律法を守らないと。

こんにちは。
今回は律法を守らない人は神からどのように見られているか、を考えていきます。

そもそも律法が廃止されている、と考える人たちが多いのだと思うので、ここで律法は廃止されてないことについてまずお話しします。
律法が廃止されてない根拠としては、マタイによる福音書‬五章十七節〜二十節が挙げられると思います。また、マタイ十九章十七節には「もし命を得たいのなら、掟を守りなさい」とも書いてあります。また、律法は一世紀のエルサレム教会のキリスト者たちも守っていました。

律法を守らなくていい、とパウロ書簡の言葉を根拠に信じてる人も多いと思います。
しかし、そのパウロ書簡を書いたパウロは使徒ではなく偽使徒に過ぎません。
パウロが偽使徒であることについては「パウロは偽使徒」という記事をご覧ください。

では、神の律法を守らないとどうなるのか、聖書を元に考えていきます。

神に逆らう人は拒絶される

まず、神に逆らう人は神から拒絶されることになります。
それは、下記聖句からはっきりわかることです。

新約聖書 マタイによる福音書 七章二十一節~二十三節(拙訳)
「我に向かって、『主よ、主よ』と言う者全員が天の御国に入るんやなくて、我が天の父の御意志を行う者が入るんや。かの日には、多くの者が我に、『主よ、主よ、我等はあんたの御名で預言し、あんたの御名で悪霊を追い出し、あんたの御名で力ある業を行ったのではなかったですか』と言うであろう。そして、その時、我はその者らに公然と明言するだろう。『あんた方のことは全然知らない。我から離れよ、不法を行う者ども。』」

聖句引用元:真の聖書福音と預言「偽使徒パウロの反キリスト教義 三」

上記聖句からは、「不法」とされる行いをしてる人たちが拒絶されることも分かります。不法とは、律法違反のことです。

律法違反してる人たちは、「クリスチャン」を名乗ってても拒絶されるということが上記の聖句からわかります。

どうか、取り返しがつかなくなる前に聖書の真理を知り、実践していってくだされば幸いです。

ただ、聖書の真理を知ったら、もう後戻りできないことは覚えておく必要があります。
上記の画像内のヘブライ人への手紙の内容をお読みになれば、後戻りできないことが分かるかと思います。
ルカによる福音書には「主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。(ルカによる福音書‬ ‭十二章四十七節)」
とあり、この聖句からも故意犯は何も知らない人たちよりも厳しく罰せられることがわかります。
とはいえ、無知だからといって無罪とはなりません。だから、真理を知ることから逃げればいいと安易に思わないでください。

律法を守らない人は祈っても聞き入られない。

律法を守らない人は、主イエスから拒絶されるだけでなく、祈っても聞き入られません。
⬇️の不信仰の方は、祈りについて言及しています。

しかし、神にはその祈りは届かないと思われます。

聖霊を受けておらず真理を知らん人たちが「祈ります」等と言うたところで、その祈りが父なる神に届くことはない。更に、パウロ教信者といった故意に神の律法を無視して違犯し、罪を犯し続ける罪の奴隷が神に祈る資格も無いし、その祈りは神に聞き入れられへん。なぜなら、「見よ、救うのに主の手が短いんやないし、聞くのに主の耳が鈍いのでもあらへん。むしろ、あんた方の邪悪さがあんた方と神の間を隔てるようになった。そして、あんた方の罪が、あんた方から聞くのに(神の)御顔を覆い隠したんや。」(イザヤ書五十九章一節〜二節拙訳)と書いてあるからや。 

引用元:真の聖書福音と預言「パウロを偽使徒と認めない反キリストの有様」

そのことは上記のミカエルさんの解説からわかるかと思います。
また、上記のミカエルさんの解説で引用されている聖句の他にも、「律法に耳をそむけて聞こうとしない者は その祈りも忌むべきものと見なされる。(箴言‬ ‭二十八章九節参照)」という聖句もあり、そちらも律法を守らない人の祈りが聞き入られない根拠となります。
なので、「クリスチャン」を名乗りつつも律法廃止論を信じて好き放題してる人たちの祈りも、聞かれないのだろうと推測されます。
こういうことを聞くと、「なんで俺たちの祈りを聞いてくれないんだよ」と思う人がたくさんいるのだと思います。
しかし、それは単なる自己愛からくる思いに過ぎないのではないでしょうか。
神はあんたらの利益や自分勝手な願いを叶えるために存在してはるんやない(引用元:真の聖書福音と預言「聖書の終末預言 二」」とミカエルさんが仰ってることと、⬇️の画像で言われてることをしっかり心に留めることが大切だと思います。

画像引用元: 真の聖書福音と預言 【第八回】日本はイスラエルである BIBLE, JESUS CHRIST, THE TRUE BIBLICAL GOSPEL AND PROPHECY

この神が自分の願いを聞いてくれない、というのは神を信じない大きな理由なのだと思いますが、上記の画像と先程のミカエルさんの解説から、その考えを改めてくだされば幸いです。

律法を守らない人には聖霊が与えられない

また、律法を守らない人は聖霊を与えられることはありません。

新約聖書 ヨハネによる福音書 十四章十五節~十七節(私訳)
「もし、あなた方がわたしを愛しているならば、あなた方はわたしの掟を守る。そうすれば、わたしは父にお願いしよう。それから、父は永遠にあなた方と一緒にいられるように別の補助者を与えてくださるだろう。この方は真理の霊であり、大多数の人は受けることができないものである。なぜなら、この霊を見ることができず、知ろうともしないからである。」

上記聖句で順序に注目してください。まず、条件です。もし主イエスを愛しているならば、主イエスの掟を守ると書かれています。主イエスへの愛があってこそ律法、掟、戒めを守って服従するのです。これは方程式で、片方だけでは成り立たないのです。

主イエスへの愛 = 神の律法、掟、戒めの遵守(神への完全服従)

神から聖霊が与えられる

成長して完全な者となる

引用元:真の聖書福音と預言「聖霊を受ける条件と悪霊の働き」

上記のミカエルさんの解説からそのことがわかるかと思います。
だから、聖霊を与えていただくためにはまずは律法に服従することが大切になります。
少し話は逸れますが、聖霊が与えられているかどうかの証明は奇跡を起こせるかどうか、ではないことを知っておいていただきたいです。
そのことについて詳しくは⬇️の真さんの投稿やミカエルさんの記事「聖霊の働きの確証」をご覧ください。

ここまで読んできた人の中には「聖霊を与えていただくには、服従とかする必要はない。求める者には聖霊が与えられると書いてあるから」と言う人がいるかもしれません。
確かにルカによる福音書‭‭ルカによる福音書‬ ‭十一章十三節に「このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」とあります。
しかし、この教えは実は間違っており、他の箇所と整合性が取れません。
このことについて詳しく知りたい方は⬇️のリンク記事の解説をご覧ください。

最後に

多くの人は、聖書を宗教と思って敬遠してることと思います。
ですが、実際読んでみると役に立つことがたくさん書かれています。
どうか、食わず嫌いはやめて今から読んでみてください。
もう残されてる時間はそう多くありません。
悔いのない選択をなさってください。

最後までご覧くださりありがとうございました。

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