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桂子さんのお見合い(小説投稿)2023. 7.6更新/最終話まで。

1話~32話まではこちらからどうぞ

下から上へ順次、連載していきます。


さま、ご訪問ありがとうございます。( ꈍᴗꈍ)
2023.7.6         81.82.  ---2話分更新いたしました。
今回で桂子さんのお話は最終話となります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

           ◆◇◆◇◆◇◆

82

 世の中、ほんとにこんなことってあるんだ。

 私、つい数日前にお付き合いしてる小野寺さんからプロ
ポーズされたばかりで、昨日は亀卦川さんからプロポーズさ
れたりしちゃって。

 これって誰にでも一度は訪れるっていう人生の黄金期だよね。

 それにしても長く病気で臥せっている奥さんと離婚した
だなんて、なんだかやるせない。

 そんなことをする男性のプロポーズをそれでも喜んで
受け入れるような立ち位置にいなくてよかった・・って
心からそう思った。 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 疑心暗鬼でいたのだが、なんとガキさんは12月に入り
大っぴらにではなかったが、小野寺桂子になり既婚者と
なった。

 そっか、数か月前のあの時の言い訳は本当だったんだな。

 「参ったなぁ~ 」 

 何が参ったのか?
 自分でも分からん台詞が康之の口をついて出た。

            ・・・

 12月、桂子が幸せの絶頂に立ち、康之が何故か気落ちし、
今ひとつの状況になんだかなぁ~の恭子がいた。

             ◆◇◆◇◆◇◆

皆さま、ご訪問いただきありがとうございました。
桂子さんのお話の次には『石川恭子さん』のお話も
あるのですが、今回は知世さんと桂子さんのお話までと
させていただきます。

また時々、配信作品、新作、旧作、お知らせなど、不定期に
こちらで発表させていただくかと思います。
その折にはどうぞ宜しくお願いします☆彡2023.7.6

            ◆◇◆◇◆◇◆

81

「ありがとうございます・・」

          ◇ ◇ ◇ ◇

 プロポーズではないけれど、それに近い言葉で交際を
申し込んだ、のに・・。

 ガキさんは、うれしそうじゃなく、下に俯いたまま返事
をしない。

 俺はこんな状況を全く予想していなかったので、続けて
どんな言葉を掛ければいいのか分からず、困った。

 そして彼女の長い沈黙で、俺はハタと断られる可能性に
気付いた。やばい、非常にヤバイ。

 石川に続いて、ガキさんにまで自分は振られるのかと
思うと、口の中が渇いてしようがなかった。

 「今すぐに返事しなくても構わないよ。
 その気になったら、声掛けてくれるとうれしいかな。
 突然で驚かせてしまったね。取り敢えず今日はこれでお
開きにしますか」

 1人で話を帰結させ、ガキさんを促して店を出た。

 「じゃあ、気をつけて。
 また飯でも食おう」

 「はい。今日はご馳走様でした」

          ◇ ◇ ◇ ◇

 はぁ~、参ったな。
 なんか、運気急降下だな、全く。
 康之はあつい熱風に晒されながら、家に帰る気になら
ず夜の街に消えていった。

 81-2. 

 当分返事はもらえないものと思っていたのに翌日の昼前
にガキさんから電話があり、案の定、体良くやんわりと
昨夜の交際を断られた。

 「すみません。
 私には勿体ない申し出で有難いと思ってます。
 ただ、今・・・ワタシ...」

 歯切れの悪いガキさんの物言いを聞きながら、「ただ、
今・・・ワタシ...」の次にどんな言葉が出てくるのかと、彼女
の言い訳を想像してみるのだが、思いつかなかった。

 「交際している方がいるんです」

 驚いたのなんのって。
 交際?
 本当だろうか?

 俺からのプロポーズを上手い具合に交わす為のおためご
かしだったりして。まっ、いいさ。

 交際相手がいるんじゃあ、断られる方も納得できるって
ことで。ガキさんらしいなぁって思う。

 彼女は気が利いてやさしい女性だからな。

 「えっ?
 そうなの?
 知らないとはいえ、俺って間が悪いよね~。
 残念~、もっと早くガキさんに告白しておくんだったよ」

 「ほんとにありがとうございました」

 

 
      


皆さま、ご訪問ありがとうございます。( ꈍᴗꈍ)
2023.6.28         76. 77. 78.79.80 ---5話分更新いたしました。

80

 土・日出勤もある仕事だが、今週はどちらも休みになっ
ている。

 明日は予定が入っていて、今夜の夕飯は簡単なメニュー
にして早く寝ないと、なんてこと考えながらビルを出て
桂子は足早に駅に向かった。

 その足音は桂子の気持ちとハーモニーするかのように
軽やかに弾んでいた。

 職場は駅から割と近い。
 桂子の足で、5~6分といったところだろろうか。
 ビルから駅まで、そして駅周辺にも賑やかにさまざまな
SHOPが点在しており、そんな店を眺めながらグイグイ歩
き出したその時、後方から聞き覚えのある声が自分を呼び
止めた。

 「新垣さーん・・」

 私を呼び止めたのは亀卦川さんだった。

 「今日は仕事早くに上がったんだね? 」

 「ええ、金曜日に早く帰れるなんてめったにないんです
けどね」

 「これから誰かと約束ある? 」

 「いいえ、特には」

 「じゃあさ、久しぶりに飯でも行かない? 」

 「えっ、・・はい」

 食事に行くのは別に構わないけれど、遅くなるのは
いやだな~。桂子はすぐそんな風に思った。

 亀卦川から声を掛けられてそんな風に考えたことは
今まで一度もなかったのに。

 「亀卦川さん、今日は9時頃に電話の約束があって
・・その、、」

 「分かった、食事だけで解散するから、さぁ行こう」

80-2.

 遅くとも9時には家に居たかった私は、流石に家に9時
までに帰りたいとも言えず、電話の約束という口実で
亀卦川さんに伝えた。

 駅周辺で何度か行ったことのある店に私たちは入った。
 とんかつの専門店だった。

 食事は大層美味しく、食事している間彼からの話は差し
さわりのない話題で終始した。

 食べてる間は食事に夢中になり過ぎてしまい、終わって
から私は、今日彼は何で私を食事に誘ったのだろう? と
いう疑問に駆られた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 「ガキさん、実はさ、俺・・離婚したんだ」

 私は驚き過ぎてすぐに反応できなかった。
 どうして何の関係もない私なんかに、そんな話を。

 「それでさ、今日の話っていうのは・・」

 いうのは?

 「結婚前提に俺と付き合わない? 」

 何か聞いてると、私が断らないだろう前提みたいな
聞き方をされているように聞こえた。

 今までの私たちの付き合い方からすると、そうなっちゃ
うのかな?

 彼が石川さんと付き合っているのを知らずにいた頃なら
ううん、付き合っていた頃でも、私の方を選んでくれてい
たら二股さえも許して、OKしていたかもしれないもんね。

 だけど・・・。

 

             ◆◇◆◇◆◇◆

79
~石川恭子に振られた頃(夏)に遡る~
康之Side:

 石川恭子にやんわりとそれでいてきっぱりとプロポーズ
を断られた康之は、その後同性の同僚や後輩たちと夜の街
を飲み歩いた。

 行く先々で仮にもモデル、スマートでスタイリッシュな
亀卦川たちには、すぐに若い女性たちが好奇心も手伝って
集ってきた。

 その場で楽しく話している分には・・
そして、その場限りのひと時のお楽しみで彼女たちをお持
ち帰りする分には・・・
 それはそれでよいのだが。

 康之の気持ちが晴れることはなかった。

 これまでは既婚であること、シングルであること・・に
なんの拘りも持っていなかったのだが。

 離婚して灯りのついていない部屋に帰る侘しさを経験し
てみて、初めて康之は既婚者であったことへの恩恵みたい
なもの? を感じるようになった。

 それと共に、認めたくはなかったが、妻の・・香の存在
の大きさ? 大切さ? みたいなものも感じずにはいられなくな
り、途方に暮れるのだった。

 一夜限りの若いお姉ちゃんを妻にできるほど、落ちぶれて
はなかった康之の脳裏に、ちらほらと現れる顔があった。

79-2.

 ある日のこと。

 いつになく、新垣桂子ことガキさんの仕事ぶりを、集中して
いる様子を窺っている亀卦川康之の姿があった。

 以前付き合っていた頃とは表情とか雰囲気が違うというか
明らかな変化が見て取れるのだ。

 具体的にどうというのは難しいけれど、一皮剥けてまったく
別物の人物が目の前にいる? 感じがするのだった。

 その正体をどのような言葉で形容すればぴったりとピースが
嵌るだろうか、と考えていた康之だったが、ふとその嵌る
ピースを見つけることができたのだった。

 魅力・・だ。

 以前にはなかった異性を惹きつける魅力がガキさんに備わっ
た・・とそう思った。

 しかし、亀卦川はそこでどうしてそうなったのか? という
理由には考えが及ばなかった。冷静ではなかったのだろう。

            ・・・

 職場で居合わせる時には、いつもちゃんと挨拶してくれる
相手ではあるが、付き合いがなくなってからはずっとそっけ
ないというか、普通のというか、まぁ儀礼的な挨拶を互いに
交わすだけの間柄になっていた・・はずなのに。

 今日はやたらと亀卦川康之からの視線、ビームってヤツを
浴びてるような気がしてならない。

 気が散りそうになるのを耐えながら、私は仕事をなんとか
こなした。

 なんだったんだろう、今日のアレ!
 首を捻る桂子だった。 

            ◆◇◆◇◆◇◆

78

" Lodgment 宿泊 "

 小野寺はあの日、桂子が亀卦川と食事していたホテルに
お泊りした可能性があることを納得した上で桂子にプロポーズ
していたのだが。

 後年、60才になり退職した後、小野寺は桂子を誘って
結婚記念日に件のホテルで食事をし、一泊した。

 「割と近場なのにここに来たのは数えるほどしかないや。
もちろん泊りは初めてだし」

 「私もレストランやバーは何度か来たことあるけど泊まった
ことはないかなぁ~。

 今日が初めてになるわね」

 「一度も宿泊したことないの? 」

 「ないわ。
 
 ここは旅行するには近すぎるし、お泊りするような女友達や恋人も
いなかったし。

 私のことよりあなたこそ・・ご両親や弟さんから聞いてるけど、中学生の頃からずっとモテ体質でいつも彼女がいたって聞いてるのに、ほんとに泊まったことなかったの? 」

 ちょっとキツイ目付きになった桂子さんからそんな風に疑われたけれど
時折ふっとあの日のことが蘇る俺は、妻の、、このホテルに一度も
泊まったことがないという発言に、やはりどこかでほっとしている
自分を感じた。

 
 ―――――― おしまい ―――――――

 ここまでで、完結となります・・が
 康之と桂子の描かれてなかったシーンを
 少しだけ書いてみました。

 よろしければ、お進みください。

↓ が最後にきます。
・:+.。oOo+.:・.o--Oo。+.:・。・:+.。oOo+.:・

12月、桂子が幸せの絶頂に立ち、康之が何故か気落ちし、
今ひとつの状況になんだかなぁ~の恭子がいた。

・:+.。oOo+.:・.o--Oo。+.:・。・:+.。oOo+.:・.o

 

             ◆◇◆◇◆◇◆

77

" Propose プロポーズ "

「え?・・」

 「桂子さん、無事で良かった」

 「はい」
 私は小野寺さんの腕の中にいて、そう答えた。

 桂子さんが無邪気に自分の不思議体験をうれしそうに語る姿を
見ていたら、急に俺の胸が高鳴り出した。

 Switch On! 止まらなくなった。

 「桂子さん、結婚を前提にという交際の申し込みはしないことに
します」

 えっ?
 こんな素敵なナイトのような行動をしておきながら、とんでも
ないことを言い出す彼に私は戸惑いを隠せず、楽しい気持ちにいっきょに
暗雲が立ち込めた。

 ならば、残念だけど私は彼の腕の中に長々といるわけにはいかない
と思った。

 
 「桂子さん・・」

 「・・」

 「結婚してください。
 できれば年内のうちに。
 2週間会わないでいる間にそして今日桂子さんに会って、絶対これからの人生僕の隣には桂子さんに一緒にいてほしいと強く思いました」

 「あのぉ、知世さんが言ってた結婚を前提に交際してください、と
いう台詞はなし? 」

 「なしです。
 今僕はプロポーズしたのですが、いけなかったでしょうか?
 だめ? ですか? 」

 「え~と、ダメじゃないです。
 急でちょっと焦ってますけど、やっぱり女子なのでプロポーズされて
うれしいです。
 あの、、私でよければ・・」

 「いやぁ~よかったぁ~。
 振られたらどうしようかと思いました」

 「ふふっ、小野寺さんを振る女性《ひと》なんていませんよ」

 「相変わらず、桂子さんはやさしいですね」

 ホントよ?

 小野寺さんを振る女子なんていないよ?
  振られたらどうしようかと思っただなんて。

 ノー天気でやさしい台詞を紡ぐ彼に、、『ありがとう、私を
奥さんに選んでくれてありがとう』、って心の中で何度も感謝の
言葉を呟いた。

 Thank you from the bottom of my heart.

  

                    ◆◇◆◇◆◇◆

76

" Catch 受けとめる"

 腕を骨折するか、はたまた指の骨折? そして手をつく余裕がなければ
顔面から落ちて首なんかをやられてしまうかも・・という思いが一瞬の
内に頭に浮かんだ。

 ・・が如何せん、反射神経などに頼れる年でもなく、全てを甘んじて
受け入れなければならないのだと自分を宥め、そのまま抵抗せずに
ダイブした。

 気付くと小野寺さんの胸の中にいた。
 私は自分がダイブしていく姿はしっかりと見ていたのに彼が
救出すべく身体を張ってくれたシーンは全く見えていなかったようだ。

 一瞬自分よりも速く地面に飛び込み、私を受け止めてくれていたのだ。

 「小野寺さん、どこか骨折したりしてないですか? ごめんなさい、私
かなり重いですから」

 「ははっ、大丈夫ですよ、背中がちょっと痛い程度です」
 そう言いながら彼は私が立ち上がるのを手伝ってくれた。

 「あーっ」

 「どうしたんですか? 」

 「私どこも怪我してないし、骨も折れてません。奇跡だわぁ~」

 「良かったですね」 

 「小野寺さんのお蔭です。
 ほんとにありがとうございました。

 実は不思議なことがあったんですよ。
 前のめりにジャンプしたみたいに飛ばされて地面に落下するシーンを
私、別の場所から見てたんです。

 自分が転ぶシーンをまるごと映画を見るように別の場所から見えて
たんです。
 えー、何っこれっ・・すごいっ凄すぎるって思いながら」

 


2023.6.26         71. 72. 73.74.75 ---5話分更新いたしました。

75

" Fall Down 転ぶ "

 「途中から魂抜けてた私がいうのもなんですけど、、綺麗で
静謐でやさしい時間でしたね」

 「ですねぇ~」

 そんな風に先ほど時間を共有していた事柄について駐車場までふたりで
ぶらぶら歩いていた時のこと。

 私の横、擦れ擦れに中学生だろうか、ふたりが猛ダッシュで笑いながら
駆け抜けて行った。

 私たちが歩いている場所は舗装されてなくて短めの雑草がそこかしこに
生えていた。その土の上には大きな石なども転がっていたりして。

 驚いてよろけた拍子に、運悪く転がっていた大きな石に足をとられ
思いもかけない浮遊感で前方に向かって私は飛んでいった。

 この時、私は自分が空中高く前にぶっ飛んでいく姿をまざまざと
見た。それを体感するだけならいざ知らず、飛んで地面に落ちていく
様子が別の場所から他人事のように見えていたのだ。

 こんな現象は生まれて初めての経験だった。
 確かに見ていたのだけれど、脳内にぶっ飛んでいる自分の姿が
映像のように現れ、それを見てたというのが正しいような気がする。

 それを見ながら実際の私は地面に叩きつけられようとしていた。
 

 きゃぁ~、ちょっ、、ちょっとぉ~。
 お待ちになってぇ~。

 この年で下が土だとはいえ、何の前触れも心の準備もそして肝心の
身体的準備もなしに、前のめりにジャンプするかのように落下すれば
どうなるのか。
           ◆◇◆◇◆◇◆
74

" A Mysterious Space 不思議な空間 "

 いいなぁ~、何話そうかなんて考えなくてよくって、満天の星々が
煌めく綺麗な夜空を見て、心で感じて、不思議な時間と空間を
ゆらり、さ迷えばいいだけなんだもの。

 最初こそ、となりの小野寺さんの存在を感じていたのだけれど
私はそんなやさしい時空の中にとけていった。

 とけて、そうなのだ・・私は戻ってこなかった。汗) 
 涼しくて気持ちいい~、満天の夜空・・あれっ? 夜空見てないよ、私。

 身体からスルするするっと抜け出ていた私の魂は、My Bodyに
ストンと還った。

 きゃっ、、

 「ごめんなさい、私・・」寝てたよ、サイテー!

 「大丈夫。僕も実は途中でウトウトしてましたから。笑)
 さてと、暗くならないうちに駅まで戻りましょう」

 疲れてるつもりはなかったのに、やらかしてしまった、うムムムっ!
 焦りながらも、私は周囲の状況をチェックした。

 出入り口にまだパラパラと人がいるので、終わってからそう時間経過
しているわけでもなさそうで、ほっとした。

 「不調法なことで、ほんとにすみません、ゴメンナサイ」

 「ははっ、大丈夫ですよ、まだ他にも今から出る人いますし」

 なんという、ナイスなフォロー、ありがたや。
            ◆◇◆◇◆◇◆

73

" A Planetarium プラネタリュウム "

 風景を堪能しつつ、40~50分のドライブを楽しんだ後私たちは
目的地である〇〇市立天文科学館に着いた。

 最短の最寄り駅がJRではなくローカルな山陽電鉄だったので
彼がレンタカーを利用したのが何となく分かった。

 ここから徒歩3分だけど、私たちがレンタカーで出発した
JRの駅から、その3分でここから行ける山陽電鉄の駅までの道のりが
乗り換えなんかが何度かあって、相当やばい。

 ローヒールとはいえ、お洒落重視の今日はスニーカーじゃないし
座ったまま楽しく会話している間に、ほぼ歩くこともなく、ここ
天文科学館へ来れたのは有難かった。

 
 建物の外にはなんかものすごいオブジェが天空を背にして
建物にくっついてるし、中は2階に上がると大きな窓越しにタワーの
中からその辺の街並みが見渡せた。

 他にも土産屋とか、いろいろ見るものがあったけれど、旨い具合に
開演時間となり、私たちはチケットを購入してすぐに入場した。 

 着いた途端、開演時間ぴったりだなんて、小野寺さんきっと
可愛い彼女連れて何度か来たことあるのかもね。

 帰り、車の中でそれとなく聞いていじめてやろうかしら。

 夏休みも終盤を迎えているのでやはり子供連れとかもそこそこ
来ていて、結構いい感じに人が埋まった。

           ◆◇◆◇◆◇◆

72

 「正直に言います。
 桂子んにお礼の電話なりメールなり、しようと思いつつ、何だかできなくて
・・お恥ずかしい」

 「できない時は、無理しないほうがいいですよ。
 それに私のほうも連絡しませんでしたから、おあいこということで」

  「はぁ、面目ない・・デス」

   ・・・

 「かき氷、おいしかったです。
 ありがとうございます、こんな素敵なお店に連れて来てくれて」

 「いやや・・やや・・気に入ってくれて良かったです。
 この後、よければプラネタリュウム見に行きませんか? 」

 「ひゃぁ~、また涼しい所に行けるんですね。うれしぃ~」

 「笑・・笑・・」

 桂子さんは相手を喜ばすことの上手い人だな。

 タクシーを店の前まで呼び、駅までひとまず戻ることにした。

 「じゃあ、ボチボチ行きますか」

 「行きましょ、行きましょ。
 プラネタリュウムなんて何年振りかしら。楽しみぃ~」

 駅に着くと、小野寺さんは、、レンタカーを借りてタクシー乗り場の
近くまで迎えに来るので10分ほど待っててくださいと言い置き
足早に駆けて行った。

 ちょっと遠出になるのかも。

 駅のコンコースを出ると夏の日差しをモロに受けるだろうから
わたしはゆっくりとタクシー乗り場のほうへ歩いて行くことにした。
 
           ◆◇◆◇◆◇◆

71

" Spray Type Chrysanthemum スプレイマム "

 桂子さんに会ってから彼女の着ているワンピースの鮮やかな
色とりどりの柄に圧倒されていて、特に洋服全体に散りばめられて
咲き誇っている花が気になっている。

 可憐な花なのに、それでいてあちこちに咲き誇ると艶やかなのだ。

 俺は彼女の洋服に視線を向けながら、尋ねることにした。
 
「その可愛い花は何ていう花なんですか? 」

「あぁ、この花ですか? 」
桂子さんが胸元を見ながら聞いてきた。

 「スプレイマムっていう名前なんですよ。私もこの花の刺繍が
すごく気に入って生地を購入しました」

 「生地? ですか? 洋服ではなくて? 」

 「ええ、そうです。色違いで2枚分」

 「もしかして、自分で縫ったとか? 」

 「ええ、昨年の秋頃、死に物狂いで。
 早くワンピースの完成品を着てみたくて」

 「すごいなぁ~、自分の服が作れるなんて! 」

 「簡単なデザインなのですごくもないんですけど・・実を
いうと手前味噌になりますが、このワンピースはなかなかに仕上がった
かなって思ってます。ふふっ、ところで小野寺さんはあれから休日
何してたんですか? 」

 「あー、えー、何もっていうか・・」

 いやぁー、ここで何もしてなくて暇を持て余してたなんて言ったら
気まずくなるよなぁ。


2023.6.20         66. 67. 68.69.70 ---5話分更新いたしました。

70
" Seriousness 本気度 "

 「ふふっ、いいですよ、こんな素敵なお店に連れてきて
くれたんですもの、許しますっ」

 「ははっ、それはそれはありがとうございます。
しばらくぶりになりますが、桂子さん休日はどうしてました? 」

 「暑いので、ずっと家の中でごそごそして休日は過ごしてました」

 「ごそごそっていうと? 」

 会ってなかった時の私の様子が気になるのかな?
 そんなわけないかっ、、ただの会話の糸口探しといったところかな?
 

 「お裁縫してました。
 楽天などで見て回ったのですが今年はこれといって
夏服を作りたいと思わせてくれるような生地に出会えなかったので
趣味のドール服作ってました」

 「ドール服って、小さいンですよね? 」

 「リカちゃん の服ですから、小さいですよ。
 生地代があまりかからず可愛い洋服が楽しめるのでドール服作るのは
好きなんですよね。
 私が着れないような洋服も作れちゃうし」

             ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 休日の過ごし方を質問したら、楽しそうにいろいろと説明してくれて
話半分、彼女の話姿に見とれてたの半分・・って彼女が知ったら怒られ
そうだな。

 だって、得意な趣味の話だから、顔の表情なんかもすごくチャーミング
に変化して、それと口元が駄目だぁ~、色っぽくて、ついつい途中から話が脳に届かなくなってきて焦る。

 大人の女性が本気出すと、すごいなって改めて思った。
 もちろん、素顔に近い時の彼女もチャーミングなんだけどさ。

 とにかく、落ち着こう。
 浮かれ気味な自分に言い聞かせた。

             ◆◇◆◇◆◇◆
69

" Caffe お店 "

 そんなわけで、出入り口も普通の戸建てそのものになっている。

 店内はどうなっているのだろう? とワクワクしながら足を踏み入れた。

 普通のお店とはやはり違っていて、一戸建て風な部屋の中に
それぞれのテーブル席がお洒落にセッティングされている。

 部屋のすべての壁には長方形の窓が座った時に外の景色が見える形で
備え付けられている。

 椅子が特徴的。
 普通の応接セット用の椅子が配置されているのだ。
 

 窓から外の景観を楽しめる席が3席と、真ん中と階段近くにある
席が1席ずつ、といったふうだ。

 平日午後の比較的早い時間帯だったからか、すいていて、1階のお客は
 私たちを含めて3組で、もちろん私たちは外を眺めることのできる窓の
ある席に座った。

 

 今からだと、河岸を変えずに夕食もここで摂れそうだよねぇ~
などと、考えつつ、小野寺さんと席に着いた。

 「涼しいぃ~」
 タクシーで来て、ほとんど暑い思いもしてないくせに
カフェに入った時のお決まりの台詞が私の口から出た。

 それくらい、カキーンって店内は冷えていた。

 「こんな暑い日に、むちゃくちゃ冷えた部屋でかき氷食べられる
なんて、なんか私たち、贅沢ですよねぇ~」

 「はぁ・・」

 「あっ、なんかっ・・気のない返事ィ」

 「あぁ、すいません、朴念仁で」

         
             ◆◇◆◇◆◇◆

68

" Tribute 賛辞 "

 この時、小野寺の笑顔が人から見てほとんど分からない程度に曇った。

 『あなたは嘘つきだ。俺はつい先だってあなたの妖艶で艶やかな姿を・・
しかもイケてる男性といるところを見てるんですけど!!』

 口に出せない言葉を小野寺は胸の内で呟いた。

 「釣りしてる時の桂子さんも、家に招待してくれた時の桂子さんも
自然体で良かったですけど、今日の桂子さん・・知らない人に見えるくらい
とても綺麗です」

 この時、気障というか普段だったら言わない、、言えない、、賛辞の言葉が自然と俺の口をついて出て来たのだった。

 そしてこんな台詞を言い出した自分自身にも驚いた。

 「うわぁー、ありがとうございます。
頑張って オサレお洒落 してきた甲斐がありました」

 タクシーに乗ること12~3分。
 着いたのは高級住宅が居並ぶ、住宅街だった。

 こんなところにカフェがあったんだ。

 自分が持っていたかき氷屋さんのイメージからは100億万光年離れた
お店が目の前にあった。

 他の住宅と違っていたのは、氷ののぼりと軒先に伸びた雨よけと
日よけを兼ね備えている日よけシェードがあり、その下には芝生になっている地面の上に、客用の小型のテーブルセットが置かれていたことだ。
 
         ◆◇◆◇◆◇◆

67

" Meet Up 待ち合わせする "

 私たちは各々目的地の最寄り駅の南口で待ち合わせすることに
なっていて、改札口を通り抜けると、すでに先に着いていた小野寺さんが
待っていた。

 改札口を抜けて最初に彼のことに気付いたのは私の方だった。
 私が彼に気付いた時、彼は何やら俯いてスマホを覗き込んでいた。

 一方小野寺は待つ間、今日のデートコースの手順に不備はなかったか
再確認しているところだった。

 彼との距離2m...

 一度何気に顔を上げ、また俯いた。
 そしてすぐにまた彼は顔を上げた。
 今度こそ私に気付いてくれたようだった。

 「お待たせしてすみません」

 「いえいえ、約束の時間に遅れてはいませんよ。
 それに僕もほんの少し前に着いたところです。じゃあ行きますか。
 さてと・・タクシー乗り場まですぐですから」

 「タクシー?に乗るんですか? 」

 「ええ、この暑い中、歩くにはちょっと距離があるかなぁと思うので」

 私はそうなんですか、という具合に顔を少し振ることで納得した風に
相槌を打った。

 「さっきは少しびっくりしました。これまでの桂子さんと違って見えて
実を言うと、ちょっと緊張してます」

 「ふふっ、ですよね? って言ったら手前味噌になっちゃって痛くなりそう
なので撤回。
 でも本当に小野寺さんを紹介されるまで久しくこんなデートらしい
デートなんてご無沙汰だったので、今日は思いっきり髪の毛の先まで
念入りにお洒落してきましたっ!」

          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

66

" Gorgeous べっぴんさん "

 翌日の遅めの朝にシャワーをし、すっきりした気分で
あっさりとしたメニューのブランチを摂った。

 昼食を一緒に摂るとなると、出掛けるのが気忙しくなるので
まず、合流したらかき氷にしましょう、と提案していたのだ。

 暑い季節に気忙しく汗にまみれながらのお出かけなんて
なんという苦行。

 なるべくゆったりと、過ごしたいじゃないの。

 それにあれよ、食後時間を置いたとしても、次が氷じゃお腹
壊しそうで嫌だ。

 折角のデートが楽しめないもの。

 ゆったり・・ゆったり・・。
 なるべく自分のペースを崩したくない。

 そして、今日は騙しメイクで行くのだ。
 騙しメイクって私が勝手に作った造語なんだけどね。

 メインで重点的にガムばるのが💋唇の形。

 少し濃い目のローズピンクと淡いピンクの口紅を駆使して
彼のマリリンモンロー風な厚めの色っぽい唇に見えるようにって
時間をかけて塗るのじゃぁ~。

と気合入れて・・っと。

 眉もす~と綺麗に濃いめのラインを引いてブラシで整えて・・
アイラインも割と濃く目尻に向けてシャープに描く。
 
 まつ毛もいつもの1.5倍、繊毛のたくさん入ってるヤツを使って
アイラインとの併せ技で目力が半端なく強くなるように塗った。

 鏡の中の私は、普段薄化粧なだけに自分で言うのもおこがましいが
えらいべっぴんさんになってて、笑ってしまった。

 初対面がこれなら、詐欺だと言われてもしようがないと思うけど
彼はすでに私の素顔に近い顔は知っているわけだから、騙すことには
ならないよね。

 一時的なものだけど、綺麗な私を堪能してもらおうと思う。
 びっくりしてもらえたら、最高!


2023.6.16          61. 62. 63.64.65 ---5話分更新いたしました。

65

" Destiny めぐり合わせ "

 スプレイマムの花びらの色が何色かあるけれど、わたしが最初に
見て気に入ったのが白だった。

 ダントツの白。

 スプレイマムの花びらの刺繍が施されてふわっとした生地は
スカート下3cmほど、下の生地よりも長くしてあって、歩くたびに揺れる感が出るようになってる。

 大人可愛いって雰囲気が出るのよね。

 どちらの色も好きで迷いに迷ったけれど、私はライトグリーンで
行くことに決めた。

 夏用ニットの紺色の丈短めのカーディガンと小ぶりでベージュの、肩に
掛けられるショルダーバッグと、靴はベージュ色のローヒールに決めた。

 靴は前方にこげ茶の細めのリボンが付いていて、足の甲周りが3mmほど
こげ茶の縁取りになっている。髪型は、前髪とsideをホットカーラーで巻いてクリックリっにして、ふるゆわパーマ感を出そう。

 メイクもしっかりメイクで行くぜっ!

 それらが脳内で完結した時、ちょうど睡魔が襲ってきたのだった。
 
 素敵な生地に巡り合えたこと
 素敵な閃きで自画自賛になるが最高のワンピースを作れたこと
 理想に近い男性とその洋服でデートできること

 すべてに感謝したところで私は夢の中へいざなわれていった。

         ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

64

" My Treasured Dressとっておきのワンピース "

 袖ぐりは脇がぴったりと閉じるように、そしてトップスの前身ごろ
は、前から背中にかけて肩に掛かる部位をわざわざ鎖骨の辺りで一旦
カットするというデザインにし、普通のデザインとは違っているという
主張を示した(施した)ものにした。

 それは生地の柄とデザインが最高のグレードで融合した、桂子、渾身の
作品となった。

 あの頃、見せる相手がいなかったにも関わらず、あの生地に
魂奪われ、その日から、ワンピースの制作に何かの力に突き動かされてでも
いるかのように一心不乱に立ち向かい、ワンピースの完成を
只管 ひたすら目指す自分がいた。

 それほどに、生地が持つ魅力の虜になった。

 裏地に大ぶりの花のプリントが施されていて、その上にスプレイマムの
何色かの花を刺繍モチーフとした生地で、その表の生地はふるゆわな感じで
ブーケ感が漂うものになっている。

 後で知ったのだけれど、スプレイマムというのはキク科の花で、花言葉が
清らかな愛、高潔というのだそうだ。

 すごいっ、と思った。
 そんなことなど知らないまま、この生地に焦がれ、そして閃いたデザイン。

 そんな素敵なワンピースの出番が、小野寺さんとのデートらしいデートの
日だなんて。そう思うと感慨深いものがあって私は口ずさんでいた。

 「すごいなぁ~♪
すごいなぁ~♪ 明日はこのワンピでデートだなんてぇ~~ぇぇぇーーー」

 「あんなに必死にワンピース縫ったの、この日の為だったのねぇ~、と
呟いてみる」ふふっ。

            ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

63

" Shaved Ice Date かき氷デート "

 それにしても、と、私は自分を嗤った。

 亀卦川くんとの付き合い方と小野寺さんとの付き合い方の違いに。
 しかし、どちらの付き合い方も同じ人間、新垣桂子という自分なのだ。

 相手と状況が違うと同じ自分なのに、こうも自分の言動が
大きく違ってくるとは。

 明日かき氷を食べに行くと決まり、私はなんだかウキウキする
楽しい気分になった。

 まだ誰のものでもない男性とかき氷デートに行くのだ。

 「Exellent! いいじゃなぁ~い」

 英語なんてしやべれないくせに私は知ってる単語を小さく呟いた。
 
 どんな装いをして行こうか。

 桂子は小野寺と並んでも見劣りしないよう、目一杯お洒落を
して行くぞーと、決心したのだった。
 

 気合をいれた装いを・・と決心してすぐに頭に浮かんだのは
昨年の夏にものすごく気にいって色違いで買った2着分の生地で
ハンドメイドしたワンピースのことだった。

 生地を購入したものの、仕事や何やかやで忙しく、結局、型紙おこし
から裁断、縫製に至ったのは秋になってからだった。

 珍しく襟周りは、丸襟ではなく四角っぽいデザインにした。
 ウエストの位置はほんの心持ち、実際のウエストより上寄りにし
スカートはフレアーにした。

 そしてウエストにはベージュ系リボン紐を付けてアクセントにした。

 リボン紐は後ろで蝶々結びで飾るという手もあったのだけれど
あっさりと背中の合わせ目の部位で終わるようなデザインにした。

 生地はベースの色がライトグリーンのものと、ライラックとを
2着揃えた。

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

62

" Shaved Ice (削った氷)かき氷 "

  メールが届いたその日の夜、小野寺から電話があった。
 
 「もしもし、小野寺です。今、大丈夫ですか?」

 「あ・、ええ大丈夫です。えっと、、メールありがとうございました」

 「土曜か日曜のどちらか桂子さんの都合の良い日に会えませんか? 」

 「私はどちらでも大丈夫です」

 「じゃあ、土曜日に会いましょう。かき氷なんかどうですか? 」

 「かき氷・・。随分ご無沙汰ですけど私好きですよぉ~。
 ミルク金時が大好きで学生時代はまってました」
 

 「僕はイチゴのシロップにあの何て言いましたっけ・・甘いミルクが
かかってるヤツね。それでイチゴなんかトッピングされてるのが
最高っす」

 「ふふっ、やっぱりかき氷には練乳ミルクですよね。
 小野寺さん甘いのいけるんですね」

 「はい、結構いけます」

 「良かった、一緒に甘いもの食べられるから・・。かき氷、楽しみっ」

  私たちはお互いに電車で現地集合することに決めた。

 
 彼は車で自宅前まで迎えに来てくれるって言ってくれたんだけど
そうなると暑い中迎えに来てもらって、もしかしたら送ってくれる
ことにもなるかもしれなくて、そんなしんどい付き合いは・・・
彼に負担を強いるような付き合い方はしたくなかったし、送ってきて
もらってそのまま家に上げずに帰すような10代20代ならいざ知らず
そんなことのできる自分でもなく、付き合っていく中で、今の関係性で
デートの度に家に上がってもらうというのもどうなんだろうと思う
部分もあって、私は電車で現地集合を提案したのだった。

            ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇   
61
" Dutifuly 律儀な "

 
 そんなことを気にしながら、出勤の準備をしていた時
1通のメールが来ていたことに気が付いた。

 時間を見ると日付が変わっての2時頃になってた。

 彼は今日有給でも取っているのだろうか? と思われるような時間帯
からのメール。

 まさかの、お付き合いお断りメールじゃないでしょうね。

 ヤダっ、もう今更わざわざそういうのヤ・メ・テェ~。

 ありっ?・・・りりりっ?

 予想に反してデートのお誘い・・。

 「どいうこと? 」思わず口について出た桂子だった。
 
 前回会って別れた日から2週間も過ぎている。
 まさか小野寺から次のデートの誘いがあるなんて。

 この時の感情と言ったら・・。

 生まれて初めての何とも言えない、微妙で奇妙な不思議な感覚
・・・に、桂子は囚われたのだった。

 戸惑いと小さな混乱、それに嬉しさがmixされた・・そんな風な
感情が彼女の中を吹き抜けていった。

 この時桂子の脳裏には、亀卦川康之との夜のデートの日のことが
鮮明に蘇った。

 馬鹿みたいに律儀な自分の性格が自分を守ってくれたのだ。

 黙っていれば、亀卦川が言い触らしでもしない限り、One Nightの
秘め事のことなんて、まず知世にも小野寺にも知られることはないだろう。

 ・・が、それでもやはり後ろめたさを持たずに交際相手と
向き合えることに、桂子はほっとしたのだった。


2023.6.12          58. 59. 60 ---3話分更新いたしました。

60

" Not Funny 洒落にならない "

  1Fまで亀卦川くんが送ってくれた。
 そして彼はそのまま踵を返したのだった。

 彼はもうすでに部屋を取っていたのかもしれない。
 このホテルで1泊し、明日帰るのかもしれなかった。

 私はその足で、タクシーを拾って帰途についた。

 
        ・・・・・

 私は知世さんの紹介で小野寺さんとしばらくの間交流があった。

 このことがなければ、もし今回のようなシチュエーションに
なっていたら亀卦川くんの奥さんには申し訳なく思いつつも、一緒に
一泊してしまっていたかもしれない。

 大人の男女がいい雰囲気のBarでお酒を飲んでほろ酔い加減で
口説かれちゃったら、、ましてや、一度はそういう仲になってたわけだし
行っちゃうよね? 普通。

 日頃そんな素敵なシチュエーションなんてまずない女にとって
やり過ごすなんて至難の技だわよ。

 私は律儀な自分を褒めてやりたいと思った。

 ・・と共に、ボチボチ知世さんにこの見合いの成り行きを
知らせておかなきゃとも思った。

 良い知らせができなくて申し訳ないけれども。

 翌日は午後からの出勤だった。

 今週中というか、いくら遅くても今月中には知世さんに
報告しないとね。

 下手すると小野寺さんから旦那さん経由で知世さんへ報告、なんてことになったら洒落にならないじゃない。

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

59

 亀卦川くんは、テキーラをオレンジジュースで割ったものに
グレナデンシロップを混ぜたテキーラサンライズという
カクテルをチョイスした。

 情熱的なオレンジ色のカクテルと冷めた感のあるブルーのカクテル。

 今の亀卦川くんと私? ・・ンなわけないか!

 ちらりと下らない妄想を脳内に浮かばせた私だったけれど
妄想でもなかったみたい。 

 カクテルを飲み干す頃に亀卦川くんから口説かれてしまった。

 ここはホテル、すぐに部屋が取れる場所。
 私はフリー。

 だけど・・・まだ知世さんに小野寺さんとのこと、あらましを
報告していない。

 首の皮一枚で完全にフリーとは言えない身で、亀卦川くんと
寄りを戻すようなONE NIGHTはできないよなぁ~と、律儀な
私の性格が頭をもたげる。

 小野寺さんからはっきりと断りの言葉も貰っていない。

 知世さんを裏切るようなことはしたくないという気持ちが
One Nightへの欲望をねじ伏せた。

 自分の中では結構早く結論は出ていた。

 後は断り方だ。
 ピシャリというのは、悪手《あくしゅ》だ。

 「ありがとうゴザイマス...でも今日は体調的に、、その
残念なんですけど・・ごめんなさい」

 「あ、あぁ、いいよ・・いいよ。だいじょうぶ。OK,OK」

こんな遣り取りで甘い夜の時間、シンデレラタイムは
終わってしまった。

          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

58

 どうしたことか!

 ふふーん、今週は石川さんのスケジュールが入って
ないところを見ると、彼女プライベートでどこかへ飛んで
行っちゃったかぁ・・。

 時間潰しの2番手の相手ってところかもしれないけど
遠慮せずに普段行かないような場所でゴージャスな食事を
堪能できるチャンスが与えられたのだ。

 目一杯楽しもうと決めた。誰憚ることのない、ただの食事だ。

 私はディナーデイトの日と翌日、半休を取った。
 そして最初で最後というくらい念入りに装って、今亀卦川くんの
隣にいる・・・。

 バーなんて何年振りだろう。
 そう思ってたら、椅子に座ると同時に声に出して呟いてたみたいで
それをちょうど聞きつけたバーテンダーが親切にどんなものを
選べばいいのか、やさしく教えてくれた。

 カクテルにはロングとショートがあって、長い時間をかけて
飲むようにレシピが作られているのがロングカクテルで
短い時間で飲み切るようにレシピが作られているのがショート
カクテルだと。

 泊りを考えてなかった私にはショートが良かったのかも
しれないけど、度数がロングよりも高めと聞いたので、私は
ロングのバーテンダーお勧めのライチとリキュールの甘さと香
グレープジュースの甘みと酸味がマッチしていて、青い色が
非常に美しく映えるチャイナブレーというカクテルにしてみた。


 2023.6.10           55/56/57/---3話分更新いたしました。

57

" Good Guy いい人"
 

 彼は穏やかでいい人だ。
 
 いきなり見合いの関係を断ち切るような無粋なことはせず
ほどほどに自分に寄り添ってくれたのだ。

 だからこれで彼との交流を最後にと、自宅に招き心の籠った
自分なりの精いっぱいのもてなしをした。

 2週間の間、お礼のメールも来なかった。

 これ以上付き合わない相手に気を持たせないための彼なりの
やさしさかもしれないと私は考えた。

 2度目の週末を迎えて、、これで本当に終りね、、と自分自身に
呟いた。

 Bye Bye 小野寺さん、楽しかった、ありがとー!

 元通り、また異性とは縁のない生活に戻って行くはずの私に
週明け早々、亀卦川くんからお食事のお誘いが待っていたのだ。

 職場でいつものようにいつものメンバーで弁当を食べようと
している時だった。

 メールが届いた。
 見ると亀卦川くんからだった。

 「いつもお弁当作ってくれてありがとう!
  お礼を兼ねて食事をご馳走させてくれないだろうか?
 夕方にね、場所は〇〇ホテルを考えてるので都合の良い日を
教えてください」

 私が彼のほうを見ると、私の視線に気づいた彼が広げた弁当を
頬張りながら、笑顔で私に応えてきた。

 私も周囲に気取られない程度に彼の笑顔に応えた。

                   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 
56

" Invited 誘われる "

 今週の初めに康之からお弁当作りのお礼にと、夜の食事に
誘われた桂子は、水曜の午後からと翌日の午前、半休を取る
ことにした。

 どちらの日も、まるっと有休を取りたいところだったのだが
仕事の都合上取れなかったのだ。康之からはその週のどこか都合の
良い日に、と言われていた。

 石川がその週はバカンスで海外へ行ってしまい、康之は
前々から考えていた案件でもあったことから、桂子を食事に
誘ったのだった。

               ・・・・・

 小野寺は35才だ。
 務め先も安定している。
 収入も平均より多めだろう。
 くいっぱぐれのない技能も持っている。

 35才という年齢も男子なら婚活市場において不利に
なるとも思えない。

 背も高く、整った顔立ちに女性 受けするソフトな雰囲気
を醸している。

 飄々としていて寡黙なところもいい

 何というか・・今の成人男性において特に20代30代に、大人に
なりきれていない所謂子供のようなイメージの強い昨今の日本では
20代の女子からすると小野寺のように年齢的にも雰囲気的にも大人の
匂いのする男子はかなり需要が高いのではないだろうか。

 そんな男性が、特別な美貌を持っているというならいざ知らず、
悪条件の自分などを端から結婚相手になど考えるはずがない。


             ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

55

" An Effort 気合 "

 折角亀卦川くんが誘ってくれたディナーデイトなんだから
今を楽しめばいいんだよ。

 私は自分の言動を肯定して自分を励ました。

 石川さんの代打かもしれないってことも自分は分かっているのだし
だから独り相撲で浮かれているわけではなくて全てを飲み込んでの
今のこの時間で・・・いいじゃない、今夜は最後まで自分を
楽しませてやるって私は思った。

  「ビックリしちゃったよ。
 君の本気の気合の入った姿が見られて今回誘って本当に良かったって
思ってる。
 ほらっ、君はいつもはモデルの僕らのサポート役みたいなもんだろ?

  美しい装い姿なんて見る機会がなかったからさ・・ 今夜の新垣さん
綺麗だよ。 素敵だ! 」

 「あっ、よかったぁ、少しは見直しました?
 もうこんな素敵な場所で亀卦川くんみたいな洗練されたスマートな
男性ひととデートすることなんてないと思うから、、ちょっとね、
頑張って気合入れてみ・ま・し・た」

 「「Hahaha!」」

 「それはそれは、どうもありがとう!」 
 
 


2023.6.7  53/54話  2話更新しました。

54

" For A Change 気分転換 に "

 大勢の人間が行き交う繫華街、神戸三宮、そして
大阪の各エリアなど、友人と繰り出しては映画を観たり
食事をしたりお酒をを飲んだりshoppingをしたりと人並みに
そんな生活をしていた20代の頃、とても仲の良い友人といる
時でさえ、いつも私の心の片隅には楽しめないでいる自分が
いた。

 食事だって家では出ないようなメニューに舌鼓をうち、友人との
語らいも楽しいものだった。

 だけどずっと家から遠く離れた場所にいるという疎外感は
私の中からなくなることはなかった。

 店を出て商店街を歩くと誰も彼も大勢の人々がそこかしこで
行き来している、そんな街を、、場所を、、人々を、、私は
ちっとも愛せなかった。

 十数年の時を越えて、今私は既婚者とはいえ、そんじょそこらには
存在しないような男、亀卦川康之というモデルを横に高級なホテルの
ラウンジに隣接するバーでお酒を飲んでいる。

 今までにないほどのお洒落をした私が彼の横にいる。
 なんでわたしったらこんなに気合いれちゃってんの?

 そう考えると笑いが込み上げてきた。
  バカみたい。

 妻になれるどころか、恋人にだってなれない相手に
気取り過ぎだよ桂子!

 まぁ、そこは自覚してるけどさ、いいじゃない・・たまには
地味な女が気分転換したって。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

53

" Down Grade 見くびる "

  
 新垣桂子のことを心のどこかで俺は見くびっていたのだろうか?
 妙齢を少し過ぎてまだ独身な女性だということで? 

 綺麗な顔立ちなのに地味なオーラを身に纏っているということで?
 堅実で快活、それでいてたおやかな生き方をしている彼女を?
 
 そう、俺は自分の知らなかった彼女のテリトリーに触れて
動揺しているのだ。

 彼女と夜の街。

 夜の街にいる彼女を想像したことがなく、自分の知っている美しさ
とは別の美しさを纏い、夜の街、レストラン、バー、ホテル・・慣れた
所作でひとりの男と向かい合っていた彼女に俺は度肝を抜かれたのだ。

 夜の街に繰り出し、ダンディーな男とスマートに大人の時間を
過ごすことのできる女性に対して、今までのようにデモデモダッテちゃんを
していては、本当に彼女との縁を失くしてしまうかもしれないと
この夜俺は本気で焦ったのだった。

 そう、もしかしたら他の男に彼女を盗られるかもしれないという
恐怖に襲われた。

 俺は桂子さんへメールをした。
 先日のお礼と次の休日会えませんか、と。

 たったこれだけの連絡を自分からできなかった俺に足りなかった
ものの正体に気付いた。

 それは・・恋愛につきものの必須な
 Passion!

 そんなつもりはなかったけれど、どこかで桂子さんに悪い虫が
付くなんて欠片も想像してなかったということにも気付いた。

 ははっ、俺も大概だわ。
 ほんと失礼なヤツだな。

 そして思ってた以上に、彼女と生涯を共に歩いて行けたらと
望んでいる自分の気持ちにも改めて気付かされることとなった。

 夜のホテルのレストランで桂子さんとデートしていた男に
彼女を盗られたくないと強く思った。


2023.6.5  51/52話  2話更新しました。

52

" Uncharted Territory 未知の領域 "

  「いやマジ。
 俺はデートなんて自分から計画して誘ったことがないから未知の領域だ。
 頼む、教えてくれ、誘い方を」

  「デートに誘えない相手とどうやって知り合ったんだよぉ」

  「紹介。会社の先輩とその人の奥さんからの紹介で見合いしたんだよ」

  「へぇ~! 兄さん、彼女いなかったんだ。
 珍しいこともあるもんだ」

  「そんなことより、早く教えろ! 」

  「えーっ、どうしようっかな」

  「お願いします、教えてください」

  「そんなの簡単だよ。連絡して次の休み会わない? って言えば
いいだけじゃん」

  「はぁーっ、おまっ・・小中学生じゃないんだぜ、そんなんで・・」

 「そんだけでいいんだよ。
 話してるうちにどこ行くかなんて決まるよ。
 いくら聞かれても俺はそうだったし、だいたいさ、奥さんの行きたい
所へ行ってたからほとんど自分で決めたことなかったんだ。

 だからこれ以上聞かれても無理。
 あぁ、この間はお祝い、ありがとう。ンじゃ」

 もうメールしてくんな全開の返信メールが一平から届いた。
 まぁ、幼児と乳児のいる家だから今頃夫婦揃って大変なんだろう。

 弟の言うことは一理あるな。
 会いたい、この一言につきるわけだからな。

 なんだか弟を見直した夜だった。
 俺、、馬鹿すぐるー。ガクッ。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

51

" Bother 気になる "

 なんかどうやって自宅に帰ったのか、店を出てからずっと
心ここにあらず状態だった俺は、気が付くと自宅のドアノブを
回しているところだった。

 はぁ~、女は化けるとはよく言ったものだ。
 あれから彼らが隣接しているバーへ行ったのは想像に難くない。

 しかし、その後のことは考えたくなかった。

 そんな最悪のことを考える暇があるなら・・同じ時間ならば
前向きなことに時間を掛けようと俺は思った。

 家に招待されておきながら、礼のひとつもその後フォローを
入れていない。

 もちろん、帰る際に礼は述べているが。

 桂子のほうではもう自分との縁もこれまでと思っているかも
しれない。

 そう思うとこれまで以上に焦りを感じる水曜日の夜の小野寺であった。

 俺は弟の一平に1通のメールを送った。

 「嫁さんと付き合ってた頃、どんな風にデートに誘ったんだ? 」

 「あの、ふざけてんの? 今飲んでる? 」
 と一平からすぐに返信があった。

 弟の一平からしてみれば昔からさほどモテない自分と違い
小学生の頃からバレンタインの日には何人もの女子たちから
本命チョコを貰い、ほとんど自分の知ってる限りいつも彼女のいた
兄、尊のこと、デートなんて自分の何倍、何十倍も経験しているはずで
ふざけてるとしか思えないのも仕方のないことだった。 


2023.6.3   49/50話  2話更新しました。
50

" Getting A Shock ドキリ "

 
 ナチュラルなショートは毛先が洒落っぽく跳ねており、前髪も
斜め横に流してあり、とてもキュートに見える。

 夜の街に合わせたように綺麗にはっきりと色濃くメイクされた
いつもとは全然違って見えるパールがかった顔、衿ぐり広めの
ワンピースに身を包んだ彼女の鎖骨のラインがやけに艶めかしく
見えて、ドキリとさせられた。

 ワンピースのスカート部分はもう一枚シースルーの薄い生地で
できたスカートが上から付いていてフワッと広がっている。

 これは、トイレだろうか? 彼女が席を立った時にそれは見えた。
 腕にはブレスレット、イヤリングもしているのが見てとれた。
 
相手の男は一瞬見ただけで、あとは後ろ姿が見えるだけだが
その辺の一般の男とは違った異質のオーラーが放たれていた。

 だがそんな女性に慣れていそうな男性を前に彼女は堂々と
しており、落ち着いて会話と食事を楽しんでいるふうだったのだ。

 かなり近い席だし、こんなところでしかもこちらはひとり
気まずい。

 桂子さんに気付かれる前に退散しなければと思った俺は
そっとレジのカウンターに再び向かった。 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

49

" Dress Upドレスアップ "

 支払いを済ませようとレジのところまで来たところで
見知った人物が少し離れて目の前を通り過ぎて行った。

 気になって支払いどころではなくなった。
 俺はまた元の座っていた席に戻ることにした。

 良かった、まだorderしていた皿やコップが下げられずに
ある。

 つまみもビールも残さず席を立っていたので残ってなくても
しようがなかったのだが、とにかく俺は元いた場所にひとまず
座った。

 正確には辰野が座っていた席に。

 俺の座っていた席からだと見えにくく、彼らがとっとと
場所を決めてくれたお蔭で、最初から辰野の座っていた席と
決めて戻ることができた。

 彼らが決めたテーブル席は右側の席をひとつ挟んだ斜め前
の席で表情まで分かる距離だった。

 男女のカップルで女性のほうは紛れもなく桂子さんだった。
 俺の中で・・ホテルのレストランでドレスアップして食事する
彼女なんて想像すらできなかった。

 このホテルはレストランに隣接しているバーが設けられている。
 カップルで来ているなら、バー、そして上の階のホテルという
流れはおかしくない。

 ざっくばらんでいつもジーンズやパンツルックしか見慣れて
なかった俺はかなり驚いた。

 本人だと分かるものの、別人のように見えた。


2023.6.1
47/48話  2話更新しました。

48

"My Friend's Happy Marriage. 友人の結婚 "

 その後、桂子のほうからも梨の礫《なしのつぶて》で、モヤモヤ
過ごしているうちに会えるはずの週末を2回もやり過ごしてしまった。

 あぁ~流れからいうと、連絡しないといけないのは俺だよなぁ~。
 俺って案外ヘタレだったんだと思い知らされた。

 そうこうウダウダしているうちに、週の真ん中に差し掛かっていた
時のこと。

 実はその前日、大学時代の友人から連絡があり、会社帰りに
待ち合わせをして飲みに行くことになっていた。

 結婚の報告だった。

 語るは語るは・・幸せな婚約者とのLoveLove振りを聞かされ
俺は心中複雑な思いで友人の話を聞いていた。

 彼女いない歴の長かった辰野のHappy Marriage.

「良かったな、辰野・・おめでとう!」

 「おう、ありがと」

 ほんとに報告だけでヤツは帰って行った。
 今夜も彼女とSkypeでビデオ通話するんだと。

 見送りながら、まだ俺と桂子さんはそんな通話できるほどの
距離感はない? か・・・。

 今夜辰野とは久しぶりに会うのだし積もる話もあるだろうと
思い、その辺の居酒屋ではなくホテルのレストランに来ていた。

 まぁ、ゆったりと話せてよかったけど周りの静かな喧騒に包まれて
独り取り残されてみれば・・ふと我に返った俺はとっとと帰る
ことにした。

               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

47

" That's Difficult. 大変だぁ~ "

 結局、金曜日仕事を終えて家に帰り食事を摂り、寝る時間を
迎えても、桂子からは自分に宛ててのメールも電話もなかった。

 小野寺は力なく肩を落とし、ベッドの淵に座り込んだ。

こうなったら、以前行った釣り場に行ってみるか。
 そう決めると小野寺は上手く会えそうな気がしてきて
安らかな眠りにつけたのだった。

 翌朝早起きをして川に行ってみたが、そこに桂子の姿は
なかった。しばらく待ってみたが彼女は現れなかった。

 あー、海のほうだったかな! こりゃあ場所を外してしまったかな!

 またもや失速して元気を失くした小野寺は思う。
 彼女は家に招待はしてくれたものの、あくまでも緒方夫婦に
気を使っての社交辞令なのかもしれないな、と。

 自分に対してそれほどの熱心な恋心は持てなかったのかもしれない。

 じゃあ、自分はどうなのだろうか?
 数回会っただけだけど、いろいろなことが新鮮で彼女のような
女性と結婚したら穏やかで幸せな日々が送れそうな気がする。

 それなのに、自分からは積極的に動けず足踏みばかりしている
自分が嫌になる小野寺だった。

 見合いって結構大変なんだなぁ~。

 桂子との結婚に不満はない・・どころかHappy Lifeの予感しかない。

 しかしどうしたことか、どうしてもこちらからアクションが
とれないでいた。

 あー、俺はどうしてしまったのだろう!!


2023.5.28
46

" Understand 腑に落ちる "

 今まで付き合ってきた彼女たちはこちらから連絡を取らなければと
考える必要がなかった。

 メールなどは毎日、いや日に数回は当たり前にあった。
 ・・なので、今までとは勝手の違う桂子との遣り取りは手探りも
いいところだった。

 連絡をして何をどう誘えばいいのか(彼女が喜んでくれるのかも)
考え過ぎるのがよくないのか分からず、ちゃんと相手に向き合わなければ
とか、結婚前提の交際を申し込むとか、考えれば考えるほどに
小野寺は迷路に迷い込む心地になっていくのだった。

 恋愛経験も、というより恋愛経験しかない小野寺にとって半年どころか
3ヶ月も・・月日ではなく、ふたりの関係を紡ぐ時間が圧倒的に
少ない段階で、結婚を前提にという言葉はどうにもこうにも違和感が
あり、もちろん相手に好意もあり誠実に向き合っているつもりだが
それとこれは別で、腑に落ちるものではなかった。

 またお互い面識すらなかった自分たちの出会いは人を介しての
紹介という名の見合いのようなもので、よくよく考えてみると、彼女の
ほうも自分のほうも自ら相手を熱望して紹介者に頼んだものではない。

 そうやっていろいろ考えているうちに小野寺には見えてくるものが
あった。

 桂子の気持ちが自分にどれくらい向いているのかが分からずに
いるから、きっと自分は積極的になれないのかもしれないと。

 知らず知らず、そっかーと、手を叩いていた小野寺だった。


2023.5.25
44/45話  2話更新しました。

45

" Low Expectations 甘い(淡い)期待 "

  仕事柄っていうのもあるけれど、ちゃんとミシンがあって
簡単な洋服は毎年作るっていう話も聞いた。

 確か緒方さんの奥さんが言ってたように記憶してるけど
彼女はお昼はほとんど毎日お弁当を作って持って行ってる
とか。

 そんなあれこれを脳がグルグルと考え巡らせているうちに
俺はいつしか眠っていたようだった。

 翌朝目覚めてハタと気付いた。

 幸せなひとときを過ごし、楽し楽しと帰って来たのはいいが
恋人同士のような甘い雰囲気にはできなかったと、反省しなければ
いけないのか? のか? のか?

 だいたいいつも相手からの押せ押せの交際が多かった為、こちらが
段取りなどする必要のない恋愛ばかりしてきており、この交際を
どんな風に進めていいのやら戸惑ってる自分がいる。

 そしてまた彼女もそんな甘い雰囲気で自分に向かってきてはいない
・・と思えた。

 甘い恋人同士の雰囲気を作るにはどうすればいいのか?

 どこぞのゴージャスな店に予約を入れて食事に誘えばいいのか?
 ダメだ、女性と付き合うのに嘗てこんなに悩んだことがあっただろうか。

 その日一日、小野寺は次の一手に頭を悩ませたのだった。

 メールなり電話なりで先日の礼を告げ次の約束をと思いつつも
週末までにはまた彼女のほうから何かしらアクションがあるかもとの
甘い期待も有りで、気が付くと金曜日を迎えてしまっていた。


       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


44

" An Enjoyable Day 楽しかった 2 "
 

 気持ちは晴れ晴れとしている。
 予想以上に来訪者が楽し気で幸せそうな顔をして帰って行ったから。

 人を喜ばすことができると、自分も幸せな気持ちになれるんだ。
 そんな風に改めて実感した。

 さてと、今夜は入浴してストレッチして寝よ!

    ・・・・・

 俺は桂子さんの家を出てから自宅に帰るまでの車の中、そして
家で眠りにつくまでずっと幸せだった。

 彼女と過ごしたディナー。
 彼女は俺がこれまで付き合ってきたこれまでの彼女たちとは
一味も二味も違っている。

 歴代の彼女たちは、どこそこのお店のナントカというお料理が
美味しいのよと言い、いろいろな店を探してきては行きたがった。

 どの彼女も目いっぱいドレスアップしてデートの場所に
現れたものだ。 

 そして俺の家《うち》には来たがったけれど自分の家に招待して
くれた子はほとんどいなかった気がする。

 車で家の前まで送ったことはあるけどね。

 まぁ皆ンな自宅住まいで桂子さんのように自立してはなかったから
その辺は比べると酷かもしれないけど。

 趣味は釣りと家庭菜園、洋服も縫えて・・生活全般において
手作り派。

 前回一緒に釣りをした折にチラっと聞いた話だが、車の中もいろいろと
収納しやすくしたり、身体を横にして寝られるように工夫をしてボード
を付けたりと、DIYもこなすらしい。


2023.5.23

43

" An Enjoyable Day 楽しかった "

 「いえいえそんなに何も大したものはお出ししてませんから。
 でも喜んでもらえて良かったです。私も赤ちゃんの話題で
自分の感じた気持ちを共有できるとは思ってなくて楽しかったです」

 産まれてすぐのBabyの顔が小さいという共通の話題でほっこりし
ピザを窯で焼くところやその味を堪能し、そしてクリームソーダを
作るのを面白がり喜んだ彼は、帰って行った。

 艶めいた雰囲気には1mmもならなかったけれど、ホント今日は
私も楽しかったなぁー。

 彼は35才という年の割にすれてない人だなって思う。
 いい人だなぁって思う。

 だけど・・

  次はもう誘うことはしない、

 と私は決めていた。

 結婚の意志もないのにこれ以上付き合いを続けてもきっとロクな
ことにはならない、そう思うから。

 楽しくてキレイな思い出のまま・・。

 庭に出て、気を付けてね、と彼を見送り、走り去るテールランプの
灯りを見ながら

  「Bye bye! Some day,see you again! いつかどこかでまたね。
I don't think I'll see you anymore. もう会うこともないと思うけれども」

  「ンと、楽しかったなぁ~。人とこんなふうに楽しい時間を
過ごしたのは何年振りだろう」

 亀卦川と会った後は少し苦しかった。
 そして小野寺と今日会った後・・今は少し寂しい。
 だけど苦しさはなかった。


2023.5.22       2話更新しました。
41.42

42

" Ice Cream Float クリームソーダ "

 「ですよね、姉の子の時もそうでした。
 昔と違って今のご時世きょうだいも少なくなってきてるしそんな中
赤ちゃんや小さな女の子が身近にいて触れ合えるってすごいことだと思うわ。

 小野寺さん、ラッキーですね、私もだけど。
 何だかこういうほんわかした話題で盛り上がれてうれしい。

 これでビールがあれば最高なんだけど、ごめんなさい」

 「いえ、車だから仕方ないです。気にしないで」

 「エヘン、それでですね、今日は小野寺さんと一緒に
ノンアルコールのメロンクリームソーダを作ろうかと思って
準備してます」

 「それはそれは・・美味しそうだな。ではっ、早速作りましょう」

 私と小野寺さんはそれぞれのコップにクリームソーダを入れ私が
準備していたハーゲンダッツのアイスを入れ、〆に🍒サクランボを添えた。
 
 「なんか・・店に出てる クリームソーダが簡単にできましたね」

 「ええ、私、昨年の夏にYoutubeに出てる小さな女の子がお姉さんと
一緒に作ってるのを見て、それから嵌って時々飲んでるんですよ。
 甘いソーダに甘いハーゲンダッツ、めちゃくちゃカロリー高そう
ですけどね」

 「でも時々はこういうのもいいんじゃないですか。美味しくて最高!
 ほんと今日はご馳走になってばかりで、ありがとうございます。
 ほんと楽しかったです。

 何もかも手作りで、お家でのまったり感があって・・。
 今日は招待していただいてありがとうございました」

            ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

41

" Experience 経験 "

 
 「俺・・あぁ、、っと出会ったば かりで気安過ぎるかもしれませんが
これからは俺でいかせてください」

 「大丈夫、ふふっ、オレでどうぞ」

 「俺、弟ン家の下の赤ん坊を一度生後2週間目の頃に
弟嫁の実家で見せてもらったことがあって、その時あまりの頭って
いうか、顔の小ささに驚いたんだよね。

 1人でいる時に見るとそうでもないんだけど、上の女の子が下の子の側に
来て並ぶと、そりゃあもう顕著に分かるっていうか、別々に見ると
ふたりともそれぞれの大きさに違和感を感じないのに、ふたり並ばせて
見ると、上の子の顔がすごく大きく見えて。

 だからそれだけ赤ン坊の顔が小さいってことなんだろうなぁ」

 「小野寺さん、実は今わたし、そのお話聞いて少し驚いてます。
それってちょうど私も姉の子で経験してるので。うちの姉の場合は
子供が3人いてちょうど上の子と3人めの長男が4才違いなの。私も
同じように思ったのを覚えてます」

 「へぇ~、奇遇ですねっていうか、こんな話を共有できる人に
出会えるとは・・ハハっ」

 「それで100日目のお祝いの日はどんな感じでしたか?」

 「流石に100日も経つと赤ん坊もプクプクしちゃって、以前のような
違和感はなかったです」


2023.5.20     3話(38.39.40)更新しました。(^^)/
38.39.40

40

" A Pizza ピザ "

 本当はここは冷えたビールが正解なんだけど、車で帰る人に
そういうわけにもいかないじゃない?

 だけどどうだろう?

 これが亀卦川くんだったら、きっとカルピスはないな。フっ。

 「今からお手製のブロックを積み上げて作ったピザ窯で
ピザ焼きますけど、見ます? 」

 「あ、ぜひ見たいです」

 そう言うと俺は、ピザ窯が見える和室に付いてる縁側に
案内された。ちゃんと椅子と座布団が用意されていた。

 冷たい飲み物で喉を潤し、気持ちのよい縁側で深々と座る。

 そして粗方準備していたピザを窯に入れる様子を、ただ
見ているだけ。美味しく仕上がったピザを想像しながら。

 ・・じゃイカンね。

 「桂子さん、お皿とかコップとか手伝いますよ、どうしたらいいか
言ってください」

 「ふふ、助かります。そう言っていただけて」

 そんな風に私に言ってきた小野寺さん、、の私が勝手につけてる
だけなんだけども、ポイントが増えた。

 彼から手伝いますと言われる前は、ちっとも手伝ってもらうことなんて
考えてもなかったのに、私ったら現金だ。

 やさしくて気が利く彼と結婚する未来の花嫁さんは幸せ者だなぁ~
うらやばしっ(羨ましい~)、なんて思ってしまった。

 私たちは一緒にお皿とお箸そしてコップをテーブルに並べた。
 ドリンクは甘くないアイスティーにした。

 ピザができると縁側で座って見ていた小野寺さんにお皿を持っててもらってピザを乗せ、ダイニングキッチンまで運んでもらった。

 大判サイズにしていたので1/3を自分のお皿に、2/3を小野寺さんのお皿に
移した。私たちは涼しいクーラーに当たりながらハフハフ言いながら
ピザを食べた。小野寺さんの弟さんの子供の話を聞きながら。

                   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

39

" Calpis カルピス "

 今回小野寺に旬の採れたての野菜を食べてもらいたくて
家に招待した自分。

 やっぱり今回も初めは単純に美味しいと喜んでくれた小野寺に
手料理を食べてもらいと思ったのだ。正式に交際を申し込まれても
いないし、自分的には友達付き合いで終わるだろうとも思っている。

 だからこそ、媚びて結婚を進める為になどという理由付けつを
除外して考えているからこそ、気軽に誘えたのだ。

 けれど、亀卦川とのことが災いして、その日が近づくにつれ
桂子は自分の気持ちを覗き込むことが増えていった。

 そしてそんな自分を俗物過ぎて嫌悪したり、過ごすうち・・
2週間ぶりに小野寺と会う日がやってきた。

       ・・・・・

  懐かしい人に会う気分でその日、桂子さんの家《うち》へと
車を走らせた。

 俺が庭に車を駐車して車から降りると、俺の目の前に笑顔で
彼女が立っていた。

 訪問者を心待ちにしていたような振舞に、少し俺は胸熱になる。

 「こんにちは、お言葉に甘えておじゃまします」

 「こんにちは、運転で疲れたでしょ? すぐにお夕飯の支度に
取り掛かりますね」

 部屋に通されると、懐かしの白色のカルピスが出された。

 
 「子供の飲み物ですけど、暑い日にはいいかなって・・」

 『いただきます』と言って、俺はすぐに口をつけた。

 「あー、久しぶりに飲みましたけど、おいしいっすよ」

 「でしょ? 」

 
 甘いのどうかなって思ったけれどほんとに気持ちのいい飲みっぷりで
安心した。

 子供のいる世帯でもあるまいし、カルピスなんてって
思わなくもなかったんだけど。

                    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

38

" Her Innocent Feelings 純粋な気持ち "

 小野寺さんに思い切ってディナーのご招待をしてみた。

 次の週末は都合がつかないので、その次の週末に伺います、
とのことだった。

 次の約束を何もしないで帰って行った彼はやはり予定が
詰ってたんだ、と桂子は予測が当たっていたことを知る。

 ドリンクはどうしよう・・ふと桂子は思った。

 亀卦川が桂子の家に来る時は、いつも公共の交通機関を使って
いた。 会社帰りに来たり休日に来たり。

 だけど彼は一度も車で来ることはしなかったと、桂子は
当時のことを振り返った。

 彼の目的は、食事と酒と桂子、3セットになっていた。

 亀卦川は初めて来訪した日から酒の力を借りていとも簡単に
桂子と深い関係に持ち込んだ。

 近い距離感にドキドキさせられ、迷う暇もなくふたりは
身体の関係へと流されていった。

 亀卦川という男は色ごとにかけては、経験値が高いからか
ことを進めるのが上手かった。

 女の家に招かれて食事と酒を振舞われる時点で、彼視点で
見れば、据え膳の何物でもないのだろう。

 
 桂子は亀卦川が石川と付き合っているのを聞いて熱が冷めた
後、彼から見ればまさに自分は据え膳に名乗りを上げた痛い女に
なっていたのではなかったかと、きつい気持ちに囚われたりもした。

 あの時の桂子に全く下心がなかったかと問われれば,否とは
言い切れなかったが、トキメキ感に酔ってはいたものの、まさか
身体の関係になるとまでは考えていなかった。

 美味しいものを食べてもらいたい、奥さんが病気のせいで
不自由している彼を労ってあげたいという純粋な気持ちからの
好意以外の何ものでもなかったのだ。


2023.5.17
37

" A Promise 約束 "

 小野寺は次の週末、仕事が入ったのと実家に帰る用事が
重なり8月に入らないと予定が入れられない状況にあった。

 弟のところの第2子の100日目のお食い初めで実家の両親から
呼ばれていたのだった。

 上手くいかない恋愛に凝り、もうしばらくは独身のまま過ごす
つもりの小野寺だったのだが、桂子と見合いしたことではじめて
自分も子を持つ親になるかもしれないと思うと、弟のところのふたりの
子供たちを見る目が今までとは違う自分を感じるのだった。

 あまり先の約束をして帰るのも、ボツになった時のことを考えると
興覚めなので敢えて約束をせず帰途についた俺に、桂子さんから
彼女の家でのディナーの提案があって、俺は少々驚いた。

 それは、誘われた内容と、誘われて嬉しがってる自分の気持ちと
ふたつのことに対する驚きだった。

 『行かせていただきます』と返信すると

 『畑で採れた野菜を使い、何かおいしいものを作ろうかと。
腕によりをかけてお待ちしています』
とすぐに返信メールが返ってきた。

 新鮮な野菜かぁ・・楽しみだ。


2023.5.16
36

" A Small Tomato プチトマト "

 久しぶりに持参した知世が持たせてくれた弁当を開けて
さて食べようとプチトマトを口に入れようとしていた時だった。

 外へいつものように食べに出ようとした小野寺が通りすがりに
俺に言った。

 「今のプチトマト、旬で取り立てて゛おいしいっすよね」
と、ルンルンの軽やかな足取りで出て行ったのだった。

 はて? 今まで奴とは春夏秋冬を一緒に何度か過ごしてきているが
プチトマト? こんな風に食のことなんて話しかけてきたことなど
皆無のヤツが・・。

 プチトマトとかけて、その心は?

 さっぱり分からん俺だが、ヤツの様子から新垣桂子との付き合いは
まだぶっつりと切れてはいないのかも(続いているのかも)しれないと感じた。

 俺の本音としては自分のことは棚に上げ、小野寺が新垣桂子と
上手くいけばいいのか、すっぱり止めて新たにヤツより若い
年下の女性と縁があればいいと考えているのか・・紹介しておきながら
100%応援できない自分の胸の内に気が付いていた。

 ふたりを合わせ紹介した日から妻の知世はふたりの前で話した
通り、完全に彼らに任せたようで、俺にも一切彼らの話を
振ってくることはなかったので、俺のほうも口を噤んでいるような
状況だった。

     ・・・・・
 
 (一方)桂子は、次の約束もなく、連絡します、の一言も残して
いかなかった小野寺に翌週の週末、自宅でのディナーに彼を
招待することにした。

 美味しいと言ってくれた彼に、プチトマトの入ったピザを
振舞いたかったから。

 そして、また彼の放つ旨い、美味しい、という言葉が聞けたら
次の1週間パワーをもらい、それをよすがに自分はまた、元気に
過ごすことができそうだと思った、、から。



2023.5.15              34~35話と2話更新しました。 下からどうぞ。☆彡
35

" Home Garden 家庭菜園 "

 
 「そう言っていただけると助かります。
  ところで私、、家庭菜園もしてるんですよ」

 「へぇ~」

 「あっそうだ、ちょっと待ってて・・」

 話してる間にプチトマトを小野寺さんにも食べてもらおうと
閃いちゃって、私はLivingから庭に出て、畑からプチトマトを6ケほど
もぎ、それをキッチンで洗って彼に出した。

 「よろしかったらどうぞ、取れたてのトマト美味しいんですよ」

 「どれどれ、それでは・・。う~ん、旨い、美味しい」

 「でしょ? 」

このLiving Roomにいた間中、ずっと小野寺さんは
にこやかな表情をしていた。

 後は、私の家庭菜園の話をしつつ、畑に彼を案内したりして
そのまま庭に停めてあった車に乗って彼は帰って行った。

 庭にもLiving Roomにも彼の残していった痕跡がしばらく
留まっていて、そこかしこが暖かいもので溢れているような心地で
私は眠りにつくまでその余韻を味わった。

 『今日の楽しかった時間を与えられたことに感謝します。
 おやすみなさい』



34

" Shaking 震え"

 「いただきます」
 砂糖も用意されていたが俺はミルクだけを入れノンシュガー
で飲んだ。
 「はぁー、旨いっ。ほっとしますね、ホット飲むと」

 「よかった。小野寺さん、私、、実は・・」

 「はい? 」

 「法事なんかで出すお茶出しとか、お客様に出すお茶出しとか
まぁ、今回のような・・駄目なんです」

 「・・? 」

 「手が震えるんです」
 
 「・・? 」

 「相手が異性同性関係なく、友人知人関係なく、お盆からお相手の
前へ茶托ないし、カップの乗ったお皿を移動させる時、ものすごーく
手が震えてしまうので、それで今回もお客様の小野寺さんを使って
しまいました。ごめんなさい」

 こんな話をしたりして、絶対引くよねー!
 尋常な緊張の仕方じゃないもの。

 「分かりました、大丈夫ですよ。ティーセットを乗せたお盆は
これからも僕が運びますから」

 そうにこやかに小野寺さんは普通に返してくれた。

 はぁ~しかし私ったら、ペラペラ余計なことをしゃべり過ぎ。
 100ポイン中、これで確実に50ポイントはマイナスよね、ガクリ。

 しかし、今後に期待の持てる人は嘆くところなんだけども
ねぇ、私の場合あんまり関係ないしっと、気になるけど
気にしない、、気にしないっと。


2023.5.13
33

" Two Cups Of Coffee コーヒー "

 「桂子さん、いろいろと複雑な気持ちを抱えて子供時代を
やり過ごしてきたんですね。それじゃぁさぞかし、しんどかった
でしょ」

 「ええ、かなり。しんどかったです」

 「だけど今はこんな素敵なお城に住んでて、仕事もあって
充実しているように見えます。話を聞いて、子供時代の淋しかった
桂子さんのところに行って慰めてあげたいって思いました」

 「わぁ~、ほんとですか、ありがとうございます。ほんとにあの頃
慰めてくれる人がいたらどんなに良かったかって思います。
 小野寺さんって優しい人なんですね」

 「ははっ、否定はしません。取り柄はそれくらいしかないので」

 そこまで話したところで、キッチンカウンターの向こう側でお茶の
用意をしていた彼女からコーヒーが入りました、と声が掛かった。

 「すみません、コーヒーセット、テーブルまで運んでいただいても
いいでしょうか? 」

俺がキッチンカウンターまで取りに行きテーブルに乗せると
彼女もこちらに来てソファに腰掛けた。

 「すみません、お客様をこき使ってしまって」

 「これしき、大丈夫ですよ」

 俺は二人分のコーヒーカップセットをお盆から取り出して
各々の前に置いた。

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