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劇評・ 劇場版シティーハンター:新宿プライベート・アイズ

 元禄年間、甲州街道の新たな宿場町として誕生し、江戸の行楽地としても発展。行き過ぎた風紀の乱れを理由に、一度廃駅の憂き目に会うもその後復活。明治維新後は鉄道整備などで人の流れが加速度的に増え、関東大震災に際し被害の少なかった武蔵野台地の東端部一帯に人が流入。戦後も闇市などを経て成長を続け、名実共に東洋一の歓楽街を形成。駅西口の浄水場跡地にオフィス街が生まれると、静岡県の人口に匹敵する人が1日で行き交うという、世界一のターミナル駅が誕生する。新宿とは、かくも希有な街である。
 そんな街なれば、創作の舞台に起用されたことも一度や二度ではない。そんな中で新宿を舞台にした漫画、アニメは?と聞かれて、本作を想起しない40代以上はおるまい。

 新宿駅東口。人の途切れぬ往来の一角に、かつて伝言板なるものがあったこと知る人はどれほどいるだろう。今ほど人と人の繋がりが過剰ではなかった時代。待ち合わせに来る人のために設けられたそれには、ある噂があった。
 人に相談できないトラブルや、官憲に頼れない悩みを抱える者は、その伝言板に合言葉と連絡先を書くと、やがて一人の男が現れて全て解決するという。こと依頼人が美人であれば尚話が早いらしいが、その超人的体躯と射撃センスで、あらゆるトラブルを始末してしまう凄腕スイーパー。
 ただし、彼は常に依頼人に問う。その伝言板に書いた合言葉『XYZ』 もう後が無い状況でも、諦めぬ覚悟はあるか、と……。

 原作は、1985年から6年に渡り、週刊少年ジャンプ黄金期の一翼を担った、北条司によるハードボイルドアクション。少年誌らしからぬ雰囲気と、人間味溢れすぎる主人公が絶大な支持を得、TVアニメが4年4シリーズ製作されるなど、一時代を築き上げた。
 99年にOAされたスペシャルアニメから、実に20年ぶりの新作とあって、私を含め多くのファンは気を揉む事も少なくはなかっただろう。だが鑑賞後、それらはすべて杞憂に終わったと断言してしまおう。待っていたシティーハンターがそこにはあった。
 それもそのはず、メガホンを取ったのは全テレビシリーズはじめ、ほとんどのアニメ版に携わった名匠、こだま兼嗣。加えてメインキャストも当然当時のままとくれば、もはや変わりようもあるまい。
 伝言板に刻まれるXYZ、美しき依頼人、巨大な陰謀、過剰演出気味の悪役、銃火に塗れる新宿。何も足さない何も引かない、あのときのままのシティーハンターが展開する。
 そして何より賞賛すべきは、変わらないキャラクターたちに変わらない声を吹き込んだキャスト陣の好演だろう。失礼ながらメインキャストの歴々の年齢を見渡すと、まあよくぞあのバイタリティ溢れるキャラクターたちを完璧に演じてくれましたと、感謝の念すら湧いてくる。
 そうした我ら最後の昭和世代を拳で愛撫するようなサービスラッシュのとどめに、お約束のGet Wildが歌詞テロップ付きで流れちゃったりするものだから、もう白旗上げるしかないではないか。

 近年、かつての名作をリメイクした作品が多く公開され、時には原作を知る世代から、不自然な改変に対して痛烈な指弾を浴びることも少なくない。
 そうした場合、制作側の声としてよく聞くのが、一人でも多くの人に喜んでもらう施策だった。というものだ。それは十全正しい考えだ。
 だがどうだろう?こうして一人でも多く……より、1ミリでも深くファンに刺さるものを目指した(と私は解釈したが)作品が、結果シティーハンターを知らない層にも受け入れられている様を見ると、やはりまず目を向けるべきはそちらなのではなかろうか。
 作中、登場人物はもちろんスマートフォンを手にするも、過剰にそれに頼る展開はない。むしろ冒頭で、時代設定と乖離しない、うまい使いかたをしてみせている。(是非劇場で確認されたし)
 シティーハンターという作品が、新宿という街の歴史がそうであるように、時代の変遷と要求に上手に答えられるものであり、スタッフもキャストもそれを信じて進んでくれた(と勝手に思っているのだが)からこそ、今回の新作も現代に合いつつ、らしさを失わない完成度を得たのだ。

 誕生から34年。変わり続けた時代にあってなお、変わらぬ姿で受け入れられる。シティーハンターとは、かくも希有な作品である。


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