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譲れない住まいの条件

譲れない住まいの条件

音声で聴きたい人はこちら、簡単にVoicyで話しています↓
(時間の都合で浅く話しています)

Voicyではかなりかいつまんで話しました。

ここからは詳細部分も書いていきます。



24歳の初夏、住んでいた荻窪の家を引越しをせねばならなくなった私。
理由はルームシェアの解消のため。
一人で13万5,000円なんて家賃払えない!

というわけで期限は2週間。
その間に引っ越しを決めなければなかった。

GW後と言うこともあり繁忙期は避けられたけど、動いてる物件が少なかった時期だった。


その時の私は派遣社員だったので審査がまあ、通らない!!!泣

収入を考えるとマックスで〜7万円だし。
会社との往復やらを考えると、東京駅周辺に通いやすくてなおかつ、友達が住んでいるのが多い、杉並や中野、世田谷あたりからは離れたくなかったし、23区外から出て行くのがなんせ嫌だった。
今思うとなんのプライドだよって思う。


でも急務だから動くしかない!


ということで私は西荻窪〜中野間に絞り、7万円以下という家賃に設定。
24歳派遣女子でも契約できる物件探しを始めた。

いざ、不動産屋に行くと「8万とかだったらまだいい物件あるんですが」

8万なんて無理!私非正規だから家賃補助だってないし!
私は金額の面で折れないと心に誓った。


不動:「そうなると…そのほかの条件を見直した方がいいですね。」

今思うと私の出した条件はかなり無理があった

①西荻窪より西はNG
②7万円以下(管理費込み)
③絶対マンション(木造は声が響くのでNG)
④25平方メートル以上
⑤バストイレ別
⑥築15年以下

今思い出して書いてみただけでもかなり無理がある。

こんな物件存在しないって笑

不動:「この中で絶対譲れないものはなんですか?」
私:「家賃と場所です」

二つあげるなやって思うけど、本当にこの「家賃」「場所」は絶対に譲れなかった。

まずは家賃。
これは絶対に上げられない。生きていけないもん!!

そして場所。
会社に行くのにあまり電車に乗っていたくなかったし
仲良い友人たちがほとんどが杉並、世田谷、中野だったのと、よく中野で界隈の飲みがあったから。


不動:「じゃあ、そのほかを削っていきましょう」


結局、いろんなことがあって④〜⑥の条件は譲ることに。

でも⑥はかなり抵抗があった。
バストイレ一緒って、、トイレ行くたびに足濡れちゃうじゃん
あと、ユニットバスでお湯ためて湯船浸かるって無理じゃない??
洗うタイミングいつ?
そして湯船入りながら横に便器が見えるってなんか落ち着かないよなあ・・・

すごい抵抗だらけ。


そんなこんなをしていると不動産屋が今の条件的にベストな物件を差し出してくれた。

それがのちに、私が28歳までの女としても麗しい時期の4年間、住み着く家になる。

そこは高円寺駅徒歩13分、中野駅から17分。(両駅まあまあ遠い)
でもこのあたりはかなり明るい街で、お店もあるのでお店を見ているうちに家に着ける感じだった。

築年数は、当時30年。
24歳の私よりも先にこの世に誕生していた物件だった。
でもリフォーム済みとのこと。

それでいてマンション(鉄骨造)。
これだと声が響く問題はなさそう。

んでユニットバス。これはまあしょうがない。(折れた条件だったから)

1Rで20平方メートル。
せまい。。。

しかし家賃が魅力的な61,000円(管理費込み)!


すぐに私は内見に行った。

マンションの見た目もレトロで可愛く見える。

エントランスで足を踏み入れた瞬間。。。

「ん?何か冷んやりとする」
言葉でうまく表せないが、何か嫌な感じがした。

エレベーターホールのある家の奥まで進むにつれてその嫌な感じは
どんどん強くなっていく。

日中なのに暗いから?日当たりが少ないから?
なんだろう?
エントランスからエレベーターホールにかけての十数メートルはとにかく嫌な感じはした。

目的の部屋にたどり着いた。
そこは窓が広く、光がたっぷり差し込む部屋だった。
そして東京タワーとスカイツリーが見える。

ここ、いいな。

私はその眺望に惹かれ、その物件に決めた。
少し暗い感じは気になるけど・・・
まあどうにかなるっしょ!気持ちの持ち用だよ!
なんて考えていた。

引越しが終わり、私は歴とした高円寺・中野民になった。

よくよく考えたらこのマンション、洗濯機置けなかった。
だから荻窪からの引越しの際に、持っていた洗濯機を引越し屋に引き取ってもらった。

コインランドリーがマンションの下についているし、問題ない!

とにかく私は呑気だった。
洗濯機が置けないということはかなりのリスクということを知ることもなかった。

引っ越し後、初めてそのランドリーに行った時。
私(24)は、現実と相対することになる。

洗濯物を持っていい香りがする柔軟剤やらジェルボールやらを持ってルンルンしながらお洗濯に向かったいい天気の日曜日。
ランドリーの入り口に着いた時、何か嫌な予感がした。
なんて言えばいいか、、、入っちゃいけないような、、、見ちゃいけないような感じ。

でもここしか洗濯できるところないし、勇気を出してランドリーに入ろうとすると、
そこから髪がボサボサで、ボロ雑巾のような服を着た便所サンダルの50〜60代くらいのおじさんが洗濯物を持って出てきた。

おじ「これから洗濯するの?俺ちょうど使った後だから空いているよ」と一言。

おじさんは大量の洗濯物を持って消えていった。

洗濯機はそこに一台。

私は一生このランドリーを使えないなと悟った日だった。
(ど偏見ですみません)



狭いけど、バストイレ一緒だけど、なんかエレベーターホール暗いけど
住めば都になった。

どういったシステムで熱くなるかわからない一口コンロも、
作業するスペースがゼロなキッチンも(ほぼコンロと洗い場で終わり)
だいぶ使い勝手がわかってきた。

引っ越して数ヶ月。
長野から2番目の姉が東京に遊びに来ることになり、私の家に泊まることになった。

姉を高円寺駅まで迎えにいき、
ちょっと買い物をして明るいうちに帰宅。
エントランスに入り、エレベーターホールまで向かう途中

姉「え、あっちゃん、、ここ住んでるの?大丈夫、、?」
と姉がポツリ。

悪気は全くなかったであろう姉。
おそらく、妹を心配するが為に出てきた第一声。

私「えー?🤣そんなー😛(やっぱりやばいか…てか姉がこんな心配
する顔しているの初めて見たな。)」

そんな様な心のうちだった。


姉はそれ以降、東京に遊びにきても私の家に泊まることはなかった。


まあまあやばい雰囲気の物件だが
立地は素晴らしい!
中野駅周辺で飲むとなったら徒歩で行けたし、
終電気にせずに遊ぶこともできた。

都内のキラキラした街とかで遊んでも、タクシー代は3000円前後で帰れたから、送ってくれる先輩方も(金額の面では)安心して私を東京のキラキラした街に呼び出してくれた。

夜景とシャンパンと業界人達が集まるパーティー。(※比喩です)



だいぶ話が逸れてしまったので戻します。


高円寺という街は本当に素晴らしい立地だった。


不動産選びの際にある程度条件を譲歩しただけあった。

仕事にも好都合だった。

私は26歳から本格的に独立して仕事をしていた。
フリーは人脈が命。
人間関係の付き合いを大切にしたかったので、この立地は最高だった。

都心に近いというだけではなく、高円寺に住んでるとネタになる。

古着やサブカル、酒場、そしてお笑い芸人さんたちなど。

高円寺・中野に住んでるって言うと、近寄ってくる人達が多かったし、
何せそのあたりに住んでるというと、なぜか人間的厚みがある人間と思われた。

あの混沌とした街で生計を立てている=地盤がしっかりしていると見られたのだと思う。


引っ越してもう4年が経過した今もこうしてネタにしているこの高円寺・中野ライフ。
さぞ綺麗な思い出として(美化して)心に残っているのだろうとお思いでしょうが、
今思い出すだけで身の毛もよだつようなことが身に起こったから引っ越すことに
なった。


それはまた今度書くとして。


譲れない住まいの条件って、家賃とかの面ではなかったら、
一旦は譲ってみて、住んでみてから決めてもいいのではと。

バストイレ一緒の物件にNGを出していた当時の私に、1番上の姉が言った言葉。
「ユニットバスの家に住んだこともないくせに、嫌とか言うのってなんか違くない?」

確かに。
経験したことないくせに、先入観で決めちゃうのってなんか勿体無いし、失礼だなって。


だからバストイレ一緒の物件に住んでみた。

4年住んでわかった。

バストイレ一緒は住めないことはない。
でも、私には合わない。

何事も一度は体験、経験。百聞は一見にしかず。


経験・体験してから判断する方が経験値は上がる。

食わず嫌いは勿体無いし、行動しないのも勿体無い。


私はあの物件に住んで、イレギュラーな経験をまあまあしたと思う。


譲れない住まいの条件を譲ってみたら、経験値はレベルアップした。




おわり

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