ギョマニツ

著・足皮すすむ(2006年)

今や国民食となった、ラーメン。
そのラーメンを突き詰め、極め、至極の味を提供する店は日本国内にも数多くある。
四国に「ギブミーチョップスティックス」というラーメン屋がある。
ここはサービスの良さと清潔な店内、そして何よりその味で勝負している店だ。
店頭に並ぶと、それはそれは素晴らしいスープの香りが漂う。
豚骨を極限まで煮立てコクを存分に出し、究極の配合で調味料が入れられる。
この究極のスープ。ありとあらゆる隠し味が入っているとファンの間で噂だが、
そのうちガム、雨水、陰口、千駄ヶ谷までは判明しているものの、他は謎のままだ。
この謎に深く興味を持った私は翌日、四国へ赴いた。
ギブチョプに到着すると、相変わらず開店待ちの列があった。そしてその面々がみなワクワクした目で互いに語り合っている。
やはりこの店はすごい。お客を引き寄せ心を鷲掴みにして、離さない。
私も列の最後尾に並んだ。しばらく待っていると、中から「ア"ア"ア"ア"ア"オ"!!!!!!」という低くもけたたましい叫び声が聞こえてきた。
私は驚き、前に並んでいた男性に尋ねた。
「い、今の聞こえました?」
「はい、ヒバリのさえずりです。おそらく春の訪れを私たちに教えてくれたのでしょう。」
「いえ、そうではなくヒバリがさえずる直前に店内から聞こえてきた叫び声です。」
「叫び声…つまり、ギブチョプがあるこの通りを時々通る車の、排気による音を"叫び声"と表現したのですね。実に面白い。"車は人の奴隷だ、右足からの指示なんぞで走らされている。現に叫び声をあげながら走っているではないか、これはまるで政治家と国民だ。"というメッセージが込められている詩的なフレーズなわけですね。実に面白い。」
「いや違います。店内から聞こえてきた叫び声です。あなたにも聞こえたでしょう!」
「店内…つまり"食材はもう死んでいる物質だと思われがちだが、その味が人間の舌を唸らせているのではあればそれは生きていると言えよう。たとえ加工され姿形はなくとも、それらは叫び声をあげながら今も尚生き続けているのだ"というメッセージですね。うん、実に面白い。ラーメンという食材のハーモニーが奏でる合奏、そしてそのキッチュさをも詩に落とし込み、命というテーマで壮大に仕上げる…まさに芸術ですね。」
「あの、違います。今…というかもう今さっきと言えるくらい時間が経ってしまいましたが、店内から聞こえてきた叫び声です!低い声!」
「今というか今さっき…つまり"今という瞬間は今でしかなく、今さっきというのはすでに過去であり、今ではない。時間とは何か、時間の進む方向というのは、そもそもなんなのか。時間の概念は果たして神が作ったものなのか。人間が作り上げただけの、法則性のある戯言ではないのか"というクエスチョニズムを内包し、キッチュさすらも詩に落とし込んだ、時間という平等に与えられた価値に向けた、ある種アンチ的な詩ですね。実に面白い。」
「あの、もういいです。」
「もういい…つまり"もういい"という事ですね。」
「はいそうです。」

そんなやりとりをしていると開店の時間になったようで、威勢の良い掛け声と共に勢いよく入り口の引き戸が開いた。
開く前に一度ガッと何かに引っかかり、中から「いででへぇ!!!」と聞こえたが、その後ドアはスムーズに開いたので、おそらく問題なかったのだろう。

私が案内された席は、カウンター席だ。
そして隣には先ほどのポエム男。非常に体の大きな方だったので、私は注意を促した。
「すみません、もう少し詰めていただけますか?この店カウンター席なのにソファなので、互いに協力してスペースを確保しないと後の方がつっかえてしまうのです」
「もう少し詰めて…つまり"地球という限られたスペースには、もちろん限られた資源しかない。それを、量産された人類が我が物顔で取り尽くしてしまってはいつか資源がなくなる。そうなったらお前どうするつもりかね?互いが必要分だけを手にし、贅沢を言わず、後の人にも平等に分け与えようではないか"というメッセージが込められた、地球環境問題に釘を刺し、半ばアンチ的立場から物を見た、まさにキッチュさすらをも詩に落とし込んだ作品なのですね。」
「いいから詰めてください、はやく。」
「はやく…つまり"光のスピードを超える事ができない私たちは、つまりは光よりも拙くそして…」
「あの、ほんともういいんで詰めてくれませんか」
その後もキッチュだなんだブツクサ言いながら詰めてくれた。ありがたいなと思った。

私は定番メニューの「ゾッチョ」というラーメンをオーダーした。ファンの間ではこのゾッチョが一番スープの謎に迫れるという。
「ヤサイマシマシ ネギ アブラ!」
「ネギ カラメ ちょいニンニク!」
「アブラマシマシ ヤサイ ネギ カラメ レモン汁 盛り付け美しく 新しいおしぼり デザートのババロア!」
「ヤサイ ネギマシ アブラ 柚子胡椒 チャーシュー厚め お値段半額 盛り付け美しく 笑顔で配膳!」
先に注文した方々の異性のいいコールが店内に響き渡り、ついに私の番。
「アブラマシマシ カラカラ ちょいニンニク 盛り付け美しく 笑顔で配膳 アク抜き忘れずに 柑橘系のピール入りおひや デザートのババロア!」
そして次に隣の詩人男の番。
「アブラマシマシ ニンニクマシマシ 味おいしめ 笑顔で配膳 レモン汁 新しいおしぼり 汗拭きタオル 肩揉み 着丼までの時間にちょいとしたクイズ!」
すごい…。常連のコールはやはりレベルが違う。
私は感心して隣の彼に話しかけた。
「あの、あなた慣れてますね。あんなにスムーズにコールできる人、私見た事がないですよ。」
「慣れている…つまり"人々は皆、最初は全てにおいて初心者だ。しかしながら運命的に出会った何かを繰り返し積み上げていけば、それはやがて慣れとなる。運命こそが慣れであるなら、物事の慣れというのは宿命だ。宿命が人生を形づくり、人格が色をつける。"という事ですか?まるで意味がわかりません。」
「あ、あなたにも理解できない事があるんですね。」
「うるせえバカ」

やがてゾッチョが運ばれてきた。
「イート オア ダイ…!」
店主はそう言いながら丼を置いてくれた。内容はともかく、私のコール通り笑顔の配膳だった。
いい香りだ。脂っぽさと塩味(えんみ)を想像させる香りが、とにかく食欲をそそる。
今すぐにすすりたい気分だが、通はある事をしてから食べる。
まず「天地返し」。丼の底から麺を掬い上げ、くるっと半回転させ野菜を丼の底にうずめる。
そして「頭皮掴み」素手を使って麺を鷲掴みにし、髪の毛を盛るようにボリューミーにする。
次に「メルティキッス」唇を尖らせ目を半開きにしたまま眉を上げ、できる限り大声を出しながら麺にキスをする。
さらに「天地創造」隣の人の丼からバレないように麺や野菜を鷲掴みにし、自分の丼に入れる。
そして最後に「天変地異」丼を宙に舞い上げ、着地した時点でどんぶりに残っている麺だけを食べる。こぼした分は、そのまま放っておく。
これらを全て済ませ、さあいざ食べようではないか。
まずひとすすり、ズザズザブブ!!うむ、やはり評判通りおいしい。
味に気を取られそうだが、今回私は隠し味を解明しに来た。先も述べたが、ガム、雨水、陰口、千駄ヶ谷は発覚している。
残るは…ありとあらゆるラーメンを食べてきた私の感覚だと、コーラ、核融合炉、もっちゃん、冥王星辺りは入っていそうな風味だ。
店主に直接聞いてみる。
「あのぅすみません、このスープの隠し味を全部教えてください!」
「ガム、雨水、陰口、千駄ヶ谷、コーラ、核融合炉、もっちゃん、冥王星、ゴム、知事、お湯、ヒゲ、Dance Dance Revolution、鎧、イチボ、リボ残高、空港、布、エアコン、皮肉、JAPAN、具、紙芝居、シーツですが何か?」
全て判明した。まさかこれほどまでに含まれているとは!
予想だにしていなかった。私はあまりの衝撃にソファから崩れ落ちそうになったが、鬼のような脚力とバランス感覚でなんとか耐えた。さすがは私だ。
店主はさも"これだけの隠し味を入れてますが何か?同じものを入れたってどうせあなた程度にこの味は出せないと思いますが何か?"と言わんばかりに、人をおちょくる目と、手のひらを上に向けてこちらに差し出す構えをしてきた。
そのポーズを気に入ったのか、隣の詩人男も私に向けて同じポーズを取っていたが、きみが悪いので気づいていないふりをした。

ここで問題発生だ。
私の目的はラーメンを食べる事ではない。ギブミーチョップスティックスのスープの隠し味を解明する事だ。
そして私はその全てを解明した。つまり、目的を達成した。
目的を達成した私が、もはやここにいる意味はない。だがしかし、丼にはまだラーメンが残っている。
矛盾が生まれてしまったのだ。

次回はこの矛盾から抜け出すファンタジーストーリーにする予定だ。
いや、私の文庫は基本的に全てノンフィクション。つまりもう矛盾からは抜け出して執筆している。本当だ。
次回をとにかく楽しみにしていてほしい。
筆者もこの遊びに少し飽きてきた頃だが、隙を見てちょくちょく更新すると言いたげな唇をしていた。生意気な唇をな。
さあ、そうと分かれば晩飯だ。今日の晩飯はDARSチョコだ。ウキウキしちまう!

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