魂の螺旋ダンス 改訂増補版 (8)選択的部族社会 日本の国家デザイン

・部族社会を選択した人々

国家の誕生は、広範な地域を平定し、秩序を安定させ、協力を可能とするという大きなメリットを伴っていた。
そのため多くの部族社会の中には隣接して台頭した国家の大きな力に飲み込まれ、組み込まれていった。

だが、国家の成立の過程では、数多くの殺戮と収奪、文化的な支配や抑圧、時には殲滅があったことはけっして忘れてはならない。
各部族は最初から喜んで国家意志に従ったのではなく、様々な戦闘や脅し、駆け引きの末に国家への参加または従属を余儀なくされたのである。

そしてその過程では部族社会の有していた美点が破壊されるという側面もあった。


「国家を形成せず部族社会を維持し続けた地域に暮らす人々は遺伝子的に劣った人種・民族なのか」という問題がある。

ジャレド・ダイアモンドは『銃・病原菌・鉄』において、そのような地域格差をもたらしたものは単に地域条件の違いであり、条件の整った地域では人種・民族に関係なく人々は国家文明を築いていったのだと唱える。

その条件についての詳細な分析が伴うだけにかなりの説得力のある論考であり、白人であるダイアモンドが人種差別を乗り越えようとした良心的な意図も伝わってくる。

ところが、これにはおそらくダイアモンドには思いもよらなかったであろう反論もある。


すなわち「国家成立の条件が整っていたにも関わらず、部族社会を維持することをあえて選択した人々もいるのだ」という見方である。

たとえば、北米インディアンや日本列島の北方に住むアイヌなどは、社会的経済的条件としては国家を形成するに十分な条件を備えるようになってからもなお、国家形成のデメリットに着目し、国家化に抵抗し続けたと見る立場がそれである。

ダイアモンドは良心的な学者だがその彼にも「国家文明は部族社会よりもよいものだ」という無意識の固定観念がある。
「部族社会を選択した人々」という考えは、その固定観念を鋭く突いてくる。

近代国家による世界侵略と分割の嵐の末、現代ではすべての部族社会が少なくとも形式上は国家の枠組の中に取り込まれることとなった。
だが、近来まで部族社会を維持してきた人々は、性急な国家化に走らなかったからこそ、第一章で見たような部族社会の美点を現代に伝えることができたと言える。

部族社会は遅れた社会なのではなく、選択された社会なのだとするこの見方は部族文化復興運動にとって、自らの尊厳を自覚するための重要な精神的支柱のひとつとなる。

もちろん、それは単純な退行運動であってはならず、部族社会のネガティブな側面は冷静に見つめられなければならない。
また国家形成の持つ優位性にいたずらに目をつぶり続け、
国家というものの存在のすべてを非難することも、今日ではけっして現実的ではない。

が、部族文化には伝えるべきポジティブな側面があり歴史の進歩を単線的に見ることは間違っているのだとする意識は、部族の誇りの源泉となりうる。
我々が探らなければならないのは、国家を基軸とする現代世界の枠組の中でも、各部族の誇りと価値を最大限に生かしていく道なのではないだろうか。


・ 神道の位置づけ


「神道」については、昨今、ニューエイジ思想などの一部においてその定義を拡大解釈する傾向が見られる。

たとえば「縄文時代以来のわが国の神道の伝統」というような物の言い方が安易になされる場合がある。

このような用語法は大きな問題である。そもそも縄文時代には「わが国」などないし、「神道」も存在しない。

このような用語法の問題点は、部族シャーマニズムと国家宗教の混同にある。

これでは国家宗教である「神道」と、この島古来の部族シャーマニズムとの区別がつかなくなる。

私の螺旋モデルにおいて、「神道」はよくも悪くも

(1)部族シャーマニズムにではなく、

(2)国家宗教の類型に属するものである。

近代以降の欧米の視点から地球上の諸文化を見るとき、部族シャーマニズムと国家宗教の区別はそれほど重要ではないかもしれない。

キリスト教、イスラム教、仏教などの世界宗教以外の精神文化は、十把一絡げにエキゾチックなものとして時には差別的に見下され、時には闇雲に崇拝される。

ラフカディオ・ハーンやアーノルド・トインビー、レヴィ・ストロースなどの優れた学者ですら、ある意味ではそのようなエキゾチズムに捉えられている。

欧米の価値観を相対化するのはいい。
だが、その他の諸文化を部族段階のものも国家段階のものも横並びに見ることは、新たな混乱の始まりである。

アイヌや琉球、果ては北アメリカのネイティブ・ピープルの復興運動と、天皇制日本のナショナリズム復興運動が、何の切断面もなしに横つながりになってしまうといった奇怪なことまで生じうるのである。

さてでは、国家宗教と部族シャーマニズムは、どのようにして区別するべきであるか。


この点について考察するため、今一度、国家宗教の特徴を整理してみよう。

見てきたように国家宗教の特徴としては

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