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わたしのお腹の甘いやつ【僕ヤバ二次創作】

この小説は「僕の心のヤバイやつ」の二次創作です。うっかり書いちゃうことになった経緯は → こちら参照

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大学に進学し、本格的にモデルとしての活動を始めた山田。自意識に折り合いをつけ、「ちょっと人付き合いが苦手だけどまぁまともなやつ」くらいに着地した市川。二人はかけがえのない、ありふれた時間を過ごした果てにどうこうなるわけでもなく、高校卒業、最初で最後のツーショットをスマホに仕舞い込んでそれぞれの時間を過ごしていた。

――目の前が、妙に暗い。窓から日は入ってるのに。
快適なはずだけど、どこか違和感のある自分の部屋。最後に帰ってきたのは暮れで、それから半年ぶりに帰ってきたから……何年振りだろう。
時計は10時を回っていて、だからどうということもない、かな。夏休みだし。モデルのお仕事もないし…干されたし。

ふらふらとリビングに降りると、誰かの出した煮干しのお菓子が出しっぱなしになっていた。干されて細る。羨ましいけれど、煮干し特有の魚の匂いが鼻につく。おなかの奥から”なにか”込み上げる。息を止めて、それを押し込めた。

何もしないうちに、テレビ番組がひとつ終わっちゃった。あっという間だった。内容、覚えてないや。

テーブルに運ばれてきたものを見る。白、赤。緑。黄色。大学のある街に溢れる極彩色とは程遠い、優しい色。冷やし中華……だ。
箸に手を伸ばす。実家のころずっと使っていた箸は手に馴染むことなく、異様に重く感じる。「箸より重いものを持ったことがない」なんてフレーズも昔は使われたみたいだけど、うぅん、箸は重いよ。

罪悪感と共に、家を逃げるように出る。少し歩くと、走っていく子供たち。すれ違いざまのプールの匂い。家に帰るところかな。じりじりと暑い空気をかき混ぜていく。その背中はやけにきらきらしていて……あぁ、日射しのせい?
日射し、まで連想して、気付いた。日焼け止め、わすれちゃった。
まぁ、いいか。

ぼうっとした頭で、取り留めなく思う。

大学に進学して、モデルのお仕事も増えた。講義との両立は大変だったけど、そこは、まぁ。環境が変わって落ち着かなかったり、何かが足りない気もしたけど、違うモノも手にして、楽しかった。
今年のバレンタインも、沢山の新作が出た。ブランドものから、コンビニ限定まで。モデルや大学の友達との友チョコや、お世話になってるスタッフさんへ買うのと一緒に、自分の分もいっぱい買った。

多分、あの冬がケーキだったと思う。違う、契機。

フラッシュバック、回想がちかちか乱れ始める。先輩モデルさん。テーブルに広げたお菓子。スタッフさんの呆れ顔。記憶の像の口が動く。大学。学食。開いたお皿。嫉妬か、怒りか、わからないけど、好意じゃない遠巻きな誰かの顔。唇の動き。なんて言われたんだっけ。

体重計。

春夏の、肌の出る新作。

を、着て撮影する、同じ事務所のスレンダーな新人モデル。

お腹の底から、また込み上げてくる”これ”は、回想?現実?

なんだか足元がぐらぐらする。どのくらいの距離、時間、歩いたかわからない。顔を上げても、ここがどこだかわからない……電柱の住所表示は見覚えがあるから、そう遠くはないはずだけど。何にせよ、一旦休まないと、ちょっとよくない、かも。

たった半年ぶりの地元だけど、街並みが妙に変わった気がする。妙に見慣れないのは、あまり来たことのない地区だから?

きょろきょろ。建物、みつけた。

それが何なのか、入るまでわからなかった。入ったことがないのに、なぜか懐かしい気がした。
ひやりとした空気。人、人、人。本、本、本。
そうか、図書館だ。

でも、なんで落ち着くんだっけ?食べ物の匂いがしないからかな。

とりあえず、近くにあった本を取る。何の棚の、何なのか、わからない。でも、図書館で涼む以上はこのくらいはしないといけないと思う。これでも女子大生だし。

文字が、かすむ視界の中を滑っていく。講義の時より眠くなって、自分の心より理解できない。それでも一応、読むポーズは取る。読む、ポーズ、だけでも……。

駄目だ。寝ちゃう。もう少し分かりやすい本にしよう。料理本や酪農、栽培の背表紙がちらりと見える度、目を背けて、本のあった場所に戻る。机の並んだスペースを抜けて、児童小説エリアの真反対。人がいなくなる。

この辺だったと思う。分類番号も近い。……なんで分類番号の見方とか、知ってるんだっけ?まぁ、このくらいは常識ってことだよね。

図書館に入ってすぐの、分類番号的に若いから、という理由だけで端っこに配置されたであろうエリアに、先客がひとりだけいた。沢山借りているけど、まだ足りないらしく、覗き込んだり背伸びしたりしている白いシャツの後ろ姿。真面目な大学生かな、私と違って。

私は、彼の探し物の邪魔にならないように、元あった場所を探した。ちょうど抜き取った場所が穴になっていて、分かりやすかった。安心して、力なく小さく息を吐く。

本棚の穴に歩み寄るのと、彼が振り向くのは同時だった。ほぼ同じ高さで、目が合う。瞬間、今度は息を思わず引っ込めてしまった。

見覚えのある顔。目つきの悪さは健在で、今はそこに隈まである。
高校で一気に伸びた背。そのことについて、上手に触れることはできなかった。なんでかな。
なんで、といえば。なんで忘れていたんだろう。分類番号の読み方を私が知ってる理由。よくわからないなりに、知ってる単語があった理由。曲がりなりにもそれなりの高校と大学に進めた理由。本の匂いで、落ち着いた理由。

「彼」は、その瞬間から目をぱちくりさせて、ぽかんとして。それでも何か言おうとゆっくり手をふらふらさせながら、口を開いた。
私も数度口をぱくぱくさせて、何かを言おうとした。朦朧とする意識の中で、昔と今が混線して、上手く言葉が出てこなかったけど、何か、言おうとした。

瞬間。

ぐぎゅるる。

それは、間違いなく、私のお腹から鳴った。大きな音だった。聞かれた。

「あんなに食べてもヨユーってこと?うらやましー」
ばくばく心臓が鳴っている。顔が真っ赤になっているのがわかる。

「チョコそんなに買ったの?ウケる」
顔も指先も、とても、とても熱い。汗がぶわっと噴き出す。空調がごうごううるさいほどなのに。

「山田、今度ジムの体験会があるんだが行ってみないか」
言葉未満の何かが口から零れる。呼吸音だけが空回りして、耳に届く。

「杏奈ちゃんはよく食べるわね。……ちょっと食べすぎかも」
ばさり、私の手から取り落とされた本が、やっと地面に落ちた。

「ちがうの、これは…」

ようやく、言葉が出た。涙も出た。

「……よくわからんけど、僕はもうここでの用事は済んだ」

どうやら私が落としたそれが、「彼」の探し物だったみたいで、拾いながら淡々と言った。あの頃より、もう少し声が低く聞こえた。
拒絶、なのかな。つまりは、やっぱり、こんな食い意地の張った私なんて。あの頃だって、本読んでるところを邪魔してたようなものだし。
……そうだよね。特別に思ってたのなんて、きっと。

「……そっか」
「だから、その……昼飯、ちょっと遅いけど、行くけど、来るか?」
「へっ?」
完全に、予想外だった。

あっけらかんと、とてつもないことを言う。この、料理を見ては眩暈を起こし無理やり食べては体が拒む私に。新作のモデルから外された私に。食事に、行こうと。

彼は、私の心の中のぐるぐるとめぐる「何か」を知りもしないでさらりと言った。そう簡単に出来たら、倒れてもないし、干されてもないってば。

「いや、変な意味じゃなくてだな!?その、山田も昼食べてないんだろ?…嫌なら、いいけど」

……さらりと、なんて余裕はすぐに崩れて、まるであの頃みたいに慌てた様子を見せた。ちょっと、ほんのちょっとだけ「もしかしてこの余裕、大学でなにか大きな……漫画のようなラブコメでもあったのでは!?」と疑った心配と不安を返してほしい。

でも、そんなちょっぴりの暗い気持ちなんて、湧き上がった暖かいものにくらべれば、ほんとうに、ほんとうにどうでもいいこと。

モデル仲間としての心配とか、忠告とか。女の子同士のやっかみとか。仕事の上司としての注意とか。そういうのを一切考えないで、「彼」は接してくれるんだ。ご飯を、食べていいって言ってくれてるんだ。

「うん、行く」

自分でも驚くほどに、自然と言葉が出た。自分の声を本当に、本当に久しぶりに聴いた気がした。
ぐしぐし、今更ながら涙を拭うと、はっきりした世界で「彼」の口許が綻んだ。

さて、何にしようかな!

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