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アミタの観た夢(1)

 何回でも納得するまで仕切りなおします。

(1)
 生と死の境が茫洋とした羊水。
その海の中に浮かんでいるまだ未熟な胎児は、目を閉じたまま自分の親指を吸っていた。
母親の心臓の鼓動の穏やかなリズムが無限に円環している。
胎児には直線に進んでいく時の感覚はなかった。

 母親の胸を「ああ、我が子を孕んでいるのだ」という喜びがふいに突き上げた。
と、次の瞬間、子宮を圧迫する「他者」への殺意が鋭利な電気刃物で心臓を痺れさせた。
その破壊衝動を若い母親は無意識に押し込んだ。
自覚されなかった異質なものへの敵意は、悪阻という形を呈した。
そのようにして、愛と悪意が、脈打つ赤い血液に溶け込んで胎児に流れ込んだ。

 それらのすべてを胎児は前頭葉の目覚めなしに全身であるがままに感じていた。
何ものも分離していない世界から、形ある、愛も憎しみもある世界への出発はもう間近に迫っていた。
母親の鼓動が乱れる。
子宮が胎児を圧迫するほど収縮する。

 胎児は忽然として目を見開いた。
と同時にその脳の中にも最初の光が薄暗いカンテラのように灯った。

 カン!と鹿威しの竹筒が石を打ち付ける音がした。


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