いただきます。

 決して育ちの良さの滲み出るようなタイプの人間ではない。地声は大きいし、衝動的に走り出すし、そそっかしいし不器用だし……そんなわたしの唯一と言ってもいい「育ちが良さそうに見える瞬間」が食前の「いただきます」。(かもしれない。とりあえずそういうことにする。)
 
 意識して言うようになったのは高校時代からだと思う。ある日のこと、お弁当を食べる前に手を合わせていないことにはっと気がついたのだ。以来、何かを食べる前には手を合わせて「いただきます」と言わないとなんだか落ち着かない体になってしまった。
 
 カナダに来て2カ月、(驚くべきことに)自炊を続けているがこの習慣は変わっていない。友達や同居人がいるところでも半径数メートル以内の人なら聞こえるくらいの声量で「いただきます」。あえて遠慮しないのはこれがけっこう話のネタになるから。身も蓋もないとはこのことだ。でもそれ以上に大事な意味がある。

わたしは、日本人だ。』
たったの6文字だけれど、自分のアイデンティティの根幹を確かめるおまじない。これから先、仮に海外に終の住処を見つけることになったとしてもわたしは日本人なんだ。ちょっと外国で暮らしたくらいで、ちょっと自由に英語が使えるようになったくらいで、簡単に消えるものでもなければ捨てられるものでもないんだ。
日本のいいところも悪いところも全部ひっくるめて、日本人であるということを意識すること、受け止めること。「いただきます」の6文字で、アイデンティティに関わるちょっぴり小難しい話をすとんと落とし込んでいるというわけだ。

 先日、台風19号が日本を襲ったが、海外にいる時に日本が大きな災害に見舞われることがこんなにももどかしいとは思わなかった。幸い家族は旅行を中止せざるを得なかったくらいで大きな被害もなく無事に過ごしていたようだが、カナダのメディアでも取り上げられるほどの惨状に胸が痛んだ。なんとなく落ち着かず、週明けに提出のエッセイにも大した進捗を生めないまま夕飯を作って食卓に並べたわたしは、いつもより姿勢を正して手を合わせた。

「いただきます。」

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