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私はノーギャラ、チャットレディー

年明け、目黒の大鳥神社で、ひとり初詣をした。

完全に「行き当たりばったり」な神様へのご挨拶で、とくべつ思い入れも無い。

ただ、家族との食事後なんとなくその道を通り、それならばご挨拶しないのも申し訳ない気がして、した。

すっぴんでニット帽をかぶり、重いコートとマスクを着用する私の姿は、コサックダンスを踊りだしそうな風貌で、誰にも見られたくはない。

神社は大盛況で、私が最後尾の部隊に到達してから、10分後には、2倍の列ができていた。

「大行列だ〜」と訝しげに話す群衆を横目に、優越感に浸る。

それと同時に、あまり誠意のない状態でこの神社に来てしまった自分を少し恥じる。

この神社のご利益はどうやら受験合格のようで、私はとくに受験生でもないので「列のうしろに受験生がいたらごめん」と見ず知らずの若者達へ一瞥した。

私の1つ前には、付き合いたての20代とおぼしきカップルが並んでいる。

ヒロ君と呼ばれる落ち着いた男性に対し、地声+3トーンほど猫なで声で鳴いてみせるアユミという女性の傍若無人さに正直イライラしたのは事実だ。

「ねぇ。ヒロ君。熊手って、なぁにぃ〜?」

と言いつつ、「ガォ〜☆」と、両手指を折り曲げてご丁寧にクマのポーズをするアユミのまつ毛には、付けたてのまつ毛エクステが束ごと輝いている。

いくらくらいのまつエクに通ってるんだろうか。

顔をクシャクシャにしてみせて(全く顔は崩れていない)男性に教えを乞うポーズは、寒気立つものがあった。

「縁起物だよ。酉の市(とりのいち)とかで、売ってるじゃん。クマの手みたいな形で、その上に、おかめとか小判が張り付いてんの。見たことない?」

正解を優しく言うヒロ君は、きっと博識な人なんだろう。

傍観者であるこちらも、一時的に心に平穏が訪れる。

するとアユミは、「ふ〜ん」と言いながら、今しがた自分が投げた質問には、もう興味がありませんという態度をわざと取ってみせた。

ツンと口をすぼませ、今度は全盛期の松浦亜弥さんのCDジャケットのように口を尖らせてみせる。

そして、スマホのビューティーカメラアプリで「クマの顔になっちゃうやつ」をセレクトすると、自分の顔をクマキャラ風に変身させて撮影した。

それを見て、なんだか私は、出るはずのない尿意を急速に感じる。

アユミがSNSに「初詣なう」と投稿する姿を見ながら、乗り物酔いに似た症状がふんわりおとずれる。

しかし、私はもう、とうに知っている。

「賢い男性と痛々しい女性」というカップルの図式に、なぜ、私が辛口審判員のようなレッドカードを出しているのか。

それは、私自身の中に、アユミがいるからだ。

アユミの行動が分かりすぎて、辛いのだ。

アユミは、私なのだ。

本当に愚かなのは、ヒロ君でもアユミでもない。

第三者の目線で、ヤキモキと成敗させようとする自分自身が一番愚かなのだ。

それに気づき、新年早々恥じたが、それを言う相手もまた、私の隣には居なかった。

そうこうしている内に、初詣の列は進んだ。

ヒロ君とアユミは「何祈る?」と楽しそうに神様へ作戦会議を行っている。

頼まれてもいないが小姑のように心の中でツッコミを入れ続けている私は、

「そんなの、神様は願い事する奴より、日頃の感謝をする奴を味方するに決まってんだろう」

と、謎のライバル心が芽生えた。

私は自分の番が回ってきたら、あいつらみたいに願望ではなく、

「いつもありがとうございます」

とだけ、爽やかに祈り切ろうと決めた。

あっという間にヒロ君とアユミの出番がやってきた。

優しそうなヒロ君と、パフォーマンスは考え直したほうが良さそうだが悪い奴ではなさそうなアユミ。

この見ず知らずの2人が、今年も私とは見ず知らずのまま、世界は進んでいくだろうけれど、まぁ怪我も事故なく元気でやってくれますように。

私は2人の後ろから、2人の賽銭分、貰い祈りをしてやった。

自分の番が来る。

今年、私が祈った概要をまとめると、こうだ。

「はじめまして。大鳥神社の神様さん。今日ここに来る予定が無かったんです。でも、たまたま通っちゃったんで、これも何かのご縁ですよね」

「素敵な神社ですよね。自分、ここにきちんと来るのは初めてなんですけど、でも、この雰囲気スゴいいいと思ってます〜」

「で、本題ですが、とくに願いは掛けないことにしました。それよりも見守ってくれる家族・友達・仕事先の幸せを祈ります」

「でも、ちょっとでもアタシのこと『応援してやっても良いかな』って思った時用に、住所は、お伝えしておきますね。良かったらいつでも、強運の波と共に訪れて下さい。お茶くらい出しますから」

と、ぶつぶつと自宅の住所までつぶやいた。

今年も、煩悩たっぷりのスタートである。

私が祈った後、ヒロ君とアユミは、とっくに居なくなっていた。

幻影でも見たのかな、と思った。

そして、ふと、「私がアユミだった時」を思い出した。

それは、「良い男性はいねがー」と、なまはげのようにデート総当たり戦を繰り返していた時代の話である。

数度、食事の席で会ったことのある男性がいた。

彼とは以降会っていなかったが、連絡先は交換しており、何度かLINEでやり取りをしていた。

次第に彼は、「君には会いたいが、僕は今忙しい」という言葉をしきりに呟くようになった。

大きな会社で重要なポジションを任せられているのは事実だから、本当に忙しかったのだろう。

私は憂いを感じながらも「まぁ仕方がない」と思い別案件を模索していた。

しかし、彼からはその頃からいつでも深夜でも、LINEで

「仕事が大変だよ〜。で、そっちは元気?」

という連絡がくるようになった。

それはもう、2000年代初頭に流行ったインターネット上のチャットのようなインスタントさである。

最初は私も精一杯、顔の見えない相手に心底丁寧にぶりっ子していた。

「元気ですッ☆(ハムスタースタンプ)○○さんが暇になったら、一緒にお食事行くの楽しみです〜。今はお仕事頑張って☆今日も良い夢見て下さいね(*´ω`*)」

相手もそれに答えてくれて、感度の良い返信をたくさんくれた。

顔こそ見ていないが「いつか会えるだろう」という楽観的な予想もあった。

しかし、とうとう「忙しさ」を理由に、彼から食事の誘いを具体的に提案されたことはなかった。

こちらが日程候補を出しても、申し訳なさそうに「その日は得意先とテニスがあって…」とお断りされる始末だ。

しかし、そんなに会えないならば、もう連絡してこなければ良いものを、定期的に向こうから「元気か?通信」はやってくる。

正直、私は、まったく会えない人に時間を割いて連絡するのが億劫になった。

数ヶ月が過ぎ、マジで、顔もおぼろげにしか思い出せないようになった。

「これ以上は、お願いですから、ギャラを下さい。それが無理なら、お暇ができたら、またどうぞ」

心から、そう思うようになっていた。

終いに深夜、彼から以前同様に「元気にしてる〜?」と連絡がきても、

「元気っすよ〜。ただ、原稿山場でヤバイっすね。仕事パンパンっす。お疲れ様ッス」

「や、風邪引いてヤバイっすね。もう寝ます。おやすみなさい」

と、ジャージを着ながら歯磨きをして、白目をむきながら返答するようになった。

それはまるで、部活動の先輩に返信するような体育会系レスだった。

付け合せのスタンプも、「とっとこハム太郎」から「竹内力」へ降格した。

(※念のためお伝えするが、竹内力さんのことは尊敬している)

私は、彼の前で、可愛くいることを、とっくに放棄した。

相手から連絡をもらうたびに、無の境地になっていった。

最終的には、その方から連絡をいただいても、もう私自身が返信をするのも億劫になり、どこかのタイミングで無視を決め込んだのだったと思う。

そんなことをぼんやりと思い出した、新年の夕暮れだった。

彼は、きっと忙しい中でも、少しくらい連絡ができる女の子がほしくって。

そんな時、無駄に親切で無駄に礼儀正しくて無駄に優しい返信をする私が、その寂しさにぽっかりとハマってしまったのだと思う。

だから、彼は悪くない。

ただ、お願いだ。これ以上は、時給がほしい。

そう思ったのは、事実だ。

今年も、他人様と人間らしく、本音で熱く関われますように。

アタシは、もう、ノーギャラチャットレディーはいいから。

さようなら。



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