「人間力が育てるテクノロジー」

超高齢社会の加速と人口減少が始まる日本において、社会制度や価値観が現実の変化に対応できていないまま維持されていることが人々の不安を強めているところがあります。年金2000万円問題に対する世の中の反応もその一つの現れでしょうか。

“未来予測”という言葉を耳にすることがあります。この言葉には社会に対する受け身の姿勢があり、社会は誰かがつくった決められたもので自分が影響を与えることができないものと暗黙的に認識されているかのように感じます。情報科学者のアラン・ケイはかつて"The best way to predict the future is to invent it.(未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ。)"と言いました。社会は人間の営みから成り立つもので、現在を生きる人々の考え方や行動にもとづいて未来は形作られると考えます。ただ、発明やテクノロジーはあくまできっかけで、ひとりひとりが未来をどのように描きテクノロジーとどのような関係を築いていくか、日々の捉え方や行動の一つ一つを積み重ねの結果として未来が現実化していくのではないかと思います。

私は持続可能な超高齢社会を描く一助となるためのテクノロジーの研究開発を10年ほど続けてきました。これまでの成果は個人からコミュニティ、社会を物理的に心理的に拡張する技術という形で、超高齢社会と密接につながる情報科学の研究分野をまとめ始めています。

就労支援でも次に紹介するVR旅行でも新しいことに挑戦してみようと好奇心を持ったひとりひとりシニアが集まり始めるところから風景が変わり始めます。最初は難しくても、上手くいかなくても繰り返し試していくうちに役立てられるようになっていき、それに呼応する形でテクノロジーの方もより使いやすく成長していくところがあります。現場に顔を出して研究に参加してくださっているシニアの皆様と向きあうときに、生き生きとした表情でこれまでの活動の様子だったり、自分はどうテクノロジーを活用しているのかという工夫だったりを語ってくださる瞬間に、この研究を続けていく意義を感じています。そこには、世の中に対して受け身ではなく、シニアのための未来でもなく、多世代が明るくいられる未来を描いていきたいシニアの姿が現れています。

こちらの論文は65歳以上におけるフレイル(虚弱化)リスクと身体活動や文化活動、地域活動との関係を調査分析したものです。面白いところは、身体活動、つまり健康のための運動だけをしている群よりも、身体活動はしていないが文化活動やボランティア、地域活動に参加している群の方が、フレイルリスクが低くなるところです。セカンドライフの拠点となる地域でどのように生きていくのか、潜在的な地域のニーズと地域のシニアを結びつけていくこと、さらにはVRなどのテクノロジーを通じて新しい結びつき型を開拓していく研究の歩みを、地域の中の人間力と手を取り合って進めていきたいです。


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