【2010年代のベストアルバム100枚】The Weeknd "House of Balloons" (2011)

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概要

"House of Balloons"は、カナダのシンガーThe Weekndのデビュー・ミックステープ。当初はフリーダウンロードとしてリリースされ、続く2作のミックステープと合わせて2012年のコンピレーションアルバム『Trilogy』に収録されました。Doc McKinney、Zodiac、Illangeloといったカナダのレコードプロデューサー達とともに制作され、オルタナティブR&Bと呼ばれる新しいジャンルを象徴する作品となりました。

”ドラッグ中毒で、女ったらしで難しい人間性”という虚像

Drakeのマネジメントチームと契約し、典型的なR&Bに留まらず、エレクトロミュージック、80年代のニューウェーブ、ヒップホップ、ドリームポップ、トリップホップなど様々な要素を取り入れた今作について、The Weekndは後に「自分の音楽にとってブループリント」のような存在と語っています。ダークな雰囲気のこのミックステープをリリースした当時、彼はインタビューやライブパフォーマンスなどを控えることで曲の中における”ドラッグ中毒で、女ったらしで難しい人間性”というイメージを保っていました。

しかし実際には彼はドラッグ中毒ではなく、むしろドラッグが自身の支えになっていたようで、「ドラッグとは断続的な関係を保ってきた」とThe Weekndは振り返っています。「ドラッグによって自分の人生が台無しになることはなかったし、特に何かを創造しているときには、心を開くのを時折助けてくれたりもするんだ。だけどパフォーマンスするときには完全に素面だし、お酒すら飲みたいとは思わない。ツアーのおかげでバランスを取る方法を学んだんだ」

自他ともに認める今作の影響の大きさ

今作の影響の大きさについて、The Weekndは「"House of Balloon"が完全にポップミュージックのサウンドを変えたのを目の当たりにしてた」とためらいもなく振り返っています。「"Climax"を聴いたとき、あのUsherの曲は『マジかよ、完全にWeekndの曲じゃん』って思った。すごく喜ばしいことだったし、俺は正しいことをしてるって確信してた。ムカついてもいたけどね。だけど歳を重ねて、それは良いことだったんだって気付けたよ」

一方でリリース当時はアートワークを作る金銭的余裕がなく、地元の大学のコンピューターシステムにハッキングしたことを彼の高校時代からの親友で、Drakeなども手掛けるクリエイティブディレクターのLa Mar Taylorは明かしています。「当時はAdobeとかFinal Cut Proとかをダウンロードする金銭的余裕もなかった。頭の中で今でも考えてしまうよ。同じ状況にいるクリエイティブは他に何人いるのかって」

参照

リリース時の評価

2011年のベストアルバム・リストで、『FACT』『Complex』が1位、『Stereogum』が5位、『A.V. Club』『PopMatters』が6位にそれぞれ選出している他、多くのメディアが今作をTop50以内に選出しました。

『FACT』は今作のリリックについて「今にもゴンゾポルノの領域に足を踏み入れそうなほど、少しやりすぎで奇妙」と形容しており、その楽曲は「完璧に近い」と称賛しています。一方で「すべてのプロダクションについて要素要素は、ほぼ区別がつかないほど」似ていることを認めながらも、「それが非常に効果的」で「批判することなどほぼ不可能」と称賛しています。

8位に選出した『The Line of Best Fit』は今作を「今年のベストアルバムの一つであり、間違いなく最もセクシーなアルバム」と称賛しています。「"House of Balloons"は、ドラッグをやったかのような空気感、性的な緊張感、そして予想外なサンプリングに満ちており、Beach HouseやSiouxie and the BansheesがR&Bのマスターピースを形作るレンガのような存在となっている」

2010年代における評価

2010年代のベストアルバム・リストで、『Billboard』が20位、『Crack Magazine』が27位、『UPROXX』が37位、『Noisey』が40位、『Pitchfork』が75位に選出しています。

『Crazk Magazine』は、今作の「雄大なビートとノクターン的なメロディが、R&Bの音楽的な新時代の幕開けとなった」と称賛しています。2000年代までR&Bはソウルフルさと正直さに重きが置かれていたのに対し、「The Weekndの匿名性、アートスクールなサンプリングの数々、中毒的なリリックの内容」によってR&Bというジャンルが「よりダークで、実験的な世界」となったことを指摘しています。

『UPROXX』は今作の「大胆な実験の数々」を絶賛し、「冒険的であるのと同時に、疑いようもなくキャッチー」であると指摘しています。「彼が世界で最もビッグなポップスターの一人になるとはなかなか予想できなかったかもしれないが、彼はその中でも最も興味深い場所から登場したのだ」

かみーゆ的まとめ

匿名性の高いまま登場し、インディーファンを喜ばせた今作を含むミックステープ・シリーズから4年で、メインストリームとの親和性を発揮し、全米チャートの1位を獲得するまでの世界的ポップスターへと変貌を遂げたThe Weeknd。その後もDaft Punkとのコラボレーションや80年代へのオマージュなど、様々なエッセンスを取り入れてポップミュージックの中心的存在となりました。それでも時々この"House of Balloons"時代の音楽性が顔を出し、今でもあの頃の気持ちを忘れていないことを彼は示しているわけですが、それがあまりにもカメレオン的すぎて結局The Weekndがどんなアーティストなのかわからないというのが今の個人的な感想だったりします。

しかしThe Weekndは、"House of Balloons"におけるコンテンポラリーなR&Bの枠を大きく超えた音楽性で2010年代のR&Bの可能性を大きく押し広げただけでなく、Drakeを筆頭とするアンビエントなHIP-HOPの流行にも一役買い、その影響力の大きさは測り知ることができません。所謂ロックといわれる領域であれば、Vampire WeekendやDirty Projectors、The xxなどの白人中心の新世代バンドがR&Bの要素もうまく取り入れることでジャンルの壁を壊しつつあったわけですが、それを今作で黒人の側からやってみせたのは2010年代を通しても大きな意味のある事でした。時が進むにつれ、ダークスキンというだけで"R&Bかヒップホップ"とジャンルのレッテルを貼っていたことにメディアやリスナーはようやく気付き始め、これまでに安易に語られてきた「ジャンル」とは何なのかを人々が考え直すきっかけにもなりました。

2010年代における音楽的なインパクト、社会的な意義などを横に置いといても、この"House of Balloons"のダークな空気感は革命的で、間違いなく記憶に残る作品と言えると思います。

トラックリストとミュージックビデオ

01. High for This

02. What You Need

03. House of Balloons / Glass Table Girls

04. The Morning

05. Wicked Games

06. The Party & The After Party

07. Coming Down

08. Loft Music

09. The Knowing


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