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書評・白暮のクロニクル

二十世紀初頭。イギリスの推理作家ロナルド・ノックスが、その著書『探偵小説十戒』に記した、推理小説のルールというものがある。

・犯人は物語の当初に登場していなければならない。
・探偵方法に超自然能力を用いてはならない。
・犯行現場に秘密の抜け穴、通路が二つ以上あってはならない。
・未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
・中国人(超常的な怪人)を登場させてはならない。
・探偵は偶然や第六感によって事件を解決してはならない。
・変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。
・探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。
・ワトスン役は自分の判断を全て読者に知らせねばならない。
・双子や一人二役は、予め読者に知らされなければならない。

 のちに『ノックスの十戒』と呼ばれるこのルールは、(創作の本質がそうであるように)決してこれに従わなくてはならないというものではなく、時にあえて破ったり、これ自体をトリックに用いるなどして、表現の幅を競う足がかりに用いる場合も多い。

 本作に当てはめてはどうか。主人公の探偵は不老不死。ワトスン役はどこかそそっかしい公務員。時に犯人を明らかにして進めるコロンボスタイルを取ったり、犯人が意外や意外な人物であったりと、かなり奔放なミステリーだ。
 しかして推理マニアの不興を買いそうな無茶なトリックや、神出鬼没の怪人二十面相は登場しない。地に足をつけつつ突飛なキャラを違和感なく馴染ませる技巧は、アンドロイドや宇宙人を世間に落とし込んで描いて見せた、ゆうきまさみの骨頂芸だろう。

 オキナガ
 人類普遍の夢『不老不死』を体現した存在。しかしそれは同時に、それ以外の者との差別意識を醸成し、社会の仕組みに彼らの権利を保障することを必要とさせた。
 厚労省夜間衛生管理課。国内に生活するオキナガの監督を行う部署に配属された伏木あかりは、偶然オキナガが殺されるという事件に巻き込まれる。
 事件の「調査」と仕事の一環として訪れた先で、あかりは1人の青年と出会う。端正な顔に色白の肌。少年といったほうが似つかわしい。否、少年である。
 雪村を名乗る『少年』は、殺人に関する研究を続けていた。その執着とも言える熱意の理由は、ある連続殺人犯を追うこと。
 千年に渡る因縁と半世紀に渡る追跡劇が、終幕になだれ込もうとしていた……。

 前述の通り、本作はミステリー漫画として見ることも楽しいが、やはり作者の得意技(という自覚が本人にお有りかどうかはわからないが)ともいうべき、どこまでも普通な日常に、一点の不思議を落とし込むSFセンスを読んでほしい。
 今の社会は「自然人は有限のものである」という基本に根ざしている。もしこれが事実上不滅のものとなったら、自然人は法人のようになる。相続や権利責任の消滅の問題が出るだろうし、罹患しても死なず、病気を広めてしまう恐れもある。
 本作はそういった点もつぶさに拾い上げている。若く美しく大金持ちの不老不死という、文明人の国士無双を成した薫子をはじめ、娘より若くある母親や、債権者より長く生きることができる債務者とのドタバタなど、それだけで一本漫画が描けてしまいそうな人々をさらっと登場させ、まるでそこがこの世界と地続きであるかのような雰囲気を醸し出す。
 そしてその中心にあるオキナガの描き方も面白い。見た目は若く実年齢は常識はずれに高齢というキャラを描こうとすれば、言葉や志向(嗜好)が年寄りじみた若者として作ってしまいそうなところだが、オキナガは皆見た目の年齢に即した言動を取る。
 若い体を持っていれば、思考や行動も若くなるというのが作者の解釈であるようだが、これが社会と溶け込んだオキナガの非特異性を醸し出していて面白い。

 ミステリー、SF、現代劇。あっさりしたタッチで描かれる、ゆうき流三題噺の集成を堪能できた。感謝。


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