【蒼雑記】幻想現層旅行後編/集合時間までに(シリーズ「[新人P]佐久間まゆ」より)

前編はこちら
ちょっと時間が空きましたが幻想旅行はもう少しありまして、ここから二日目が始まります。
三日目。


――そして、ぐだぐだのまま仙台旅行は幕を閉じる。

テーブルゲームを持ち込んだ塩見さん、トランプを当たり前に持ち歩く堀さんによってゲーム大会が開かれたせいもあって、朝の始動が遅くなってしまった。プロデューサーとして、引率者として、夜更かしを止めねばならなかったというのに。不甲斐ない。それにしても、なぜ僕の部屋で開催されたのだろうか…。

新幹線に乗るまでの、ひと時の自由時間。みんなが土産物をあれやこれやと吟味する中で、佐久間さんはどこか、ぼんやりとした雰囲気だった。

「大丈夫?」

いつも通りに声をかけたつもりだったけれど、それでも彼女の肩はびくりと跳ねて、可愛らしい悲鳴を上げさせてしまった。お土産の喧騒から外れた窓際で、微かに甘い香りが揺れた髪の先から漂う。

「大丈夫って、何がですか?せんぱい」
「いや、ちょっと元気なさそうだったから」
「そんなこと……ある、かもしれませんね」

零しながら、少し目を伏せる。それだけできっと、多くの人をとりこにしてしまうだろうけれど、この場には僕と佐久間さんだけ。

僕たちのプロダクションは紆余曲折ありつつも、おかげさまで軌道に乗っている。即ち、年末年始、大型連休、夏休みシーズンなど、あらゆるタイミングでアイドルをステージへ送り出すということだ。その全てに、今後の勉強のため、普段は学校に行っていて参加できていないからと、佐久間さんは同行してくれた。

如何せん新興の域を抜けきらない人手不足のプロダクションとしては、助かることは助かる。けれど、それはつまり、彼女の休日を代償にした二足の草鞋。心身ともに疲労も溜まるだろう。

「息抜きになればと思ったけど……結局みんなの世話役に回っちゃったもんね。ごめん。」
「うふふ。それはいいんですよ。楽しかったですから」

ふわりと柔らかく笑む佐久間さんは、本当に満足そうで安心してしまうけれど、どこか継ぎ接ぎを感じてしまう。混ぜ返すようで趣味が悪いけれど、どうしても気になってしまう。

特殊な立場の彼女。同じ学生アイドルでも、自分の意思でアイドルとして輝こうと親元を離れた塩見さんや堀さんとは違う。モデルになろうと上京して、彼女曰く「運命」に沿ってアイドルオーディションを受け、何の因果か僕の後輩としてプロデューサー見習いになっている。決断したのは勿論彼女で、それを浅慮と軽んじるつもりは一切ない。が、やはり無理もある。

僕や千川さん、大人のアイドルたちは大型連休のたび、一様に帰省を勧めたのだけれど、易々と首肯する彼女じゃない。意志の強さは気高く、勤勉さは美しく、影に日向に活躍してくれたけれど、負担も大きかったはず。

秋空は高く澄み、見遣る彼女は――珍しく、と言うと気恥ずかしいが、僕の方を見ずに空を見る彼女は――どこか遠くを想っている。横顔は精緻な人形のように美しく、つい見惚れてしまう。裏方の道に誘った僕の方こそ軽率だったか、アイドルとしても十二分の原石を見つめてしまう。そうして視線の交わらない沈黙が1秒か、1分か。

「……せんぱい?」

いつの間にか、佐久間さんがこちらを向いていた。大きな瞳のなかで、今度は小さな僕が驚く番。息が混じる距離なんてほどに近くはないけれど、それでも真正面から微笑みかけられれば、相応に心臓に悪い。アイドル事務所で働く以上ある程度慣れているはずなのに、不意を衝かれればいくらでも崩れてしまう。情けない……。

「せんぱい。仙台、まゆは嫌じゃなかったですよ」

どぎまぎする間に、彼女もひとしきり笑い終えたよう。愛らしく、いつも通りの穏やかさで続ける。

「久しぶりの仙台、楽しかったです。息抜きにもなりましたし、みんなも一緒で、景色も違って見えましたし」
「……それはよかった。けど、これからはちゃんと休むんだよ?帰省もすること。親御さんにも顔出さなきゃ」
「えぇ。お休みは、せんぱいが休んだら頂きます。帰省も、きっと」

安心した僕の小言を、ひらりと躱して切り返す強かさ。こういうところが油断ならなくて頼もしい。形よく閉じた瞼を開いて、ダメ押し。

「そのときは、せんぱいも一緒に来てくださいね?」

蠱惑的な甘い声。奥の見えない深い瞳。甘い香りは優雅で誘蛾。いつの間にやら、小さな手が僕の手に添えられていて、息をのむ。頭の奥がぼんやりと暗くなる。あと数分、いや、数秒遅ければ、彼女の肩越しに白と青のシルエットを見ても正気に戻れなかったかもしれない。

「おーいお二人さん。そろそろ時間だよ」

特徴的な銀の髪をキャスケット帽で隠し、伊達メガネの奥でにやにやと不躾な視線を飛ばす稼ぎ頭。こちらが気付いてからやっと声をかけるあたり、なんともいい趣味をしている。

「行こうか、佐久間さん」
「はい、せんぱい。どこまでも、いっしょに」

添えられた手を逃がして、立ち上がって、つい差し伸べてしまった。しまったと思った時にはもう遅い。絡められた細い指を解くのも忍びなくて、揶揄われるのを甘んじて受け入れることにする。集合場所にはもうみんな集まっていた。予想通りの姦しさの中で、僕はぼうっと、事務員さんのスーツと同じ色の土産物を買い損ねたことに想いを馳せていた。

結局、マンションの前まで指は離れることはなかった。




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