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2022/08/24 親の死んだ歳、親が死んだ時の自分の歳

 今年は珍しく、朝から覚えていた。実母の祥月命日。特に感慨はない。一番思うところあったのは実母の亡くなった歳を超えた時。二番目は息子1が、私が母を失った年を超えた年。去年。

 以前、中井貴一さんがどこかのインタビュー番組で、父親の亡くなった時の歳を超えるまで複雑だった、と言っていた時に、やっぱり敏感になるんだなあ、親とはいえ別人なのに、と他人事として思ったものだけど、やはり自分のこととなれば話は変わる。

 「子を私にしない」を子どもたちに接する上でのモットーとしてやってきた。私の中学時代は荒れた。私は当時のツッパリのようにわかりやすく荒れず、服装や行動で校則違反をし、暴力を振るう先生を殴り、夜遊びをし、不良や上級生の呼び出しは殴り返し、音楽と文学に傾倒していた。出席日数もギリギリ。

 こうなった原因は、まず特殊な家族事情とか、家の人々の無視と放任の履き違えとか、その割の過干渉とか宗教とか、実母の入院でそれどころじゃなくなっちゃって監視の外れた私がぶち上がった…とか色々。私も含め周囲の全員の限界だったと思っている。

 子が生まれた時、私は愕然とした。このぐにゃぐにゃで何も出来ないまっさらな人はどうやったらまともに育つのか、と思った。私もひどいが私の血縁はみんな育ちがボロボロで、まともなロールモデルがない。なにもない。

 結局客観の目を失わず、私の子供時代の問題点を押さえて、「子を私にしない」ことしか出来ない、と思った。そうなってはじめて、ああ、この人たちの大人に向かう道筋が見えるまでは死ねんわ、と思った次第。で、冒頭の母の死んだ歳や死んだ時の私の歳に息子がなる年が気になってしようがなくなった。

 いつのまにか、どの年もかなり前に超えてしまった。超えてみたら大したことなかった。この頃はもう、なんか長い余生を行きているような心地もする。

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 オットも子も休み。夏休み終わりなので、なにか食事でも、ということで、子の好きなびっくりドンキーへ。

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 私はやはり、卵。エッグさいこう。しかしハンバーグをバーグと呼ぶ文化、なんかものすごく嫌。なぜかはわからないけれど、すごく嫌。キャロットをひらがなで「きゃろっと」と書くぐらい嫌。なぜ「ハン」を略す。
 こういう言葉の好き嫌いはどこで身につくのだろう。「きゃろっと」は明確に小6の時点で受け付けなかった。不思議だ。

 隣のリフォーム、だんだん終わりに。うちとの間にちょうど長いものをおける隙間があるからか、塗装屋さんが隣とうちにまたがせてはしごやら足場を置いていく。秋に土壌改良するつもりの場所だし、隣とうちの間がとても狭いので良しにしてきたけれどあまりに図々しい。なんならうちの方に長めに入っている。ということで、しれっとほぼ隣の敷地に置き直しておく。丁寧に、自然に。なんならこの方が良い感じに。正面から文句言うのも面倒だし、口も聞きとうない。それに言うなら徹底的に勝つまでやらないと気がすまないのでこれでよし。

 晩飯にシンガポールチキンライスを、と鶏胸肉を取り出したら静かに、腐っていた。信じられない。冷蔵庫の冷えがまずいのかも。うち、家電が壊れないので使い続けてきたけれど、異変かも。冷蔵庫は息子1が1歳の時に鹿児島で買って、それ以降の引っ越しにも耐えてきたもの。

 鶏ももを豚こまに変えてもだめ。あれはやはり、鶏ももだから旨い料理。ともあれ料理の体裁にはなったので、シンガポールポークライスと味噌汁(大根・玉ねぎ・かいわれ大根・豆腐。仙台の味噌)、ちくわきゅうり。

 夜大雨。降り出したと思ったらビカビカゴロゴロして、近所に落ちまくる。内2回、家が揺れた。ブラインドの紐が震えるのを目撃。実家の納骨堂には2度落ちて、電化製品が全部やられたけれど、震えたのは始めて見た。

 寝る前に命日って英語でなんだろう? デスアニバーサリー? ピンとこんなーと調べるとそれで良かった。death anniversaryとか、anniversary of the death でいいとgoogleは言う。英語のあけすけさ。命日はいい言葉だ。


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