見出し画像

劇評・BAKUMAN。

 漫画の神様こと手塚治虫が漫画にもたらした革命的手法は、文字通り枚挙に遑がないだろう。その中のひとつに、クローズアップというものがある。
 それまでの漫画の多くは、一コマ一コマが画一的な形で、いわゆるアングルが固定されていた。これは芝居を見る観客の視点から来ていると言われている。
 手塚はそんな時代、キャラクターの顔をアップしたり、舞台全体を1ページに入れたりという、今では当たり前となった手法を編み出した。
 編み出したというのは語弊があるだろうか。手塚はこの手法を、映画から取り入れたのだ。アップ、ズーム、パンといった、カメラアングルの動作を漫画で表現することで、世界の動きやキャラの心理を具に映し出し、読者をその世界へ没入させたのである。
 手塚が没してより26年。映画は娯楽の王座から退き、漫画も異常ともいうべき好況から遠のいて久しい。そんな中、今まで多く生まれてきた『漫画の漫画』の中から、こと高い評価を得たマンガを映像化した映画が生まれた。
 断言しよう。この映画は傑作だ。

 真城最高。稀な画才に恵まれながら、高校最後の年を漠然と過ごす、平々凡々な青年。
 高木秋人。稀な文才に恵まれながら、社会のレールに乗ることを潔しとできない青年。
 秋人はある日最高のノートに描かれた、クラスのマドンナ亜豆美保を描いたスケッチを見て確信する。
「俺とマンガを描いてくれ」
 初めは全く気乗りしない最高であったが、他ならぬ亜豆美保に背中を押されついに決心する。
 だがそこは、夢への花道とは程遠い、どこまでも過酷な現実が聳える奇巌城。容赦なく降りかかる艱難辛苦に、紙とペンで立ち向かう若き二人に明日はあるのか?
 友情が、努力が、いつか勝利を引き寄せると信じて……。

 いつにも増して陶酔境に入ったようなあらすじ紹介だがご容赦願いたい。実際陶酔と呼ぶに相応しい心地がしているのだ。
 昨今特に増えてきた、漫画作品の実写化。団塊ジュニアを狙ったセレクトやキャスティングが話題になることもしばしばだが、この映画がそれらと一線を画すところは一つ。
「マンガをどれだけ愛しているか」
 ただキャラに似たキャストを連れてきてコスプレのような衣装を着せ、原作をなぞるようなセリフと展開に終始するのではない。映画にはないコマ割りやレイアウトを映画なりに写し、マンガにはない時間軸の動きをマンガに与えること。
 キャストについては、映画化発表当時話題になった、いわゆる「キャスティング逆じゃねーの問題」についてだが、私は開始5分で気にならなくなった。
 というより大根仁監督がパンフレットで語っていた「どっちがマンガを描きそうに見えて、どっちが物語を書きそうに見えるか」という言葉で合点がいった。プロデューサーも一目置くという、大根監督のキャスティングセンスが炸裂した好例と言えよう。
 またサカナクションが描き上げた、主題歌『新宝島』をはじめ劇中を飾る楽曲が何とも心地良いのだ。
 また本作は、ともすれば地味になりかねない作画のシーンを、CGとアクションを大胆に使った演出で描き、活劇のように仕上げている。
 マンガ制作の現場を描いたマンガが多くありながら『バクマン。』が映画化に適していた理由は、そのリアリティも去ることながら、映画のフレームと時間軸に乗せても劣化せず、そんな演出にさえ耐えられる、原作の迫力とテンポにあると思うのだ。
 おかげで120分間、全くダレずに鑑賞できた。

 監督自身が「僕の7割はマンガでできている」と、ちょっと心配になるほどのマンガ愛に溢れた男であるからこそ成し得た渾身の一本。
 冒頭のジャンプ編集部セットの作り込み(絶対本物だと思いましたよええ)から、エンディングのスタッフロールに至るまで、すべてのフレーム……否、すべてのコマにマンガ愛が焼き付けられた、最強のマンガの映画。
 劇場の大画面での鑑賞を強くお勧めする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お気に召しましたら投げ銭をお願いします?


ここから先は

11字

¥ 100

サポートお願いします。励みになります!