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【アカシック・カフェ 3.5】ゆるり香れり、赤羽の鶴。

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□ □ □

午後三時。お客のいなくなった店内には、常連女子高生三人組だけだ。
バックヤードで洗い物を片付け終わったところで、ハヅホがいかにも「やらかした」雰囲気で呻いた。大人びた彼女のこういう「失敗」は珍しいな。

「永愛ちゃん、ヘアゴムとかシュシュある?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと持ってくるね」
「私の使いなよ、ハヅ」

なるほど、厨房に入るには髪を纏めるべき、と。三つ編みの永愛、ポニーテールのシュウカと違って、確かにハヅホはヘアアレンジをしている印象がない。

「真面目だな、ハヅホ」
「まぁね。こういうのはちゃんとしないと」

手を拭いつつ表に戻った俺に、波打つ赤毛を一つ結びにしたハヅホはむん、と強く頷く。小さく可愛らしい雰囲気とミスマッチを起こさない、真剣な気迫がある。
気負いすぎだろう、と言おうかと思ったが、やめた。今日ばかりはこの方が正しい。なんせ、今回の趣旨は――。

「コーヒーの淹れ方を教えてほしい?」
「文化祭で喫茶店をやるんだけどね。他のクラスもやるみたいなの」
「対抗意識じゃないけど、せっかくなら、一番満足してもらいたいと思って」
「だからさ、弥津彦。ちょっとお願いできないかな? 色々」

耳聡い元気娘、シュウカ。三人の中では一番真面目なハヅホ。そして「私ひとりじゃ文化祭の間中の全部を管理できないよ」と、暗に味以外にも協力を要請してきそうな我が店のバイト、永愛。三者三様、お願いの声色。

そうか、と小さく息を吸って、瞑目。
世界の記憶と記録にアクセスできる異能者、アカシックスたる俺は、まだ学園外に公開されていない文化祭の企画の現時点の全てを把握した。宇宙の真理より大事なものが、日常にはある。

タピオカミルクティー。流行りだ。でも俺が学生の時も見た。メイド喫茶。筋肉野郎推し。執事でいいじゃん。野点。茶道部はガチ。
――で、高等部二年四組、三人のクラスはオーソドックスな喫茶店。保護者としては安心するが、お祭り感がないのも正直な感想だ。

時間にして一秒以下で現状を理解した俺は、顔を上げて三人に、不器用に笑いかける。

「任せろ。永愛、エプロン持ってきてくれ」

「で、こう。真ん中に窪みを作る」
「なんかやっちー、プロっぽい」
「プロなんだよ、弥津彦さんは」

フィルターのセットだけでプロっぽいと評される俺は、普段一体何なのか。毎度誰の味に金払ってるのか、わかってるんだろうか。
ほんの少し傷ついたところで、ふと気づく。

「永愛、ヒーター止めて」
「はーい」

意外と不器用なシュウカの指導に当たる俺は、今手が離せない。永愛は察して、ハヅホを手招きしつつIHヒーターを止める。けれどハヅホが気にしたのは、俺の方。

「あれ、今なんでお湯のことわかったの?」
「湯気の音とか」
「プロだ……」

二人から感心を頂いたが、大嘘だ。実際はアカシックレコードに接続し続けコーヒーポットの温度を把握し続ける、という裏技。トリックを解っている永愛の苦笑いは、目視も全知もなくわかる。

ハヅホが永愛から温度計を受け取り、湯温を覗き込んだ拍子に、長い髪がゆるりと垂れた。ばちり、一瞬、目元に痺れ未満の刺激。情報量が増える。

「ハヅホ、髪危ないぞ」
「えっ?」

止まったヒーターに髪が近づいた瞬間、周辺の状態を読み続けていた俺の中に、彼女の赤毛に纏わるいくつかの真実が混じり込んだ。
血筋。好意。偏見。軽視。決意。ハヅホの過去。俺は、周囲の遣り口に苛立ったり、彼女が祖母と同じ色を大切に思う気持ちを知ったりする。瞬きよりも短い光景の閃きだった。

だけど、それだけだ。

アカシックレコードは、無論、個人の歴史も記されていて、俺はそれを観測できる。けれど、今は偶発的に断片を知っただけ。人の過去と心は軽々に踏み入っちゃいけない部分だ。――少なくとも、喫茶店店主の俺としては。

だから、俺はせめて、彼女の誇りを肯定する。

「気をつけろよ。綺麗な髪なんだから」
「……うん」

背後で、いそいそと髪を背中側に回す気配がした。
目の前では、シュウカがニヤニヤしている。手元にはコーヒーフィルター。これくらいなら……といった出来。

「やっちー、キザだねぇ」
「やっぱりか?」
「そそ。気をつけた方がいいよ」

はいはい、と流してから振り返ると永愛が不満げな顔をしている。待たせて悪かったって。
細く長い口が特徴のコーヒーポットを手に取って、そっと湯を注いだ。中心から湯が入り込み、粉全体に浸透しつつ水面が上昇する。程々のところで、俺はぴっと注ぎ口を上げた。

「後は、ゆっくり待つ」

過去を知ろうが、この世の全てを知ろうが、それですべて上手くはいかない。コーヒーも人間も一緒だ。時間をかけなきゃいけないことは、沢山ある。

「焦っても、気負いすぎても、美味しくはならない」

「だからって、お客さんがあんまり来なくても焦らないのはどうなの」と永愛に怒られるのはまた別の話だ。生活できるだけ稼げてるからいいじゃねぇか……。

||3.5話 ゆるり香れり、赤羽の鶴・おわり||

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