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旅先で男の子に「添い寝」をしていただいた①

2019年8月12日。

私は、ベトナムはホーチミン市郊外タンビン区にあるタンソンニャット国際空港にひとり降り立った。

当然だが、飛行機を降りると、そこにはベトナム人しかいない。

厳密に言えば、降りる前から、ベトナム航空の特製アオザイを着たベトナム人客室乗務員はわんさかいて、私たち乗客の世話を6時間もしてくれた。

だが、彼女たちは機上の天女たち。

いざ、彼女たちと離れ空港の床に一人立ってみると、後戻りすることのできない空間に気分が高揚する。

とはいえ、私の近くでは同じ航空機でこの国にやってきた日本人観光客の男の子たちが、雑談をしながら盛り上がっている。

20代前半とおぼしき彼らは大きなリュックを勇ましく背負い、入国審査へと向かう。

その後ろ姿がまぶしい。

異国の地をおとずれ最初の難関である、入国審査。

優しそうな女性審査官をマークして列に選んだのに、いざ審査の順番がおとずれて近くで彼女のお顔を見てみるとキレッキレの表情で、目で殺された。

「アンタ、何しに来たの」

そう言われているような気がしてしまうのは、自分自身の不安の投影であり、実際に投げつけられた言葉ではない。

しかし、私は鼻の穴を膨らませて、おそるおそる真っ白なパスポートを提出する。

そして、震える手で旅程表を手渡し、神の審判を待つ。

なんと言っても、初めての一人海外旅行である。

ネットで事前に調べておいた通りの審査に準じ、まな板の上の鯉のようにしながら手続きを踏むよりほか、私に残された手段はない。

途中、運悪く何か英語で質問される(アジア圏、とくにベトナムにおいて入国時に質問されることは滅多にないとネットに書いてあったのに)。

頭が真っ白になり、呼吸が浅くなるけれど、間髪入れずにフワッとしたインチキ外国語を返す。

こんな自分が惨めで、情けない。

だが、女性審査官は呆れながらも、それ以上は質問を重ねてこなかった。

審査を終えるまでの5分間が果てしなく長い時間に感じられるが、とにかく私は手続きを終え空港入り口へと向かった。

正面玄関を出る。

すると、そこは日本では感じられないような、ねっとりとした湿気に一帯が包まれていた。

耳の奥をブーンっと駆け抜ける音がする。おびただしいバイクのエンジン音だ。

土埃特有のスモーキーさと、ショウガのような香りも相まって、

「あぁ、異国の地に来てしまったんだ」

と、逃れられないノスタルジーな気分になる。

「地球の歩き方」に書いてあった通り、話しかけてくる現地タクシーのお誘いは全力で無視をする。

心優しい運転手のおっちゃんの可能性もあるが、今回はリスクを選べない。

ハァハァ。

私は颯爽とリュックからダサいサングラスと帽子を取り出して装着し、マスクまでして「話しかけるなオーラ」を醸し出す。

うん。我ながら、怪しくて良い。

石橋を叩いて渡るどころの騒ぎではなく、石橋を叩く行為すら放棄するレベルで丁度よい。

なんと言っても、初めての一人海外旅行である。

自分の身を守るセキュリティ対策には、敏感になりすぎるなるくらいでちょうど良い。

今、この一瞬一瞬も「一人で海外を歩いている」という事実が怖すぎてヤバくて気が狂いそうになる。

でも、自分が決めたことだから仕方がない。

私の頼りない変装作業をどこからか見ていたのか、Y君が笑いながら駆け寄ってきた。

「何してんの。いらっしゃい。ようこそベトナムへ」

馴染みのある日本人の顔を見て、私はようやく安堵した表情を浮かべる。

今回、なぜ一人でベトナム行きを決断したのかと言うと、単純に20代のうちに一人で飛行機に乗って、日本以外のどこかへ行ってみたかったからだ。

私は、その機会を逸したまま大人になってしまった。

だから、自意識過剰かもしれないが、「大人が通過する儀礼」をこれまで幾つかこなしてきても、なぜか自分に自信が持てないままだった。

「大人ぶってるけど、アタシ、一人で海外も行ったことないしな」

そういう思いが、税金を払っても、後輩にご飯を奢るようになっても、仕事を一人でこなせるようになっても、ずっと芽生えていた。

「そんなことは大したことない」

そう思う人もいるかもしれない。

でも、とにかく私はダメだった。

「海外一人旅バージン」を喪失してから、どうしても30代になりたかった。

そして、30歳の誕生日を迎える1週間前に、コンプレックス解消作戦を敢行することにする。

決めた。

思い切って、ひとりで海外に行く。

行き先はベトナム。

沢木耕太郎の『一号線を北上せよ<ヴェトナム街道編>』を読んでから、ずっといつか行ってみたいと思っていたから。

でも、ちょっとマジな一人旅は怖い。

だがら結局、現地で日本人の男友達Y君にアテンドしてもらうことに決めるんだが、それでも飛行機には一人で乗る。

航空券も宿も自分でとる。

現地のお金の計算も自分でやる。

日本以外の文化に触れて、向こうの人と一言でも良いから会話をする。

それをするまでは、アタシは自分のことを「大人」とは呼んではいけない(と、思った)。

Y君の顔を見るやいなや、私は嬉しくて飛びつきたくなった。

彼の隣には、T君と名乗る日本人の男の子が立っている。

「Tは、俺の会社の後輩。今回の旅はこいつにアテンド任せたから」

Y君が頼もしい顔をしながら、教えてくれた。

そうなのだ。

今回の旅は、Y君がベトナムに居るとはいえ仕事が忙しくて私の面倒を見る暇がなく、後輩のT君を差し出してくれる約束だった。

Y君は、忙しい合間をぬって、T君と私を引き合わせるためだけにタンソンニャット空港へ来てくれた。

今回の私の旅の生命線は、この25歳の青年・T君に握られていると思うと、彼に自然と媚びを売りたくなる。

T君とは初対面だが、可愛らしい感じの青年で、私は安心する。

私はT君に向かいスライディング土下座気味に、

「一人旅初めてで飛行機の乗り方すら分からずやって来ました異国の地が怖いのですが、どうぞ優しくして下さい」

と、一息に伝える。ここで恥ずかしげもなく、身分を明かすことが重要だ。

彼は笑いながら、

「任せて下さい。僕に出来ることがあれば、なんでも案内しますよ」

と言ってくれた。

早速、吊り橋効果でこの若者に萌える。

だが、ときめくには、あまりにも物語は早く進みすぎる。

私は彼の親切な言葉に感謝するあまり、心でひざまずきながら礼を言った。

〈to be continued ②に続く〉 


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