一過性全健忘

 2022年、新年明けて早々の1月4日父が突然今自分が何をしているのか分からなくなった。

 正月休みで昼近くまで寝ていたのだが、玄関の方から「誰がやったんや?俺はやってない!俺はこんな事せん!」と語気を荒げて騒いでいたので目を覚まして見に行った。
 騒いでいる父を追って庭に出ると約3メートル程の高さまで伸びていたハナミズキの木が横たわっていた。
 父は私や母に「ハナミズキ切った?俺はやった覚えがない」と聞いてきたが、我が家は父以外庭を触る者はおらず、皆んな「知らん、お父さんと違うの?」となる。
 この時はまだ異変に気づいておらず、新年早々に雑な植木泥棒?とかも考えたりもしたが、話しているうちにどうも様子がおかしいと思うようになった。
 何度も同じ事を確認してくるのだ。そしてこちらも何度も同じ答えをする。延々と。とにかく繰り返し確認してくる。とりあえず落ち着きよ、と言って家に入るのだが窓から見える横たわったハナミズキを見るとまた、誰が切ったのかと興奮するので、捨てるつもりは無いという事を確認して、一緒に埋め戻すことにした。この間も何度も誰がやったのかと確認してくる。
 埋め戻しながら、アルツハイマー?という言葉が頭をよぎった。

 ただ、以前に読んだ「アルツハイマー征服」(下山進さん著)という本のうっすら記憶に残っていたアルツハイマーの症状とは違い、余りに記憶喪失が進むスピードが早すぎるなとも感じていた。前日親戚が来た時、iPad片手にこれ便利やでとその良さを力説していた姿からはそんな気配は微塵も感じなかった。父は御歳75歳である。

 ハナミズキを埋め戻して庭を元に戻すと落ち着いたのか、部屋に戻ってくれた。コーヒーを勧めると椅子に座って話を聞くことができ、ここで記憶障害が起こってる事を確信した。

 症状についてまず、正月とは思っていないようだった。三ヶ日にお雑煮食べた事を覚えていない。今日何月何日なのかわからない。前日親戚が来た事を覚えていない。お昼ご飯もハナミズキを埋め戻した後に食べたが、すぐに食べた事を忘れている。今昼の3時だよと言うと昼は食べたのか?と聞いてくるのだ。ただ、お腹空いてる?と聞くといや空いてない、と言うのでその辺りのやり取りや認識は問題なくできていた。
 そして、自分の生年月日は覚えている。もちろん家族の事も認識している。古い記憶は結構しっかり覚えていた。同じ事は何度も確認してくるが、文脈はしっかりしており支離滅裂な話をしてくる訳では無い。
そして、ハナミズキが抜いてあった事、埋め戻した事もすでに記憶には無かった。とにかく数分前の記憶を紡ぐ事が出来ないようだった。

 身体は健康そのもので、興奮状態だったのも変化のない、いつもの日常(ハナミズキ事件は無かったことにして)に戻ると落ち着いてきた。なのでネットで調べてみた。
 検索キーワードは確か「記憶障害 急な」辺りだったと思う。そうすると、「一過性健忘症(TGA)」というものが浮かび上がってきた。読んでみると症状が酷似していたからだ。内容は上記症状に似てるので割愛。

 素人判断は危険なので念のため頭のスキャンをしてもらおうという事になり、兄が家の近所でそういう検査が出来る病院を探してくれた。救急車を呼ぶか呼ばないかの判断を相談する窓口があるらしい。私は兄に任せていたので調べてないが、そういうところがあるらしいので、どんな症状にせよ相談すると良いと思う。重ねてになるが素人判断は危険。原因がわからないので血管の収縮や脳梗塞がその時は怖かった。
 幸い近所にCTスキャンしてくれる脳神経外科のお医者さんがあったので、父を連れて行くことにした。

 だがここで一悶着。病院に行こうというと急に不安になったのか父は、俺はどこもおかしく無いと言い張りつつも、自分の頭がおかしくなったのかと聞き、何度も何で行くんだ?と聞いてきた。
 なので都度、「記憶が一時的に混乱していて脳の血管とかが心配だから脳の検査だけ行こう。」と言い、「そんな事は無い、おかしく無い。」と言う。
 父に「今日は何月何日?」と聞くと、父は「あかん、分からん。確かに。」というので「検査だけしよ」と言い、出来るだけ不安を和らげるようにして納得してもらっていた。
 準備中も病院に行くという事を忘れるので、もう予約してあると嘘を言い続けた(電話でその日診療している事と、症状を話して見てもらえないかは相談してはいたが)。几帳面な父は予約しいるなら行かないとと腰を上げる。嘘を使って何とか一緒に病院まで行った。嘘は嘘でもこれは良い嘘なんだろう。
 診療所では、初診なので問診票を書くのだが、父に書いてもらった。やはり、名前、住所、電話番号、生年月日、全て漢字まで完璧だった。唯一、今の年齢はわからなかったので75やでと教えた。
 簡単な物忘れについてのアンケートで全て健常者としての回答に丸を書いていたので、そこ私の客観的な視点から見たその時点での内容に訂正して提出した。
 待ってる間何度も隣のかかりつけの病院じゃダメなのか?と聞いてくる父にCTスキャンがここにしか無いから今日はここで見てもらおうと説明していた。同じ事を言ってるよって言葉はなるべく使わない方がいい気がしたので本人が納得できる様に何度も始めて聞いた時の様に答えていた。
 不思議な事にいつもなら何度も同じ事聞かれると怒りの感情が湧いてくるのにこの時は可愛く感じた。人って不思議だ。
 すぐにCTスキャンしてもらった。してもらっている間看護師さんに認知症についてのテストをしますか?と確認されたのでどういう事ですか?と聞くと、症状を聞く限り認知症とは思えなく、一過性全健忘の可能性が高いと説明があった。やはりそうかもしれないという事でテストはせずに先生に診てもらった。
入るなり先生は足し算や引き算の質問等をし、父は即答。先生は「うーん、認知症とかではなく一過性全健忘というものでしてね」と説明を始めてくれました。
 脳のスキャンは異常が無く(脳萎縮、脳梗塞は見られない)綺麗なもんです、目力が認知症の方とは全然違うという話でした。(あくまで経験の話ですよとの事)
 原因は不明なのではっきりとは言えないが、(下記は推測の話です)
・高血圧の人がなる傾向がある。
(父は高血圧の薬を飲んでいる)
・闊達(かったつ)な人がなる。おとなしい人はなりにくい。
(父は常に動いてなにかをしている。歩くスピードがとにかく早い)
・物事に細かい人がなる。
(父は細かい性格)
どれも当てはまったが、今後はしっかりと血圧コントロールだけはする様にとの事だった。

 パッと浮かんだのは、力んだり寒暖差を避けたり、高血圧になる食事、酒を控える必要があるのかもしれない。

 今後の経過については、
・24時間以内に今日の記憶(1月4日)意外は元通りになる。当日の忘れ続けていた間の記憶は戻らない。
・再発は稀。
・薬はいらない。経過観察のみ。
以上で、初診プラス診察代で3900円程度で安心して帰ってきた。
 病院から帰ってすぐの夕飯ごろから記憶力が朧げに戻ってきていた。親戚が来た事も思い出し始めていた。

5日朝には頭がスッキリしたと言って1月3日の寝る前考えていた事、4日の朝から日課の血圧を測り、食事して予定していた木を切り始めたところまでは記憶が戻っているらしい。そこから、病院の帰り道までの間の約12時間ほどの記憶が全て無い様子。

 今では正常に戻って笑い話になってるけど、心配したし、不安になった。
 なので、記憶についてこんな事が人には起こるんだと知って貰えると良いなと思い、書いてみました。ここまで読んでもらってありがとうございました。

、、一件落着かと思ったら今朝、弁当箱の蓋が壊れていた。正確にはプラスチックの2段の弁当箱で、蓋の両サイドで2段ともパチンと押さえるタイプなのだが、その両サイドの押さえが両側2枚とも一体ものだった蓋から引きちぎられていた。そしてゴムバンドで弁当箱をまとめ、中に引きちぎった部品が入っていた。

 これは帰ったら確認しよう。

 誰も知らないとみんな言ったらと考えるとすごく不安が有る。認知症なのか?
 壊された怒りとかは全く無く、うちの家族は基本善人すぎるのでわざと壊して黙っとくとかは99%ないのが逆に不安なのだ。

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