何度も怒られてきた。服の襟が曲がってるとか、昨日の夜遅くまで部屋の電気が付いていたとか(早朝の散歩で気付くのだ)、家の手伝いをもっとしろとか。田舎によくあるこういう面倒くささは、わたしにとっては普通のこ

          うまれた町

          毎日ドレスで暮らしたい

          古着のニットが大好きなんだけど、去年くらいから気づいてはいたんだけど、今年確信してしまったね。悲しいことに、手に取ってももう心躍らんのです。かわいいのはたしかにあるけど、今まで好きだった柄ものの、メンズのニットとかはもうなんだか似合わなくなってしまったんだね。 それに伴い大きくなる少女趣味。あまりにかわいらしいものはこんなんわたし着たらだめでしょと思って着ないけど、袖がふんわりしてるとか、首元だけひらひらしてるとか、そういうきっちりした可愛らしさみたいなものに年々惹かれてるん

          毎日ドレスで暮らしたい

          ラジオ

          ラジオを聞きながら寝て、途中目が覚めたとき人の声がするのはいいなと思った。これがほんとうにとなりに人がいるんだったらよかったのかな、とすこし思ったけど、わたしは恋愛が苦手だから結局はそうでもないか、と思った。ラジオはいいね。 ひとりは孤独で気楽。そういう自分がむなしくて悲しくなる日もある。自分に呪いをかけ続ける人生は惨め。でも、呪いはいつか解けるものだと思うんだよね。そのときまた、考えればいいと思う。 結局自分の孤独は他人には救えない。救われてたまるか、とも思う。むなしさも

          ラジオ