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ソイル氏は 第1話


ギリギリとスレスレの違いってなんだ?


 人間でないものの話をあなたは聞かないだろうけど、生物ですらないものの言葉でもきっとあなたは読むだろう。
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 私はギリギリ生物と言えるかもしれない、そんな存在である。現に言語を操り、あなたに訴えかけているが、私が実体を持った存在だという証明は、あなたには不可能だろう。その意味でギリギリ生物である。それでもよければ私の半生を読んでほしい。これはお願いであり、脅迫であり、命令でもある。読んだ末にあなたは、私が何らかの生き物であることくらいは察せられるかもしれない。

 私の「産まれ」を教えよう。生まれたのを、母が私を産んだその時とするか、産んだ後とするか迷う。私は実際に産道を通ることはなく、産声もあげずに、今に至るまで生きている。どこかのタイミングで産まれているに違いないが、言葉の意味に忠実に「産まれた」のがいつ、どこで、誰から、と言ったことを言葉で説明することは難しい。無理だ。
 次に、私の名前を教えよう。私の名前はソイルであるが、きっと連想するであろう土、土壌といった意味を持っていない。ソイルとはただ私であり、それ以外ではない。
 ここまででおおかた、私というものの基本は掴めただろうから、ある日の話から続けよう。
 ところで、タイトルにあげたギリギリとスレスレだが、ギリギリは自己紹介で使っているからいいとして、スレスレを示しておこう。私が思うスレスレとあなたの思うスレスレが等しいのであれば、また一つ私とあなたが共有できるものが増えたということだ。違ったらそれは私とあなたが違うという証明になるから、心のうちにとどめておいてほしい。

ギリギリ、スレスレと言えるミルクティーである。この量から少しでも減れば、スレスレのミルクティーでなくなる。

窓は有る。あれは居る。


 晴れている。紫外線を体という国家に直輸入できる日だ。それでも私と太陽の間には窓があり、私と太陽を隔てている。私の見立てでは、窓は税関で、建築家は紫外線に関税をかけていて、とりあげた税を次の建物に活かしているのだと思う。だから私は残りの紫外線を余すことがないように受け取らなければならない。
「ソイル何してんの?」
私は床に這いつくばって、太陽光と床の接点を探していた。これくらいのことは毎度している。君とは物心ついてからの付き合いになるのに、見てわからないのか。まったく、返事をする価値もない問いだ。
「今日暑いもんね。床の冷たさに涼みたくなる気持ちはわかるけど、汚いからやめな。」
ちがう。
「ソイルのことだから、随分高尚な試みをしているつもりなのかもしれないけど、結局は床に張り付いてるだけよ。」
私は彼女から言われたからではなくて、自分の意思で立ち上がる。その時だった。
「あ、ソイル」
何かが動いた。私がそれを何と認識する間も無く、風が起こる。微弱な風だ。結露が溜まって落ちる時ほどの...。