髙橋晃浩

福島県郡山市生まれ。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄…

髙橋晃浩

福島県郡山市生まれ。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆は200枚以上。朝日新聞デジタル&M「私の一枚」(2017~)。郡山市「フロンティアファーマーズ」(2018~)。マデニヤル株式会社代表取締役。ソスイレコード代表。

マガジン

  • 手の美術館

    『手の美術館』は、インターネットの中だけにある美術館。展示されるのは、手の写真ばかりです。 手は体の中で最も「生業」が刻まれる部分です。生業の裏には、必ず人生があります。ここでは、特徴的な手を持つ様々なお仕事の方々を有名無名に関わらず取り上げ、コラムと写真でその人生を綴ります。

最近の記事

名古屋喫茶店探訪史上最渋の店に入ってしまった…はずが。

あるクライアントから、1~2ヵ月に一度のペースで名古屋での取材が入る。短く済めば1時間を切ることもある取材だが、わざわざ交通費まで負担してくれる。特にコロナ以降、遠方の取材はリモートで済ませることも珍しくはなくなっかたら、気分転換の意味でもありがたい。泊まりがけになることはないが、現実を見れば、泊まって油を売っているような時間など自分にあるわけがない。 とはいえ、せっかくの名古屋だ。少しは爪痕を残して帰りたい。名古屋といえば…そうだ、喫茶店文化だろう。自分が愛してやまない昭

    • さようならシェイマス・ベグリー/Rest in Peace the Bold Kerryman, Mr. Seamus Begley.

      シェイマス・べグリーが死んでしまった。古き良きアイルランド西部の伝統音楽を継承する数少ないシンガー兼アコーディオン奏者。73歳とはあまりに、あまりに早すぎる。現地でも追悼のニュースが流れている。 アイルランド独自の言葉や音楽の文化は、イギリスによる植民地化や近代化によって20世紀中盤までに急速に衰退した。その衰退はアイルランド島東岸の首都ダブリンから同心円状に広がっていったが、その同心円の一番果てに位置する島の北西や南西の地域には、20世紀後半になっても古い文化が色濃く残っ

      • 初めて知ったシェイン・マガウアンの本質

        2023年11月30日午後11時。たったいま、シェイン・マガウアンの訃報が入ってきました。あらためて、彼の音楽に敬意を込めて、向こうでもどうかやりたい放題で。 -------------------- 確かに見た。この目で。しかも現地で。年は1998年だったか1999年だったか、多分その頃の、クリスマスの直前の時期。場所はダブリンのゲイアティ劇場。100年以上の歴史を誇るオペラハウス様式のその劇場の中心に立っていたのは、お世辞にもその格式にそぐわしいとは言えない、いやむし

        • ジョンもショーンもジョン・レノン?~アイルランド人の名前の話~

          こないだ『タイタニック』について書いた中で、レオナルド・ディカプリオが演じた役名のドーソンがアイリッシュ姓であると書きました。それ以来、アイルランド人の名前についていろいろ思い出しています。 最近よく聴いているこのCDのアーティスト名、ファーストネームのほうはなんとなく「マイケルかな?」と察しがつくかもしれませんが、ファミリーネームはなかなかすんなりと読めないでしょう。この名前、ミホール・オ・スーラウォンと読みます。 ミホールは2018年に亡くなったアイルランドを代表する

        名古屋喫茶店探訪史上最渋の店に入ってしまった…はずが。

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        • 手の美術館
          4本

        記事

          なぜタイタニックでジャックとローズはアイリッシュダンスを踊ったのか

          金曜ロードショーで2週にわたって『タイタニック』が放送されている。日本で公開されたのは1997年12月。映画のスケールも凄いけれど、前半を見返してみてやっぱり目を引くのはレオ様の存在。これは彼のための映画だったのだとあらためて思う。 『タイタニック』でブレイクしたアイリッシュバンド例の舳先のシーンなど印象的な場面がいくつかあるこの映画の中で一つのアクセントとなっているのは、三等客室でジャックとローズがぐるぐる回転しながら躍るあのシーン。2人はアイルランドの伝統的なダンス曲を

          なぜタイタニックでジャックとローズはアイリッシュダンスを踊ったのか

          父がヴィヴァルディに込めた「我が世の春」

          「どんな音楽を聞いてるんですか?」 若い頃、人に聞かれて一番困る質問がこれだった。質問の相手が期待する答えを、当時の僕はまったく持ち合わせていなかった。同世代の仲間が聴くような音楽をほとんど聴かずに若い時代を過ごしてしまったのだ。いろいろ柔軟に聴くようになったのはずいぶん大人になってからだと思う。 人よりちょっと変わったものを聴いていたいという想いもあった。「大衆に迎合するものか」という妙な意地も子供の頃から持っていた。これはおそらく父親譲りの性格だと思う。 父も流行り

          父がヴィヴァルディに込めた「我が世の春」

          馬場俊英さんがいなかったら俺は死んでいたかもしれない。

          去る2月21日はシンガー・ソングライター馬場俊英さんのデビュー25周年記念日。心から、おめでとうございます。 TOPの写真は「馬場白書」。10年前、つまり2011年、馬場さんの15周年の年に出されたアルバム『HEARTBEAT RUSH』の初回限定特典で封入された、それまでの馬場さんの15年を振り返る68ページのブックレット。これの編集と、表紙を除く全ページのデザインを担当させていただいた。かねてから馬場さんの音楽を日々の糧にしていた自分にとって、これは夢のような想い出。色

          馬場俊英さんがいなかったら俺は死んでいたかもしれない。

          やなせななさんとの想い出

          今回のクラウドファンディングは、かけがえのない多くの新しい出会いを僕にもたらしてくれました。参加してくださるアーティスト、アーティストと関わっておられるライブハウスの方々、そして、ご支援や拡散に力を貸してくださった名も知らぬ多くのみなさん。達成したことはもちろん大きな喜びではあるのですが、もしかしたらそうした新しい出会いこそ、思い切ってクラウドファンディングをやってみて得ることができた一番の財産なのではないかなと感じています。 そしてもう一つ、今回のクラファンは、ある人との

          やなせななさんとの想い出

          玉置浩二が歌で放つ「愛」

          中学生や高校生の頃は、大好きなアーティストの新しいシングルやアルバムが出るのが待ち遠しくて仕方なかった。当時はフラゲなんて言葉はなかったけれど、今より緩かったのか公式な発売日よりずいぶん早くお店に商品が並んでいることもあったりして、今日か明日かと毎日のように通っていた時期もあった。 今はどうか。日々の仕事に追われていると、好きなアーティストのリリースを追いかける余裕などまるでない。発売から1年も2年も経ってから新譜の存在に気づき驚くこともある。ただ、それで新しい作品に触れた

          玉置浩二が歌で放つ「愛」

          今年でなければ表現できなかった憂いを感じる中田裕二さんの新譜『PORTAS』

          本当に好きなアーティストの音楽は、やはり配信ではなくCDで聴きたくなる。サブスクリプションにはずいぶんお世話になっているし素晴らしい発明でもあると思うけれど、音的には言わば濃縮還元ジュースのようなもので、本物のようで本物でない感が否めない。ハイレゾやApple Digital MastersはほぼCDそのままの音源だというけれど、どこかで「でも配信だし」というバイアスが自分の耳にかかる。 配信が濃縮還元なら、CDはストレートジュースだ。聞きたい音がそのまま耳まで届く。やっぱ

          今年でなければ表現できなかった憂いを感じる中田裕二さんの新譜『PORTAS』

          わたしとクレヨン社の32年

          わたくしが運営する福島限定音楽レーベル「ソスイレコード」で、クレヨン社のCD2作品、2004年の『誰にだって朝陽は昇る』と2007年の『宙[sola]』を取り扱うことになりました。うれしい限りです。すでにマデニヤル/ソスイレコードのWEBページからご購入いただけるようになっています。 といっても、これを読んでいる人たちの中でクレヨン社のことをご存じの方は、おそらくほとんどいないでしょう。もったいないことです。 『カセットテープ・ミュージック』での《事件》この10月、マキタ

          わたしとクレヨン社の32年

          わたしの筒美京平愛

          音楽におけるサブスクリプションの仕組みを最初に整えた人は誰なんだろう。興味はあってもお金がなくてCDに手を出せなかった音楽も、日本の音楽も海外の音楽も、古いものも新しいものも、サブスクにさえあれば端から聴ける。おかげで音楽を聴かない日は100%ない。その誰かに僕は心からの賛辞を贈りたい。 では何を普段聴いているのかといえば、とりわけここ数年はその半分ぐらいが昭和のポップスだ。海外の作品にもたくさん感動をもらってきたけれど、それは音楽に興味を持ち深く聴き進める中で知り得たもの

          わたしの筒美京平愛

          川内村の天山文庫。草野心平さんが愛した庵。

          「かえるの詩人」として知られる草野心平。生まれはいわきだが、川内に惹かれ幾度も村を訪ねていたという。そんな彼のために村民が建材を持ち寄って建てたのが天山文庫だ。 しかし、そんなふうに建てられたとはまるで思えない見応えある建築だった。今のガラス窓はすべて開放できるように作られており、庭の緑が柱に邪魔されることなく目に映る。よく磨かれた床板にその緑が写りこみ、室内にまで木漏れ陽が届くかのような柔らかな輝きに包まれる。 「古民家のように思われるけれど、とてもモダンな建築なんです

          川内村の天山文庫。草野心平さんが愛した庵。

          トマトジュースは甘いに限る

          子供の頃の夏休みの飲み物といえば決まってトマトジュースだった。前の畑で採ってきたばかりのトマトをおろし金で皮ごと擦って砂糖かハチミツを入れて飲む。濾したりなんて一切しない、全部入りのトマトジュース。一度に大玉2個は擦り下ろしていた。食べても食べても食べきれないトマトを孫たちを使って効率よく消費するためのばあさんの苦肉の策だったと思う。 でも、それがうまかった。我が家の当たり前がこれだったものだから、缶のしょっぱいトマトジュースを初めて飲

          トマトジュースは甘いに限る

          広沢タダシさんの新譜が素晴らしい

          大好きなシンガー・ソングライター広沢タダシさんの新譜を買った。広沢さんのサイトで買ったら大きく名入りでサインをいただいた。なんだか恥ずかしい。 広沢さんを初めて聴いたのは2006年のアルバム『アイヲシル』。これは天才様だと思って後追いでメジャー時代の作品を聴いてみたけれど、その後メジャーから自主レーベルでの活動になって、むしろそれからのほうがバシバシと名曲、名アルバムを作っておられるように感じる。前作の『SIREN』も(確か)ロント

          広沢タダシさんの新譜が素晴らしい

          3年目のフロンティアファーマーズに寄せて

          郡山市の園芸畜産振興課さんから話をいただき、個性あふれる郡山市の農家さんたちを取り上げる「フロンティアファーマーズ」の記事を担当するようになって、今年度で3年目に入ります。 ライターとして、ふだんはほとんど語られることのない、でも人々の毎日を人知れず支えている、そんな誰かのストーリーこそ拾い上げていくべきだと常々思っています。そういう意味で、これはライター冥利に尽きる仕事です。 この企画の一つのゴールは彼らの生産物の販売や消費の促進にありますが、願わくはそれに終始するので

          3年目のフロンティアファーマーズに寄せて