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スランプを逆に楽しむ考え方

 安倍です。また、YouTube動画の原稿です。動画はこちらです。髪がボサボサですみません。身なりも大事だなと反省しております。

と、言うわけで、スランプに対する考え方です。

以前お絵描き配信で、スランプの時、どう対処していますか?という質問をいただきました。

スランプはしんどいです。僕も昔は、よく悩んでいました。でも、ちょっとした気づきのおかげで、現在はスランプが来るのを、むしろ楽しみにできるようになりました。その気づきについて話してみます。

先に結論を言うと、スランプの原因はいくつか要因があって、

1 視野が狭くなっている

2 過去にうまくいったやり方を再現しようとしている

3 成功体験を手放せない

4 変化する時期がきているのに変わろうとしていない

というのが大体の原因ではないかと思います。この4つは個別の要因というより大きな1つの原因の4つの側面という感じです。ではその1番大きな原因は何なのかというと、それは『経験値が溜まってレベルアップしたのにそれに気づいていない』という事です。

この事に気づいてからはスランプは怖いものではなくなりました。

それに気付いた経緯について少し話してみます。

また、僕が美術系の予備校に通っていた頃の話です。

僕は日本画科にいました。年齢的には二浪生でしたが、絵を始めたのが遅かったのでまだ初心者レベルでした。自分より年下でうまい生徒に囲まれて肩身が狭い思いをしていました。

とにかく、周りにいる人たちから何か技を盗んで追いつかなければ、とやたら焦っていた時期です。

その頃に、うまい人に共通するある描き方を発見しました。光が当たっている部分は鉛筆を起こして細かく描いて、影の部分は鉛筆を寝かせて描いたり、ガーゼや擦筆を使って鉛筆を擦って影っぽい色を作って、その境目に暗めの強い影を置く、というような描き方でした。

理屈はよくわかりませんでしたが、そうすると立体感が出て見栄えがする感じになるので、自分もちょっと真似してみようと、擦筆を買ってきて、影の部分をやたら擦ってみたりしました。擦筆というのは、フェルトみたいな素材でできたペン状の画材で、鉛筆で描いた部分を擦って滲ませる時に使います。

で、やってみたらちょっとうまくなった感じがして、実際に少し点数も上がったり、先生にほめられたりもしました。予備校で絵を習い始めて、初めて好調だ、と感じたのはその時だったと思います。

その日から、とにかく明るい面は鉛筆を起こしてカリカリ描いて、影は擦ってペタッとした色にして、形の変わり目に濃い鉛筆で強い色を置く、という描き方で絶好調の時期が続きました。強力な必殺技を身につけた、という感じで、この時期は絵を描くのが楽しかったです。

しかし、しばらくすると、楽しいという感覚が薄らいできました。同じように描いてもうまくいった、という手応えがなくなりました。絵の完成度としては、手慣れたぶん良くなっている部分もあるはずなのですが、うまく描けたと言う気持ちにはなれず、成績も落ちてきました。

じわじわと焦りの感情が湧き始めて、記憶を辿って『あの時はこう描いたらうまくいった』と言う描き方をなんとか再現してみようとしたりしたのですが、ますますうまく描けなくなりました。

そうこうしているうちに、先生に描き方が癖っぽくなってきている、と言われ、自分でもそんな気はするのですが、具体的にどこが癖っぽいのか自分では認識できず、直す事もできなくて、どんどん悪いループに陥っていきました。

そこでやっと気づきました。

これがスランプなのだ、と。

この時はスランプの対処法がわかっていなかったので、非常に落ち込みました。結局、気持ちを立て直せず予備校を休んでしまいました。

予備校を休んで2日ほど絵を描かないでいると、頭の中の固くなった部分がほどけてゆく感じがありました。スランプに陥ってからずっと絵の事ばかり考えて、視野が狭くなっていた感じがしてきました。 

3日目に、自宅で自画像を描き始めました。読書用のスタンドで近くから自分の顔に強い光を当てて、はっきりと陰影をつけた状態で描き始めたのですが、そうすると、ずっとやっていた明るい部分を硬い鉛筆で起こして影の領域を擦筆で擦って、その境界に濃い色を置く、という描き方がちょうどはまる光の状態だったので、作為的でなく、ごく自然に描く事ができて、そこでやっと、自分はずっとモチーフを観察するときに自分の得意な描き方ができそうな部分を探してそこだけを見てしまっていて、そのせいで物の見方のバランスが崩れていたのだと気づきました。

つまり、本来はまず対象を観察して、それを紙の上に再現するためにどうやって手を動かすかを考えるべきなのに、手の動かし方が先に決まってしまっていて、その描き方ができるようなディテールを探してしまっていたわけです。その結果、自分が得意にしていた描き方が、作為的で癖っぽいものになってしまっていました。

その事に気づいて、自画像を描き進めるうちに、自分の得意にしていた描き方が、自分にとっての特別な何かではなく、ある光の条件の時に効果的に使える一般的な技術のひとつにすぎなかった、という事がじわじわとわかってきました。そう思うと大きな喪失感を感じて、でも同時に変なこだわりから解放されて、手が自由に動き出す感覚も感じました。

この時描いた自画像は、自分の中で非常に重要な、記憶に残る絵になりました。この時学んだ事はいろいろあって、ひとつは行き詰まったら一歩引いて広い視野で問題を見直した方がいい、という事。もうひとつは、成功体験には賞味期限があって、いつか手放さなければならないという事。最後に、これはもう少し後になって分かった事ですが、スランプは成長の前触れなのだ、という事です。

予備校に戻ってからは、まず癖っぽい描き方を直すために、自分の得意にしていた描き方に固執するのをやめました。まあ、完全に癖になっていたので、やめようと思ってやめられるものではなかったので、物理的に使う鉛筆を制限する事で今まで通りの書き方ができないようにしました。具体的には、大きな形をとる段階では、使う鉛筆をほぼHBと2Bに絞って、そこから少しずつ色の幅を増やすようにしました。結果的に、偏った観察をする意味がなくなって、少しずつ全体をバランスよく見られるようになりました。

得意な描き方、というのがなくなったせいで、最初は自分の力が下がったような気持ちになりましたが、執着していたものを手放す事で、逆に頭の中に新しい描き方を取り入れる余白が生まれました。

そして、自分がスランプだと思っていたものは、実はレベルアップの前触れだったという事が分かりました。新しい考え方や描き方ができる段階に達していたのに、過去にうまくいった描き方に執着してしまったために、頭はどんどん前に進もうとするのに足はその場に踏みとどまろうとしているみたいな状態になり、バランスを崩していたのです。

死守せよ、だが軽やかに手放せ、という言葉があります。何かの作業で、うまくいった、コツを掴んだ、という瞬間はとても嬉しいもので、そうやって身につけた技術は自分にとってとても大切なものになります。でも、特別な必殺技のように思えたその技術にも、必ず期限があって、いつか色褪せて当たり前の技法のひとつになります。でもそれは悪い事ではなく、自分のレベルが上がってきているのです。その時に、過去の成功体験を手放す事ができないと、バランスを崩してスランプがやってきます。逆に考えれば、スランプは、何かを捨てて次の場所に行くための準備が整ったという合図です。自分がずっと大切にしていた仕事のやり方や考え方のどれかに寿命が訪れて、ゆっくり輝きを失ってきているのかもしれません。そうだとしたら、それはすぐに置き去って、次の場所を目指すべきです。それは完全に失われてしまうわけではなく、技術であればありふれた選択肢の一つとして残るでしょうし、考え方や作風であれば、変化した後も隠し味のように残ってくれる事もあります。手放したものに後でもう一度再会する事もあります。とにかく、執着すればスランプは停滞を生むし、軽やかに手放す事ができれば、それは成長のきっかけになります。

そう思うようになってから、僕はスランプが楽しみになりました。もちろん、いつもうまくいくわけではなく、執着を整理できずにバランスを崩す事もよくあります。それでも、スランプは上手くなった証拠だ、と考える事で、前に進む事がだいぶ楽になりました。

過去にうまくいったやり方を再現しようとしてドツボにハマる、というのは、僕は今も時々そうなってしまうのですが、意識が過去に向かっている時は、特にクリエイティブな作業はうまくいかない事が多いです。というかうまくいかない時に意識が過去に向かいます。本当に脳が創造的な状態の時は、脳は未来を思い出そうとします。まだ存在しない完成図を思い出そうとしながら描くようにするとこの状態から抜けだすきっかけが見つかる事が多いです。

成功体験を手放せない、は、これもよくある事ですが、成功体験を手放したら成長した、という成功体験を持つと抜け出しやすいです。あとは、絵に関しては、何かうまい描き方とか技術を獲得して喜んでそれを多用する時期、というのはあっていいのですが、しばらくすると無意識が『ちょっと飽きてきたな』と感じ始めるので、それに気づいたら次に行く合図だと思いましょう。その描き方を捨てる必要はなくて、それは必要に応じて出せる技のひとつにすぎない、と思って心の引き出しにしまっておきましょう。得意な描き方をやめると、次の新しい発見に出逢いやすくなる気がします。

変化する時期が来ているのに変われない、というのは一番難しい問題です。僕は変わる勇気や行動力が持てないタイプですが、迂闊な人間なのでうっかり変わってしまうという事がよくあります。この辺りは、僕のポンコツ式生存戦略の動画を見てください。


そんなわけで、スランプが楽しみになる考え方の話でした。何かの考え方の参考になれば幸いです。


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