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この世に投げ返されて(35)  ~臨死体験と生きていることの奇跡~

(35)

 初めから聞かされていたとおり、火葬場に集まった人々の棺を前にしての時間はごくわずかです。
 霊安室お別れ会に集まれなかった親族でこの日にだけ来られた人もいましたが、棺に向かって合掌するのが精一杯でした。棺桶は火葬のための炉に吸い込まれていき、重い鉄の扉が閉められました。
 その扉に閂がかけられ、お別れは終了です。私たちが選んだ0葬は一切お骨を拾いませんから、「焼き上がり」の時間に火葬場に戻ってくる必要はありません。
 尤も、この「一切お骨を拾わない」という遺族の意向を受け入れることをまだ拒否している自治体もあると聞きました。そのような自治体で火葬に付した場合は、遺族は遺骨の一部を受け取り、墓か納骨堂に納めるか、あるいは「節度をもった散骨」をする義務に縛られるようです。
 幸い私たちの居住地では市がお骨を受け取らないことを認めていました。お骨の一部は自動的に某所にある「全国供養塔」に無料で納められるという説明を受けその供養塔のチラシを一枚だけ火葬場で手渡されました。
 私はそれを皆に説明しましたが、誰もメモしていませんでした。
 いつでもどこでも、今いるこの場から、時間と空間に偏在している存在に語りかければいい。私がそう言ったことの方を採用したのでしょうか。
 私たちは火葬場近くのレストランに集まり、歓談し、そのまま解散しました。
 
 母の危篤の知らせ、医者の臨終宣言、霊安室でのお別れ会、火葬場で鉄の扉が閉められた瞬間。
 このすべての過程で私は一滴の涙もこぼしませんでした。お別れ会の一切を取り仕切る緊張が抜けなかったためでしょうか。それとも私はどこか冷徹なところのある人間なのでしょうか。結局、母の死と見送りは私にとって何だったのでしょうか。
 幼い頃はいつか自分の母が自分より先に死んでしまうということはとても怖ろしいことでした。それはとても信じられないようなこと。世界の終わりが来るのと同じぐらい、受け入れがたいことだったような気がします。
 しかし、自分自身の死と蘇りを経た今、母の死には世界が瓦解していく恐ろしさや愛しいものが失われる悲しみはありませんでした。
無限に展開していくプロセスの中で音楽のひとつの小節が終わった節目のようなもの。そのように感じられていたような気がします。

 しかし、その約一ヵ月後のことでした。

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