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書評・岡崎に捧ぐ


 小学校時代、通学路の途中に、やたら長い直線道路があった。
 とにかく長く、歩いても歩いても目的地が見えず、途中に目を引くお店もなく、どころか畑が広がっていたりして、小学生の私は6年間、その道を何か修行のような気持ちで歩き続けた。
 最近同じ道を数十年ぶりに歩いた。道幅も景色もまるで違うことに戸惑いつつ、瞬く間に歩ききってしまい、振り返って驚いたものだ。
 もちろん当時とは身長も違うのだから、当然と言えば当然だ。だが記憶とのあまりの違いに、それはそれは驚いた。
 似たような経験は皆あると思う。ポストの口、吊り革、ドアノブの高さ、家の塀。あの頃見上げたものたちは、あるいは下にあるいは同じ高さになり、距離や重さは数分の一になった気さえする。
 さだめし本書の作者も、その頃はさぞ小さくてか弱い存在であったのだろう。身の丈一杯の物差しで世界を、文化を、人間を測りまくった思い出の数々に、共感する人はごまんと……否、一千万といるだろう。

 岩手から東京へ引っ越してきた女子小学生、山本さん。新しいクラスに早速馴染み、たくさんの友達ができた。が、そんな山本さんにも不得手な女子がいた。
 岡崎さん。ほとんど話さず、何を考えているかわからない不思議な存在。友達になりたくないランキング堂々のワースト1位であった彼女が、後に山本さんと無二の親友になるとは、幽霊屋敷が如き岡崎邸へ足を踏み入れた山本さんは、知る由もなかった……。

 作者の小学生時代の出来事を綴ら書きした、いわゆる日記漫画である。平々凡々な山本さんが、いわくありげな岡崎さんに出会うことが中心であるが、同時に90年代後半の世間を、山本さんの物差しで忠実に描いている。
 現在もなお両者の交際は続いており、本作も元は結婚する岡崎さんに送るサプライズ本にする予定だったという。それどころか、ツイッターで話題になってしまい、渡す前に岡崎さんにばれてしまったという。
 やがてここnoteで掲載されるや話題を呼び、閲覧数は1000万を超えた。

 本作はいわば「平成版ちびまる子ちゃん」ではなかろうか。あの漫画がヒットした理由は、著者の同年代が同調するに足る「あの頃感」の細やかさだった。無論今は国民作として生まれ変わっているが。
 本作には、平成一桁代に幼き日々を過ごした世代が共感できる「あの頃感」が、丁寧に詰まっている。マリオペイント、聖剣伝説2、ゲームボーイBros、さくらんぼもち、棒ゼリー、噛みつきばあちゃん消しゴム、たまごっち……。
 上記項目に4つ以上ヒットしちゃった人は読むべきだろう。
 あとがきにもある「今見れば」「今思えば」を丁寧に抽出して描く。これが誰でも出来るようで存外難しいのはなぜだろう。
 あの頃の一年は長かった。日々の密度が明らかに違った。それを一つ一つリンクさせて今引き出せるのも、非凡さの一つなのだろう。

 緩いタッチにダレないテンポ。ほどよく引き込まれる日記漫画の俊英。
 あの日への長い帰り道が、ここにはある。


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