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書評・彼方のアストラ

 SFに限らず、物語を持つ作品というものは、見るものをどの視点に座らせるかということから始まる。
 例えば推理もの。多くは警察や探偵の視点で物語が進む。つまり観客をその視点に座らせて、事件の発生から解決までを追い、見るものに緊張感をもたらす。
 が、刑事コロンボや古畑任三郎のように、犯人の視点から事件を描く倒叙と呼ばれるスタイルも存在する。それぞれに違った楽しみがあり、その視点をどう作品に生かすかが、作家の腕の見せ所である。

SKET DANCE』で、箱庭のような学園で繰り広げられるドタバタを、同級生のような視点で描いた篠原健太が挑んだのは、学園もの+宇宙探検という異色SFだ。

 宇宙旅行も珍しくなくなった西暦2063年。ケアード高校の8人の生徒と、10歳の少女を加えた9人の少年少女らは、生徒だけで他の惑星で5日間過ごすという、惑星キャンプに向かった。
 無事目的地に着き、引率の教師とも離れ、これからどんな5日間が待っているかと胸躍らす彼らの前に、奇妙な球体が出現する。
 周囲の空間を吸い込むような異様な球体。脱兎のごとく逃げる彼らを嘲笑うように、球体は容赦なく全員を飲み込んだ。
 天も地もわからぬ感覚に襲われながら、彼らが放り出されたのは、漆黒の宇宙の只中だった。突如宇宙の迷子になった彼らの前に、まるで迷子のような宇宙船があらわれる。9人の少年少女たちによる、宇宙のサバイバルが始まってしまったのだ……。

 どこにでもありそうでどこにもありゃしない、すこしふしぎな学園ものから一変、見たこともない未来で始まったスペースファンタジーに、スケットダンスのファンは少なからず驚いただろう。だが読み進めれば、とんでもない長所とほんの少しの悩みを抱えた個性たちの織りなす、あの日見たような学園模様が展開する。
 読者の視点は、終始少年少女らと共にある。時折故郷の家族に移されるものの、基本読者は彼らと共に旅をする。そして虚空の密室でもたらされる灰色の疑惑に、彼らと同じように苛まれるだろう。
 しかし、今全話読破して思えば、それすら作者の策略のうちだったのだ。この物語最大級の謎に関わるので詳しくは書かないが、読者の視点を彼らに寄せつつ、ああも驚かせてくれるとは思わなかった。
 だがまた今振り返れば、あの漫画でもこんなことがあったではないか。初期も初期のうちからとんでもない設定を組み込みながら、それをほとんど表に出さず、しかししっかり伏線は張り巡らせておいて、ある時それをひょいと回収して、読者を座席の床ごとひっくり返してしまうようなどんでん返し。
 神の視点で物語を俯瞰することさえ可能であったはずの読者は、所詮演出家の掌中で世界を垣間見ていたにすぎないのだという、心地いい裏切りをもたらしてくれる。篠原健太はやはり物語の巧手である。

 過酷な旅の果てに、少年少女らはあまりに巨大な運命と対峙する。生きて帰るための旅は、いつしか失われたものと、失わされそうになったものを取り戻す戦いに変わっていく。 
 たった9人の少年少女が、命がけでぶつかり合うことを強いられる様は、漫画のそれを超えて痛みを覚えるほどだ。
 その時あなたは、痛みを受けた人間の視点で見るのか、それとも与えた人間の視点で見るのか。それが選べてしまうのも、篠原漫画の憎いところだろう。

 もう一つ。彼らが先々で立ち向かう、惑星規模の謎解きともいえる展開がいい。
 植生、生態系、地質、気候など、すべてが我々の住む世界と違う星で、その繋がりを解き明かさねば、それらはやがて自分達に牙を剥くこともある。その謎を解いた時の達成感と、知ってしまった時の絶望感がたまらない。しかもどれも本当にありそうな仕組みなのが素晴らしい。この先宇宙に行かない限り役には立たないだろうが勉強になる。

 背筋の凍る謎、力の抜けるギャグ、胸躍る活劇、個性溢れすぎるキャラ。それらを混ぜてしまうことなく繋げて編み上げた、学園SFサスペンスの比類なき標石。マンガ大賞も納得の一作。是非。


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