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書評・チェイサーゲーム

 江戸後期の歌人にして僧侶、良寛和尚には嫌いなものが三つあった。ひとつは歌詠みの歌。ひとつは書家の書。ひとつは料理屋の料理、と。
 のちに芸術家、北大路魯山人が『料理芝居』と題した文の中でこれを引用し
「料理人の料理とか書家の書というようなものが、いずれもヨソユキの虚飾そのものであって、真実がないからいかんといっているに違いない。つまり、作りものはいけないということだ」
 と説いた。
 しかし同時に魯山人は言う。
「だが、わたしの思うには、家庭料理をそのまま料理屋の料理にすることができるか、といえば、それはできない、客は来ないからだ。明らかに家庭料理と料理屋の料理とにはなんとも仕方のない区別がある。その区別はなにか。家庭料理は、いわば本当の料理の真心であって、料理屋の料理はこれを美化し、形式化したもので虚飾で騙しているからだ。譬えていうならば、家庭料理は料理というものにおける真実の人生であり、料理屋の料理は見かけだけの芝居だということである」
 読者の中に料理屋さんがいらっしゃったら、どうか怒らず最後まで読んでいただきたい。
 魯山人先生は何も料理屋憎しとおっしゃっているのではない。料理屋の料理は芝居同様、家庭料理と同じものではいけない理由があると言う。
 例えば舞台で走る演技をしたとしよう。舞台はそう広くなく、本気でダッシュしたらあっという間に横切ってしまう。芝居の走り方は、走っている様を形式化し、舞台の幅に収めたものになるのは当然なのだ。
「料理屋の料理は、家庭料理を美化し、定型化して、舞台にかけるところの、料理における芝居なのである。ただし、これが名優の演技にならねばいかんのだ。われわれが料理屋の料理をいかんというのは、その料理人が名優でないからである」
 そう、形式と虚飾ばかりに勤しんで、あからさまに看板と実態の伴わない芝居と同様の料理屋の料理を、先生は強く断じておられるのだ。

 漫画とゲームに人生を捧げた男が、そうした問いかけにひとつの解を示した作品のように思えた。これはゲーム屋の漫画であり、漫画屋の漫画でもある。

 福岡に本社を構えるゲーム開発会社『サイバーコネクトツー』(CC2)自らが制作した漫画。と言われて、すとんと理解できる方は少ないのではなかろうか。漫画界で大多数を占める、いわゆる雑誌連載漫画の形態とは異なり、会社員が作り、ゲーム情報サイトに連載している漫画なのだ。
 原作はCC2社長にしてディレクターの松山洋。作画は少年チャンピオンで連載経験を持つ松島幸太朗。この松島氏が、現在CC2に社員として所属しており、彼と3名のアシスタントによって、CC2で制作されている。単行本化にあたっては、編集や表紙デザイン等の作業も、ほぼ社内で行ったという。
 ゲーム原作の漫画や映画が制作されたり、ゲーム会社が出版部門を立ち上げた例はあるが、開発会社が漫画部門を持って作る例は珍しいのではないだろうか。
 かといって、会社の宣伝を主目的にしたものではない。あくまで漫画としての面白さを目指し、最前線の彼らが立っている、本当のゲーム開発の現場を映し出している。そのリアルさは同業者をして「ホラーだ……」「胃が痛くなる」と言わせしめるほど生々しい。
 そのこだわりは深く、登場する社名や商品名はすべて許諾を取って実名で表記し、登場する社員の多くは実在する人をモデルに、名前がそのまま使われているという。
 そして当然、漫画としての完成度も妥協がない。読者にあまり馴染みのないゲーム開発会社。加えてオフィスのシーンが多めとなれば、画面の情報量は否応なく上げざるを得ない。しかし決して読みづらくならない絵とリズムは、さすが社長自身が少年ジャンプに心酔する男というだけある。
 もちろんリアルなだけではなく、フィクションも多く存在している。漫画という舞台に納まりのいい形に、自然に整えられた構成も美しい。

 ゲーム屋でありながら、漫画として勝つことを目指し、漫画屋と同等の熱を注ぎ込んで作られた本作は、時に迷い、挫かれ、逃げ出す様まで容赦なく描き、しかしてその先の希望を忘れない。
 そう、私が何より嬉しいのが、CC2がこういう作品を生み出せるということは、この世界で勝ち残ってきたという証左でもあるということだ。もし彼らが夢半ばで潰えていたならば、この物語は何の光も持っていない、辛い話にしかなっていなかっただろう。
「広く社会を見るならば、この芝居のうまい者が社会的成功者であり、下手な者が没落者であることもうなずける」
 魯山人先生のおっしゃる通りならば、業界屈指の芝居巧者に列せられるであろうCC2の結論にして新たな挑戦である本作。ゲームに携わる者、ゲーム業界を目指す者のみならず、すべての働く人たちへ読ませたい大快作。

是非!!

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