推しがかわいすぎて気づいたらミュージックスクールに通っていた話

1. 狂うニート

仕事を辞め、次の就職先も決まった2022年某月。

仕事がない、ということは平日の昼間っからカラオケに入り浸れる、ということである。

欲望に忠実なボッチオタクである私はカラオケまね○ねこの朝カラを利用し、毎日ヒトカラを楽しんでいた。
ところで、筆者はFate/staynightのオタクである。もう衛宮士郎がアーチャーがかわいくて仕方ないタイプのエミヤシロウのオタクである。
当然、カラオケでもsnのタイアップ曲を入れる。
Réalta Nua、hollow ataraxiaの楽曲は初プレイ時の感動を思い出して最高にキマれるしDEEN版も全部名曲揃いだ。

その流れで、ufo版UBWのBrave shineを選曲した。

それはもう軽い気持ちだった。

画面が移り、音楽が流れ始めた。その時点でもういつものカラオケのビデオじゃなかった。そもそも実写じゃなかった。アニメだった。アニメPVだった。

見落としたのか、書いていなかったのか、不意打ちのアニメPVだった。覚悟していなかった。だってJOYSOUNDではアニメPV入ってるのはI beg youだけだったし。

エミヤの姿が現れた時点でもう駄目である。喉から人が発したとは思えない獣のような汚い唸り声が出た。「Fate/staynight」のタイトルが現れた瞬間、私は悲鳴を上げた。推しの姿を眺めながら歌う覚悟なんて全然できてなかった。
でも、せっかくカラオケに来たのだ。不意打ちを食らったものの、歌詞が出てくるまでに呼吸を整えようとした。

狂ったオタクは推しが出た瞬間崩れ落ちたので撮れたのはここまでです。

……歌い出しのところでクソかわいい士郎がこっち見た。

歌詞が全部飛んだ。「左手に隠した」なんて言葉にならなかった。結局私が出せたのは「ひっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」という汚いオタクの叫び声だけだった。

悲鳴で声帯を使い潰した。FXで有り金全部溶かした顔をしながらぼそぼそと歌い切った。客観的に聞かなくても驚異の下手さだった。お洒落な服屋で垢抜けた店員さんに話しかけられキョドり倒す引きこもりオタクのどもりのような聞き苦しい歌声だった。
実際採点は今までに見たことがない低得点を叩き出していた。カラオケの採点ってちゃんと低い点数出るんだ。

ソファに五体を投げ出しながら宙を見上げた。
ごめんね士郎くん。君かわいいね。何?どんどん目がデカくなってない?この前公式絵模写したら目が想像の5倍くらいデカかったんだけど。ていうかアーチャーも何??憂いを帯びた鋼色の瞳なに?オタクは簡単に死ぬんだぞ。すき。

私は泣いた。画面の中の推しを前にクソド下手な歌を歌ってしまったことが耐えられそうになかった。というか時間が経つと腹が立ってきた。私のあの下手くそな歌の中をアーチャーと衛宮士郎は決着をつけたわけで?「その先は地獄だぞ」なわけで?

解釈違いでぶちぎれそうだった。

気づけば手元のスマホで検索していた。

「歌が上手くなりたい 方法」

検索結果一番上に「ボイトレ」の文字があった。これしかない、と思った。気づけば私は、ミュージックスクールのHPにアクセスしていた。


2. 無料体験レッスン申し込み

私が調べたミュージックスクールでは、無料体験レッスンをやっていた。

これはありがたい。レッスン費用は意外とお高いものだ。合わないなと思いながらズルズル時間とお金を使うのももったいない。
そんなモノがあれば推しに使うのがオタクというものである。

無料体験学習申込みは、HP上でできた。

コース名、受講する校舎(オンラインレッスンも可能)を選ぶと、希望日時を選択する画面がでてきた。私は、カラオケコースを選択し、最寄りの校舎を選んだ。ちなみに、希望日時は申込み日から2日後以降しか選択できないらしい。希望日時入力欄は第3希望まであった。

次のページで連絡先を入力し、申込みが完了した。

昼頃に申込んで、その日の夕方に電話で連絡が来た。
残念ながら、希望していたカラオケコースは最寄りの校舎では行っていないらしい。代わりにボーカルコースを選ぶことにした。

話の流れで、電話口で美声のお姉さんからレッスンを始める目的を聞かれた。
プロ志望か、趣味でうまくなりたいのか。

ところで、私はあまり歌がうまくない。中学の頃の音楽の成績は2だ。校歌は口パクでごまかし、入学式も卒業式ももうしわけなさを感じながら口を空虚に動かすだけで乗り切った。だって私が歌うと他の人が釣られて全体が崩れるし。

「趣味です」

Aimerさんみたいな美声と歌ウマを兼ね備えた存在になりたいという本音は言えなかった。


3. 音痴、ミュージックスクールへ

指定された時刻ちょうどくらいに校舎に向かった。
校舎と言っても駅前だ。

教室のドアを開けると結構人がいた。
小心者のオタクである私は無言でドアを閉めた。
数秒後内側からドアが開いた。部屋の中の人口密度は減っていた。
コミュ障に配慮してくれたっぽい。申し訳なかった。

小さなテーブルに案内され、そこでカルテを書いた。レッスンに通ってどうなりたいかや、うまくなりたい曲を書いていく。
書きながら気付いたが、レッスン時間内にカルテを書く時間も入っているので長くレッスンを受けたいなら早くカルテを書き終わらなくてはならない。時間ギリギリじゃなくて少し早めに来たほうがよかったかもしれない。

まず課題曲を与えられ、それがうまくなってから歌いたい曲を練習するのかなと思っていたら、最初から歌いたい曲を練習させてくれるらしい。
そういえば音源や楽譜を持ってきてほしいと言われていた。

カルテを書き終わると、いよいよレッスンだ。
今回ついてくれた先生(このスクールには何人もの先生が所属している)はストレッチをしてから一度歌ってみて、それから指導するという方式だった。
ストレッチをすると体が硬すぎて驚愕した。背中で手を合わせるって何?まず手がつかんけど??????

四苦八苦しながらストレッチを終え、1回通しで歌ってみた。

先生によるとリズムがあってないらしい。
なるほど。リズム感のなさは確かに自分でも感じていた。
私はツ〇ステのリズミック難易度EASYで詰んだオタクである。
先生の手拍子に合わせて歌ってみると確かに歌いやすい……気がする。
何度か歌ってみてリズムを覚えると、入りに迷ってずれていた部分が改善していた。

私はその日のうちに契約を決め、胸を期待に膨らませながら帰路についた。
これから私も歌ウマオタクの仲間入りだ。

ついでに浮かれすぎて着ていたコートを教室に忘れた。


4. リベンジ

ニートの強みは何といっても平日の朝に遊べることである。

レッスンの翌日、さっそくカラオケに繰り出した。
歌うのはもちろんBrave shineだ。

曲が流れ始め、アーチャーの背中が映っても私は奇跡的に平静を保っていた。
赤原礼装の下が黒なの切嗣リスペクトかなと考えると滾るよね。原作でさらっと「誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた!」とか言っちゃう男だし。
士郎を真正面から直視しても平気だ。
ヒロインズもランサーもキャスターも乗り切った。
バーサーカーVSギルガメッシュは心がしんどくなったけど耐えた。
そこからの「遠坂には近寄るな」の温度差で風邪ひくかと思ったけど耐えきった。
キャスター陣営も本当に泣きそうになるというかいつかキャスターが故郷に帰る話見たいけど弟はもうキャスター自身の手で殺めていてうわーーーーーーーー!!
ただ、その次が。
歌詞の「Brake down」からが原作で言う「決着-アンサー-」のあのシーンである。壊れたのは私だった。

ミュージックスクールに行っても推しには勝てないんだよ!!!!!!!


背中。
かわいい。