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書評・背すじをピン!と

 まず白状する。私が本作に最も惹かれた点。それは、いわゆる『嫌な奴と嫌なこと』が登場しないことだ。
 ストーリーを盛り上げるコツのひとつは、起きて欲しくないことが起きることだと思う。悪役であったり天変地異であったり事故や怪我であったり、形態は様々だがおよそ主人公の進行を阻害するものだ。
 題が競技ダンスなのだから、起きて欲しくないことなど多々あるだろう。誰かが膝に爆弾抱えていたり、敵対キャラが靴紐に切れ目を入れたり、コーチが狂気的スパルタだったり。だが本作にはそれが、ない。
 ではさぞ平易な物語だろうと思えばさにあらず。熱い戦いにあふれ、実の詰まった濃厚なマンガである。
 矛盾してなどいない。彼らが競うのは、いかにダンスを楽しんだか。作中の言葉を借りれば、楽しむことこそ幸福、そして勝利の鉄則であるのだ。

 新しい春。高校一年の土屋雅春は、競技ダンス部の門前に立った。部活紹介で見た絢爛美麗なダンス(とエロカワイイ先輩)に惹かれたからだ。
 が、彼らを迎えたのは筋骨隆々のオネエ系三年生。蜘蛛の子を散らすように去っていく新入生に取り残された土屋……と、同じく一年の亘理英里。
 成り行きで体験入部することになった二人。それまでスポーツすら縁のなかった二人が、競技ダンスの世界に交わることになる。この世にただ一つの、男女ペアによるスポーツの世界に……。

 いわゆる部活ものである。競技ダンスというと耳慣れないかもしれないが、少々昔にTVで流行った芸能人社交ダンス部を思い出していただけるとよい。スタンダード(モダン)とラテンの2部門各5種目、計10種目のダンスで行われるスポーツだ。
 競技というからにはルールと勝敗がある。競われるのはスピードでもパワーでもない。テクニック、芸術性、そして熱である。
 であるから、突き詰めればこれは限りなく孤独な競技でもある。フィギュアスケートのように対戦する相手がいなくても、一応の評価をすることは可能だ。
 だが競技ダンスは、一度に10組近いカップルが同じフロアで踊り、7人の審査員が各々のダンスを評価する。しかも曲は長くはない。
 となれば、当然他のカップルより強いアピールをしようという考えも生まれる。フロアを共にするものは敵であり、高め合うライバルでもあるのだ。
 本作はこういった、競技ダンスが持つ多くの好対照さを巧みに描き出している。自身のダンスに徹することで挑むものと、ライバルカップルを超えんと燃え上がるもの。流麗なスタンダードと、情熱のラテン。頂点に挑むものと、それを迎え撃つ頂点。構図で、タッチで、言葉で、次々繰り出されるこれらの対比と戦いが、読者をグイッグイ引き込んでいく。
 気づきにくいが、舞台となる鹿鳴館高校の面々も好対照揃い。一年生の主人公はもちろん素人。対する三年生の部長と副部長は、十四年のキャリアを持つベテラン。さらに二年生は、ダンス歴一年強で部長らの背中に肉薄する才能の持ち主。既に匂い立つような色気を放つ二年生カップルに対し、一年生は小学生のよう。バラエティに富んだ面々が、飽きる暇もないほど数々のドタバタとストーリーを生み出してくる。
 もう一つ本作の見所を。スポーツを題にしたマンガの見せ方のひとつに、身体感覚というものがある。読者にキャラが感じている感覚(入力であれ出力であれ)を伝え、共感させることだ。
 近年代表的なものといえば、バスケマンガの金字塔『SLAM DUNK』の名台詞「左手は添えるだけ」だろう。あの一言で誰しもが、シュートを打つ感覚がわかってしまう。
 本作も時にハウツー本のような具体的説明や、少年マンガ的な精神論で読者の共感を誘ってくる。つい背すじが伸びてしまうのだ。
 若干余談だが、本作は一度電書版で、少し大きめの画面で読むことをお勧めしたい。折り目のない見開きページに来るたび、思わず「ぅお!」と声が出るほど揺さぶられるだろう。
 10巻で完結となったが、全く飽きずに一気に読み進めてしまえるテンポもいい。目的と仲間を得て踊り出した青春は、ハッシュドポテト食ってる暇も与えちゃくれないのだ。

 強靭な肉体と洗練された表現力、それを突き動かす感情までも描き切った、ダンスマンガの金字塔。嫌な奴など必要ない。楽しさと美しさを競うスポーツに、そんなものは挟まる余地もない。

 爽快感と達成感に満ち満ちたひと時を、是非。


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