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後悔のある人生の方が楽しい

hacchiラジオの「楽しんでますよね、後悔を」という一節を聞いて書いた。
多分、今読んでいる『全体性と無限(下)』にも影響されている。

なんにでも影響されるなコイツ……


「一度きりの人生、後悔がないように」とはよくいうが、個人的には後悔のある人生の方が存外幸せなのではないかと思う。
まあ、そんな風に考える理由自体はさして面白みもない。夢は叶ったら現実に変わってしまうからだ。

夢や願望なんて、叶ってみると案外「こんなもの」にすぎない。
何なら、叶うまでの間に膨らみすぎた期待や幻想から、落差にがっかりすることさえ多いじゃないか。

「なんだ、たったこれだけか」
「私がかつて憧れていたときには、もっとかっこよかったのに」
「なってみると案外大したことないな」
「私でもできてしまうのか」

特にこの「私でもできてしまうのか」という失望は結構大きい。
努力して──たかだか努力をしたくらいで・・・・──手が届いてしまうのなら、それは結局通過点にすぎなかったということである。
それが寂しい。あんなに焦がれたのに、ゴールではなかった。手が届いたその先にも、人生は続いていく。
そして一度手に入れたものは、急速に色あせて過去に堆積していくのだ。

翻って、色あせることなくいつまでも鮮やかなものとは、自分が持っていないもののことである。
それは「手に入らないもの」かもしれないし「すでに失われたもの」かもしれない。
いずれにせよ、「いつまでも美しく価値あるもの」を見るとき、私たちの心にはわずかばかりの後悔ないし諦念が去来する。

「あれが手に入らなかった。あのときああしていれば、手に入ったかもしれないのに」
「一度は掴んだのに、なくしてしまった。あのときああしていれば、なくさずに済んだかもしれないのに」
「今でも諦めきれない……と言葉にはしてみるが、本当は『もう手に入ることはないだろう』と心のどこかで悟っているのかもしれない。でも、そのことを見て見ぬふりしているのだ」

一抹のかなしさや寂しさ、諦めの気持ち。諦めの中にある凪いだ水面のような静けさ。大気の中の清々しい無力感。
自分が諦めていることを見て見ぬふりする狡さへの陶酔。そのときに感じる、冷たい露で足を濡らすような不快な爽快さ。

後悔が残るのも仕方がない。なぜなら私は無力だから!
いや、本当は無力ゆえではなかったのかもしれない。ただの行動力不足、努力不足だったのではないか。けれど、それだってもはやどうしようもないじゃないか。時は移ろうものだ。決して戻らない。
ほら全て終わった。静かだ。そのはずだが、思い出すと今でも胸がジクジクする。熱い、痒い、苦しい──あのときの後遺症があるのだ。でも、もはやできることなど何もない。
だから高らかに笑おう。だってもう、全部手遅れなんだから!

「価値あるもの」が記憶に浮かび上がったときに感じる後悔にはこういう快さがあって、ゆえに私たちは後悔を楽しんでいる。
それは夢が叶った喜びではない。夢を諦められた喜び、あるいは終わった夢に対する幻想ノスタルジアの喜びである。
そして思うに、この喜び──「悟り」というには浅はかだが、「欲望」よりは淡い喜び──は夢が叶った喜びよりも往々にして大きい。

それに「後悔のない人生」──言い換えれば、自分の可能性を全て汲みつくし使いつくした人生はどこか寂しい。
「もはや私は、今の自分以外の何者にもなり得ない」と自分が「閉じて完結した」ことを感じながら死んでゆくのは、きっとひどく孤独だからだ。まあ、どのように生きても死ぬときは孤独かもしれないけど……

とにかく、それよりは「この世界はまだまだ私の知らない価値あるもので溢れていて、私はそれらを知ることもなく死んでゆくのだろう。ああ、口惜しい、口惜しい」と思いながら死ぬほうが幸せだろうと思う。

自分はこんなにも無力で、世界はかくも美しい。

後悔は「自分が所有しないもの(=自分の外部にあるもの)」に向けられる。
だから後悔するとき、私たちは「世界には、自分のものにならなかった価値あるものがたくさんある」ということを当然視しているのだともいえる。

しかも、「自分が持っていないもの(=自分が正確には知らないもの)」の価値の肯定とは、絶対的な肯定だ。
「自分に帰属していて、よく知っているもの」の価値を認めることはたやすいが、そうでないものの価値を認めるためには、論理の飛躍が必要だからだ。「私はそれを知らないが、それには価値があると確信している・・・・・・」という飛躍が。

ゆえに、後悔とは常に「自分の外側にあって知り得ないものにも、価値がある」という信仰なのである。
そこにその人の理想像の投影が多分に含まれていたとしても──こんなにも美しい信仰があるだろうか。

そういうわけで、私は後悔というものが大好きだ。大いに楽しもう。

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