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熱い時間へダイブする。@『永遠の時間 Part 2』   料理教室森田

料理教室森田が好きすぎて『永遠の時間 Part 2』へ参加。

そこにいらっしゃる 後藤典子先生 森田久美先生 kaiさん。
好きすぎる3人が織りなす時間に、面白いんだけど、楽しいんだけど
どこか切なくて、胸が熱くなって、涙が溢れてきた。 

必死にそれを拭いながら永遠の時間ににダイブ。
そしてハッとする事の連続、「?」の連続、それでも自分の中に起こる何かを手繰る。
自分の中に、何かがあることを本当は知っているのかもしれない。

言葉遊びが織りなす世界は、私の世界と混じり合う。

これから一緒に時間を共有するであろう アナタ との時間に注ぐ
私の視点に改革が起こり始める。

どこそこにあった些細な違和感が少しずつ解け始める。

定める視点は、決定打でも何でもない。
常に動きうるもの、常に私の目の前に差し出されるものへの私自身の視点や視野や捉え方が問われている。

正解なんなぞあるわけがない。

その都度探り、その都度楽しむ、その都度面白がる。
そういう視点を持つんだよということを言われている気がした。

目線を上げる。
他者との違いが当たり前で、意識すらする必要もない。
ただそこにあり、ただともにある時間を互いに差し出し合い、ランデブーするの。

私が、母として関わるにあたり。
私が、星詠みやkanaiを提供するにあたり。
私が、ワタシとして『世界』と関わるにあたり。

心に留めておきたいことが浮かび上がってくる。
大切にしたいものがまた新たに現れ始める。

きっと私が見る世界は、誰かの見る世界とランデブーしてくれる。
きっと私が感じる世界は、面白がれる。

いや、既に面白いではないか。

年齢を重ねていくことが、面白すぎる。
その時、その瞬間にしかない 世界が そこ、ここに、存在している。

何かを外に求めすぎてはいないだろうか。
自分には何もないなんて思いすぎてはいないだろうか。
正解や不正解で物事全てを判断してはいないだろうか。

『自分の中に全てはある』という言葉が、全く理解できなかったけど。
今なら、視点を変えることができる。

マジであるんだよ。

『自分の中に全てはある』を、私の世界を通して伝えられる何かがある。
差し出すことのできる『私の世界』がそこにはある。
押しつけではなく、その瞬間を作り出すことに面白がれる自分がいる。

自分の感覚を伸ばしまくることの意味が少しずつだけれど、実感できる私がいる。
2021年12月。

来年はどんな年になるだろう。

まだまだ、死ぬまで私の視点や視野や感覚は変化する。

楽しもう。どこまでも。

関わろう。『世界』と。


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