Tetsutaro Ogawa

19910308

お前は明日も明日があると思っているし、夢が現実を侵食する怖さを知っているはずなのに、何故そんなに生きていることができるのか

生まれた時から、あらかじめ失われていた現在性の中で、それでも私たちは明日のために眠らなくてはいけない。

存在論的不安の中で、私たちは常に双極性障害の患者のように、何かしらの薬(medicine)の中毒になりながら、「中間地点」を探し求め、そしてバランスすることを求められている。
普通であれという囁きと、個であれという叫びの狭間で、私たちは眠る。音域の異なるノイズによって脳が揺れる不快感をさ

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my urbanism-topia-place-ある都市の歩行、思想

私はそこに降り立つ。家を出て、ここに立っている。
部屋から、ここまで、ドアを開けてから30分。30分前、私は家にいた。
あなたは立つ。あなたはいま、これを読んでいる地点に立っている。家から出て、あるいは家の中で、これを読んでいる。

都市を目指す。目指す?30分の間に私は都市に入った。あなたは?入っている。入ろうとしている。
都市に入る?何をまたいで都市に入ったのだろう、30分の間に、「ここから都

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Night Swimming

それは夏休みの終わりを思わせる会話だった。
そして実際、私は「今」という時間の限界にも気づいていた頃だった。私がだらだらと引き伸ばしていた時間は、小学生の虫取り網が庭に放置されて薄く乾燥した土埃をかぶるかのごとく、誰からも忘れられて、そして、忘れられたということすら、誰にも思われない、そんな時間へと転換している最中だった。

彼らの話している内容は全く言語化されず、私の脳裏をかすめるそのリズムは

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2018,2020,2220

2018_1212

例年より寒さが早く来ている気がする、と思って、Googleで調べると、指定した日付の天気を一覧で見られるページに行き着いた。やっぱり去年より寒いじゃん、と思うのと時を同じく、10年前も、20年前も、50年前も冬はあったんだな、ということが、「気温」という具体的な数字と共に現れてくる。
俺は年末になるとその年に撮った写真を見返すのだけど、今年はカメラを売ったりしたので残っ

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自己と社会、その切断面/接合点としての写真、そして「愛機」について

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あなたは写真を撮るだろうか。
私は写真を撮る。カメラを持っていない、いかなる時でも、「その時」を待ち焦がれている。それはつまり、路上で始まるキスや、寒々しい朝焼け、換気扇に吸い込まれていく煙草の煙。油にまみれたキッチン。
あなたも写真を撮るだろう。恋人の寝顔、授業のスライド、買ったばかりのスニーカーの写真。
では、あなたの「愛機」は何だろうか。この文章を読んでいるスマートフォンを、あなたは

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映画「かえりみち」に寄せて 「家、自由、今日」

行こう、早く」
―どこに?
「おうちに」

帰る場所がある、それは、私たちが自由でいられることの証明でもある。
帰った先の場所で私たちは自由でいられる。
しかし、帰る場所は檻にもなる。
だが、帰る場所があるからこそ、私たちは自由へ”も”向かって行ける。
家は、檻にも翼にもなる。自分を縛り付けるものから逃れる自由も、自分の場所で翼を広げる自由も、そのどちらも自由であるということに変わりはない。

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