足の皮

著・足皮すすむ (2002年)



〜まえがき〜
私の大学時代の恩師に、木嶋先生という方がいらっしゃる。木嶋先生には本当にお世話になった。
学食の時間、私の嫌いなニンジンが配膳された際に30分格闘した事がある。そんなとき木嶋先生はこちらに駆け寄って、オキョキョキョキョと言いながら腕を固定し脚だけで前後左右に動き回る踊りを披露してくださった。
また私がレポート作成時にタイピングミスをした際、オキョキョキョキョ!!と言いながら、ギャツビーを塗った手で前髪を握ってニギニギニギニギしてツノみたいにし、部屋のカーテンに包まりミノムシのようになってくださった。
また講義室のブラインドを折ってパキパキ音を鳴らす遊びを19時間半も行いながらも、オキョキョキョ--!!と発狂なされるほどの繊細さをお持ちなのだ。
次のページから本編だ。愛も変わらず楽しんでってくれ!チェケダウバッキャロウども!!
   2002年2月 足皮すすむ



第一章「イムチョ・コムツォ」
私が愛用している座布団が、いよいよヘタって黒ずんできた頃。
尻の形にヘタり、黒ずみがバーミヤンのロゴのようになった頃。
そう、それは私の人生の転機とも呼べるある事件が起きた頃だ。

傘。
雨や雪の日に頭上に展開しそれらを防ぐ道具。
この傘への探究心が深まった私は、翌年ピョンヤンへ飛んだ。
ここには何でも研究機関こと「イムチョ・コムツォ」がある。
ピョンヤンに降り立ちすぐにイムチョ・コムツォに伺うのは大変迷惑なので、まず公式ホームページのコムツォドットコム下部にあるお問合せフォームから連絡を入れた。
しかしなんという事だ、返信には2〜3営業日を要するとの事だ。
全て漢字だったが"問合返信必要二三営業日"的な事が書かれていたから多分そうなのだろう。
私はここで宿も取ってない。イムチョ・コムツォの施設内に泊まるつもりだったからだ。もう野宿確定だ。野宿をするということは、皮膚に虫や汚れ、もしかしたら毒や放射線やモッコチンが付着するかもしれない。
そんなことになるなら…と私は帰国した。
帰国し空港を出た途端、私のスマホに新着メッセージのお知らせ通知が来た。
2件きている…うち一件は私が利用しているサイト「ケッペツォン」からのメルマガだ。
そしてもう一通は…そうその通り。イムチョコムツォからだった。
全部漢字でよくわからなかったが、おそらく内容はこうであった。
「親愛なる足皮様。私たちイムチョ・コムツォに興味を持ってくださりありがとうございます。私は傘研究部門長のスンチョピチと申します。一度足皮様とお会いしてお話を伺いたいと存じます。ピョンヤンのどっかに施設がありますので、大至急来ていただけますでしょうか?」
私はすぐ空港に戻り、ピョンヤン行きの航空機に乗り込んだ。
あわただしい日だ、これじゃまた何か理由があって帰国しなくてはいけない気がする…とにかくピョンヤン空港に着くまでは乗っている他ない。ひと眠りしよう…。
私は後ろの席に人がいるにも関わらず、わざと勢いをつけて座席を倒し、大きなゲップをかましてやった。

…何分くらいうつらうつらしていただろうか。わたしは周りの喧騒に目を覚ました。
ざわざわ、がやがや…。そしてその喧騒をかき消すかのように機内放送が流れた。
「アテンションプリーズ。当機はなんかしらの機材がぶっ壊れちまいました。まもなく機長より、デビルヘルラストライフトークショーが開催されます。では機長、よろしくぉあっしゃーす!」
「オデが機長のラクレットチーズ森崎さ。オデの確認不足のせいでなんか機材がぶっ壊れちまったのさ。修復も不可!緊急着陸も不可!つまりぼちぼち墜落に向かってる感じさ。だが安心しろ。下は海。うまい事飛び込めれば死にゃしないさ。サメとかはいるだろうけどな。ま、せいぜい必死こいて頑張るこった。エンジョイ・ザ・サドンデス!!!」
機内アナウンスが終わると、座席の上から酸素マスクが降りてきた。
しかしそれは酸素マスクではなくパンティーだった。
他の乗客は皆慌てふためいている。
「機体はどんどん下降していってる…どうなっちまうんだ!」
「このままじゃオレ達みんな死んじまうよ!」
「いやよ!私はお腹に赤ちゃんがいるのかってくらい太っているのに!!」
このデブの発言で私はある事を閃いた。さすがは頭狂大学おさしみ部を首席卒業した私だ。頭のキレが違う。
私はCAを呼びこう伝えた。
「おい君、機内にあるありったけの食べ物をここへ運んできなさい」
「でも今は緊急…」
「いいから運んできなさい!私に名案がある!」
そして数分後…。
「お客様、こちらで全てです!」
「よし…」
私は運ばれてきたありとあらゆる機内食を食べ始めた。
食べて食べて食べまくった。とにかく、食べまくった。
「オイ、あいつ何やってんだ…?」
「分からねぇ…気でも狂っちまったんじゃねぇか?!?!」
「こんな緊急事態に食事?!なんて人なの!」
…周りからは奇異の目を向けられていたが、気にしてはいられない。今はとにかく食べ尽くさなくてはならないのだ。
そして、運ばれてきた機内食を8割ほど食べた頃。乗客の1人が気づいた。
「…そうか。…そういう事か!!みんな、各自持っている食べ物を全てこの人に渡すんだ!」
「え!一体どういう事?!」
「いいから何でも渡すんだ!飴でもサラミでも、味のなくなったガムでもいい!とにかく食べ物を!カロリーがあるものを全てこの人に!」
乗客は皆ハッとしていた。
その通り。私は今太ろうとしていたのだ。私が太りまくればその柔らかなぜい肉はクッションの役割をし、墜落の衝撃を和らげてくれる。
私はその後もとにかく食べそして飲んだ。弁当に残った何かしらの油や、切手の裏ですら求めて舐めた。
苦しくて苦しくて仕方なかった。満腹をとっくに越え、もういつ全て吐き戻してもおかしくない状況だった。
しかしこれは人々の命を救う為だと思うと、不思議とパワーが湧き上がってすらいた…!
「がんばれ…がんばれ…」
「がんばれ、がんばれ!」
「ガンバーレ!ガンバーレ!ガンバーレ!」
乗客の1人が、そしてまた1人が、次々と私を応援してくれていた。
「ガンバーレ!ガンバーレ!ほら、このさっき買った板チョコもやるよ!」
「ガンバーレ!ワシはこの輪っか部分に指を通し、宝石の形をした飴を舐める事ができる、指輪のようなキャンディをあげよう」
「ガンバーレ!おれは消化しきれなかった豆を、トイレから持ってきたぜよ!」
「ガンバーレ!オデの嫁さんの愛妻弁当、ゆで卵と白米だけだけど食べてくれさな!」
機内がひとつになった。皆が一丸となって私をクッションに仕立て上げようと奮発した。

そしてついに私は、機内にあるすべての食べ物を平らげた。

食べ終わった私は太りに太り、見事機内の全てを覆う巨大な肉クッションとなっていた。
「くっ…思ったより少し重いが、ここまで弾力がありながらも優しく柔らかなクッションなら安心して墜落できる…」
「へへっなんてあたたかみだ…あんたを信じてるぜフードマスターさんよぉ」
「あたしが生きていられたら、あんたに食べさせたペディキュア、返してもらうんだからねっ!」
「ぼくのヒーローグミ、ほんとうにヒーローになれるかなあ!」
「オデがあんなミスをしなければ…お客さん、悪いが今はもうあなたに賭けるしかねぇ…!どうか、どうか皆のいのちを…!」

私は自分のぜい肉に埋もれながらも、ふと窓の外を見た。高度は徐々に下がっていっている。
しかも先ほど機長ラクレットチーズ森崎が言っていた「海の上」という予想は大きく外れ、ゴツゴツした岩山が見えた。
おそらく、墜落場所はこの岩山になるだろう。私はこの岩山という脅威に、ぜい肉という武器たったひとつで対抗しなくてはならない。
「もう墜落しちまう!」
「だめだ、オレ怖い…」
「なに情けない事言ってるの!この人を信じましょうよ!」
「大丈夫だ、この人ならやってくれるさ!」
「機内の食いモン全部食っちまうような男だ、墜落だってやってのけるさ!」
「ワシら全員の想いをこの人に集めたんだ。生きて帰れなきゃ地縛霊にでもなってやるわい…!」
いよいよ、岩肌が近づいてきた。

恐怖で身震い…いやこれは、武者震いだ。こうまで興奮した事が過去にあっただろうか。
できるか…いやできる…やるんだ…さあ来い!!

その瞬間だった。
とてつもなく大きな衝撃と共に、機体は岩山に墜落した。
しかし…

ボイ〜〜〜〜〜ン!ボンボン!
そこには破損した機体の壁面からぜい肉を剥き出し、衝撃を吸収しながら着陸した機体があった。
大成功だ。墜落から乗客乗務員全員をを守る事に大成功したのだ!
機内は少しの間緊張感のある沈黙が包み込んだが、ひとたび生還した事が確認されると拍手大喝采が起きた。
「生きてるなんて…あぁ夢みてぇだ!!」
「あんた最高だ!」
「正真正銘のヒーローだ!」
「ぼくもおおきくなったらこのおじちゃんみたいになる!」
「お腹の子供が生まれたら、あなたと同じ名前にするわっ」
「人生なにがあるか分からんもんじゃ。長生きはするもんじゃのぉ」
「お客さんすげぇよ…!オデにはできねぇ…!」
こうして乗客乗務員全員の命を救い、市民への被害もなく、あまつさえ機体の損傷も最小限に抑えられたのだ。
私はこの時、ヒーローになったのだ。ぜい肉の、ヒーローになったのだ!

その数年後。すっかり元の体型に戻った私に、世界最大手の航空会社から、衝撃吸収材になる仕事をしてみないかとオファーがかかるが、それはまた別のお話…。



第二章「ミモレット」
オーガニック食品が昨今流行っているが、私も何かオーガニックにできないかと考え、ひとつの答えが浮かんだ。
それは、ししゃも。
まずししゃもを釣る。その腹を裂き卵を取り出す。これで器が完成する。
あとは身の味わいに合うものを腹に詰め込めば、オリジナルのししゃもが完成する。
ししゃもは手頃な大きさなので、スナック菓子感覚でも売れるだろうし、祭りの屋台で売ってもウケがいいだろう。
私は地元で開催される祭を徹底的に調べ上げ、そしてとある祭に目が止まった。
「大イチボまつり2001」というものだ。
私はこの祭に出店しようと思い、日夜味の研究に没頭した…。
そして祭当日。私の出店ブースは幸運にも会場の一等地だ。周りにも色々な出店がある。

"ししゃもドットコム"

これが私の店の名だ。
ししゃもという、一見若者ウケしなさそうな食材をどうアピールするか…。私は英語を使う事にした。
"ショップ"や"ストア"も考えたが、昨今流行りのネット通販から着想を得て、ドットコムにしたのだ。

店にあらかたの準備が整った頃、大きなトラブルが発生した。ししゃもドットコムから道を挟んで向かいにある屋台…。
これが同じように英語を使っていたのだ。

"おいなりさんハウス"

何という事だ、向かいの店もコンセプトは同じ、外皮で何か包むことで完成する料理だ。
しかも"ハウス"なんて、まるで家に帰ってきたかのような安心感すら醸し出しやがって…

向こうの店主もこちらの存在に気づいたらしく、私たちはしばらくの間互いを見つめ合い、無言の威嚇をし合った。
バチバチと火花が散るような視線のぶつかり合い。しかしそれは攻撃的ながらもどこか燃え上がるような興奮をもたらした。
勝負。そう、勝負とはこういう始まり方をするからこそ燃え上がるのだ。
気がつくと私も、向こうの店主も、互いに少しずつ歩み寄っていた。
そして通路の真ん中で対峙すると、
「若いの、よろしゅう…」
「へっ…こちらこそよろしくお願いしますってこった」
そのまま無言で、しかし目には沸(たぎ)る何かを浮かべながら見つめ合った。
「お、おい…こいつぁ今年のイチボまつりはスゲェ事になりそうだぜ」
「これはもしかしたら1996年の伝説が再び訪れるかもな」
「お祭一筋50年のワシですら、これは久しぶりに面白いもんを期待できそうじゃのぉ」
祭に遊びにきた人々が、私たちが対峙している場を目の当たりにして口々に話し始めた。
やがて向こうの店主が口を開いた。
「こうしてても食材の鮮度が落ちちまうってもんだ。プロとしてそれは許さねえ。ここは一旦互いの店に戻り、最高の料理を準備をしようではないか」
「プロとしてのプライドを料理に向けるあなたの料理、私にとってどこまで高い壁か見せてもらいますよ。」
私と向こうの店主は互いに背を向け合い、自分の店に戻ろうとした。その時
「足皮すすむ!」
私は"こういう者だからせいぜいよろしく"と言わんばかりに名乗った。
すると向こうも名乗りをあげた。
「キャッシュレスふとし!」

料理の腕でどこまでお客の心を掴めるかという勝負だけを残し、互いが互いを認識し、互いに特別な存在となった。

いよいよ祭りの開催だ。
パンパカパーン♬イチボイチボ♬イチボ祭だワッショイジャイアン♬
毎年恒例の掛け声と共にイチボ祭2001は開催された。

イチボ祭について少し書き記しておこう。
この祭は年に一度、駅から伸びる大通りを約5kmに渡り封鎖し、そこをそのまま祭りの会場にしたものなのだ。
5kmの長さを練り歩く神輿がパレードのようだと名物になり、大通りを挟むようにして出展される出店も多種多様なものばかりで、歩いていて飽きない。
こんなにも楽しげな祭だから、毎年多くの人で賑わい、テレビカメラなんかもよく撮影を行っている。

期待していた通り、祭りの開催時間直後から私の店は列をなしていた。
「味噌ししゃもください!」
「練りゴマししゃもを3つ!」
「しらすししゃもとコーラもつけて!」
次々と入るお客様からのオーダーに、私は困惑しながらも大いに楽しんでいた。

実は今回、私1人で店を出したわけではない。
私のアシスタント「イマニー・シェリー」について話さなくてはならない。
イマニーは私の大学時代の後輩で、当時はよく2人で飲みに行ったり、趣味のツーリングに出かけたものだ。
彼は卒業後に私のラボを訪れ弟子入りさせてくれなんて言うもんだから、堅苦しい事は言うな今日からアシスタントを頼む、と気前よく迎え入れた。

そんな彼が、イチボ祭に出した店で、会計係を担ってくれたのだ。
お客様のオーダーに対して金銭の授受をし、私が調理したししゃもをお渡しする…。
この2人の息のあったルーチンがまたこの店の名物になりつつあった。
イマニーが勢のいい声で言う
「チーズ4!ラー油2!プレーン!」
「あいよ」
「酢飯3!くさや!コンディショナー2!」
「あいよ」
「足の爪垢8!排水溝の毛3!アレ4!」
「あいよ」
イマニーは次々と注文を承り、私はそれを最高の状態でお出しできるよう料理する。

完璧だった。…いや、完璧なはずだった。
その光景を見るまでは…。

向かいの店、おいなりさんハウスは私たちのししゃもドットコムより遥かに多い客で賑わっていた。
「な、Nan-DEATH(なんです)かあの行列…」
スムーズにオーダーを捌いていたイマニーが一瞬たじろいだ。
「なぁに、物珍しさに惹かれてるだけさ。時期に味で勝負しているウチがいかに素晴らしいか、客足で証明される」
私は自分の不安も拭う意味でも、イマニーを励ました。

しかしそれから何分経っても、おいなりハウスは続々と賑わう一方で、私たちの店は他より少し盛り上がっている程度だった。
「味には絶対的な自信があるのにいったいなぜ…イマニー、偵察に行ってみてくれないか。店は私が受け持つ…。」
「そんな、1人では無理Death(です)よ!この量のOckyack(お客)様を捌くなんて!」
「無理なもんか、お前が素早く偵察してくれば多少は問題ない…やらなくてはならんのだ。」
「Sonnah...(そんな)」
イマニーは渋々店を出、服装を変えておいなりさんハウスへと向かった。

その間私はとても1人では捌ききれない大量のお客を相手にとにかくがんばっていた。
次々入るオーダーを把握しながら調理するが、しかしその間もオーダーは入ってくるのだ。
盛況はポジティブな一方でミスを招くネガティブな引き金にもなりうる。
私はいつ崩れ落ちてもおかしくない橋の上を、1人で渡っているのだ。
そしてついに…
「オイオイ、俺が頼んだシャンプー味、これ中身ゼリーじゃねえか。」
「私が頼んだモンチョピーフも中身はただの湿布よ?!」
「ぼく湯垢味がよかったのになあ」
ミスを連発し、お客からクレームが入り出した。
イマニー、早く戻ってきてくれ…早く…

ふと顔をあげ向かいの店を見ると、私は驚いた。
驚いて驚いて驚きまくった。こんなに驚いた事は今までにない。明日地球が滅亡するという情報が入ったとしても、今以上に驚く事はないくらいに驚いた。
驚すぎて体がビクンとなり、そのあまりの動作に衝撃波が発生し、地球を一周しまた私の元へ戻ってくるくらいに驚いた。
驚きのあまり、年甲斐もなく大きな声で
「あーーーーーーーーーーー!!!!」
とイマニーに指をさしながら叫んでしまった。

しかし驚いている場合ではない。ただでさえお客が殺到しているのだ。ミスだって起きて、その為客足は少しずつ減っていってる。なんとかしなくては。

と思っているとイマニーが戻ってきた!
「わかりました…わかりましたよ足皮さん!人気のHick-Etsu(秘訣)は朗らかさです」
「朗らかさ…だと?!」
「So-Death(そうです)」
「キャッシュレスふとし氏が朗らかだというのかね?!」
「A(ええ)、何故朗らかか、すぐ答えはわかりました。家族です。彼は家族全員であの店をKilli Molli(切り盛り)している。家族と過ごす楽しい時間。唯一無二の、特別なJickang(時間)」
「そうか…家族で切り盛りとは盲点だった。そりゃ楽しくて笑顔もほころぶわけだ…。それなら…」
「?(?)」
「私たちももっと楽しもうではないか!つい笑顔になっちまうくらいに!」
「よぉしこうしちゃいられない!Godchumon(ご注文)をどうぞ!」
イマニーは不安を払い切るように笑顔に切り替え、再び注文を取り出した。
私もこうしちゃいられない。笑顔で調理を…しかし笑顔だけで勝てるものだろうか。
あちらと同じ武器で勝てるはずがない。なんせあちらは繕った笑顔ではない。家族がいる事で自然と出た、ナチュラルピュアスマイルなのだから。
ではどう差別化するか。味だ。私はアドリブを加えることにした。
「ただいまより10分間、特別なフレーバーをご用意いたします!10分の間にご注文いただいた方に、特別なフレーバーのししゃもを1つプレゼントします!」
「お、なんかすごいことしてるぞあの店!」
「特別なフレーバーですって?!あたしワクワクしちまう!」
「ほほぅ、若いのやりおる。特別なフレーバーを時間限定で入れてくるとは。ワシは祭一筋50年だからこその視点から評価ができるが、若いのやりおる。」
なんと今までおいなりさんハウスに並んでいた客の多くが、私たちのししゃもドットコムに移動してくれた。
相変わらずイマニーと私の"笑顔の"やりとりは続く。
「プレーン8ィ♬バニラアイス2ィ♪シロップゥ♬陰毛ゥ♪」
「あいッよぉ〜ン♬」
そしてししゃもが運ばれ、お客は口々に感嘆の言葉を述べる。
「おいしい…これおいしい!特別なフレーバーって、ミントガムの事だったのね!」
「おれのはミロが入ってた!毎回特別なフレーバーは変わるのか!」
「オデ、もう一回並ぶズラ!」
リピーターすらも獲得した私の店に、もはや敵なし。

…と、思っていた。
ふと向かいのおいなりさんハウスを見ると、私たちの倍は人が並んでいた。ざっと30いや40は並んでいる。なんだあれは…。
ふとあちらの店主キャッシュレスふとし氏と目が合った。その瞬間"こちらの武器を見せてやる。まねできないだろう"と言わんばかりにこう声を張った。
「いらっしゃいませ!こちらでは5点以上買ってくれた方に"おいなりマンなりきりセット"をプレゼントしています!」
おいなりマンなりきりセットだと…確かに周りを見ると、おいなりさんの皮を耳に被せたり手袋のようにしたり、身につけている者がちらほらいる…。
しかも人によってつけている箇所、個数が異なる。…そうかこれは!
ディアゴスティーニスタイルだ…。5点買った人にパーツごとになりきりグッズを渡していき、大量購入を促す戦法だ。
あれならリピーターどころかまとめ買いまで担保される。
おいなりマンのあまりの人気ぶりに私たちの店からは客足が徐々に遠のき、ついに並んでる人がいなくなってしまった。
このままでは負ける…

知恵を絞った私に、祭の神は微笑んだ。
「そ、そうだ!」

「さあさあ寄ってらっしゃい!こちらでは、おいなりさんハウスで手に入れたおいなりマンパーツを見せてくれると、ししゃもの食べにくい頭をもいだバージョンでご提供!」
「なんだなんだ、面白い事してるぞ」
それを見兼ねて焦ったのか、ふとし氏もすぐに応戦してきた。
「うちは全ての注文にドライフルーツを入れよう!」
私も負けてはいられない。
「ならうちは全ての注文を手渡しではなく、足で渡そう!これは無料サービス!」
「そうと来たらうちは歌とダンスの贈り物もつけようではないか!さちえ、ちょいと歌ってくれ」
「ディップして楽しめるマヨネーズ、いちごジャム、わさびを追加!」
「おいなりの皮をあなたのラッキーカラーに着色!」
「ししゃもの表情をあなた好みにカスタマイズ!」
「おいなり1つにつき3秒握手!」
「私の似顔絵プレゼント!」
「私に似たお面をプレゼント!」

勝負は白熱に白熱していた。
いつしか両店の周りには多くの人だかりができ、人が人を呼ぶ状態となった。これぞ商売。
「氷を口に含んで首元をフーフーするサービスもつけよう!」
「ならこちらはししゃも1つにつき、ドリンクを冷やしている氷水に3秒浸かれますよ!」
「おいなりさん製造体験!」
「ししゃもの歴史トークショー!」
もはやこの大きな祭において、客が並んでいるのはししゃもドットコムとおいなりさんハウスの2棟だけになっしまうほどだった。
しかし他の店の店主もこの騒ぎに興味を示し、遠巻きから観察していた。
イチボ祭名物の神輿よりも、もはやこの勝負の方が名物となっていた。

その後も人が人を呼び続け、この市の、この県の、この国の、そして世界中の人が集まった。
「なんだなんだ、面白い事してるぞ」
「なんて白熱した勝負なんだ…」
「おもしれぇ、こんなの今まで見たこたねぇ!」
その後も人だけではなく犬や猫、ハクビシンや鳥たち、ヌーやカエルなど…生き物全てが集まった。
生き物だけではない。各国の棺桶からはミイラがこちらに向かってきてたり、歴史的人物を模った石像銅像もゆっくりとではあるがこちらに向かってきていたりと、生を持たぬものすらこの白熱ぶりには興味を示さざるを得なかった。
そしてついに、陸地までもが地響きを起こしながら集まってきたのだ。
大きな塊となった。人も動物も虫も、何もかもが集結し大きな塊に。
それでも尚、それらはこの勝負に興味を示し、これでもかと歩み寄ってくる。もはや大きな力で圧縮されていると表現した方が自然だ。
とてつもなく大きな、大きな力。何万kmにもなるその塊が、大きな力で何千、何百、何十kmと圧縮されていき、何メートル、何センチ、何ミリ…

そしてそれは起こった。
爆発。大きな爆発。
一瞬で地球の大きさすら超えてしまうくらいの勢いで大爆発が起こった。
ビッグバン。これが、ビッグバンなのだ。
宇宙は、新しい歴史を歩み出したのだ。



〜解説〜
この2作品には共通したテーマがある。絆だ。
人々の絆が何かを成し遂げたり、何かを作り出したり。互いを信頼する事の大切さが文章に秘められている。
足皮先生は作品数が多い事でも有名だが、中でもこの作品は異端で、2000年刊行の「モーンフス号沈没」2001年の「オッペシャン」「ギーヤギーヤ」「ギョマニツ」これらを後継する形で今作「足の皮」が書かれたそうだ。
ちょっと疲れたから解説はやめる。眠い。今朝早起きしたからな。ゲームしたら寝よう。
   2002年3月 しげみち

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