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「誕生日おめでとう」を言わない夫に、失望を通り越して人種の違いまで感じたけれど。

「そりゃぁ…ちょっと、コミュ力低すぎだろ・・・・」

一昨日、仕事から帰宅した夫を目の前にして、私は呆然としていた。

私の誕生日の夜、夫がお祝いの言葉を口にしないのだ。

朝は、私が寝坊して会えていなかったので、帰宅したら、何か言ってくれるとばかり思っていた。それなのに、一体どうしたことだろう。

余談だが、長男はいつも7時50分に起床するのに、私が2月8日の7時4分生まれだと知ったため、当日は6時55分に起床し、7時4分に「ママ、お誕生日おめでとう!!」とまだ布団の中にいる私に声をかけてくれた。朝苦手なのに、そこまでしてくれた気持ちが嬉しかった…。

そんな長男と夫の対比が鮮やかすぎた。
別に夫からのサプライズとか、そんなものは全く期待していないのだが…

夫が帰宅後、本当に何も言わないので、
「私今日、誕生日なんだけど…なんで何も言ってくれないのさ?」

と訊くと、

「え、言っていいの?」と言う。えっ?意味が分からない・・・

発言の意図を訊くと
「何日か前に、“あ~年取りたくないなぁ”と言ってたから、あんまり言わない方がいいのかと・・・」という。

・・・
・・・マジ?
・・・・・・

そこで冒頭の一言、

「そりゃぁ…ちょっと、コミュ力低すぎだろ・・・・」と思わず私は吐き捨てた。

夫は、「大仏プリン」を買ってきてくれたので、お祝いする気がないわけではないのだろうし、
毎年、ボソッと「おめでとうございます」とつぶやくくらいはしていたので、冷たいわけではないのだ。それはわかっている・・・つもり・・・

しかし、いくら他人とは言え、家族になって13年ほどになる人間に対しても、そこまで「無難」を選ぶのか。マジか。ちょっとびっくりした。
私は別の生き物を見るような目で夫を眺め、呆然と立ち尽くした。

別の生き物というと、確かに性別が違うので別の生き物とも言える。
夫は特に女心に鈍感ではある・・・

そして、夫は家族以外にはもっと無難なコミュニケーションを選んでいるだろうから、
「無関心」「不愛想」「よそよそしい」
周りにそんなイメージを与えているだろうな、と想像までしてしまった。

・・・私とは、真逆すぎるのだ。

冷静に考えてみると、私の気質も極端なんだった。人への関心が強すぎるし、愛想はいいし、なれなれしい。笑

一晩経って、客観的に色々と考えてみた。

もし、「あ~年取りたくないなぁ」という人がいても、お誕生日を祝う間柄なら、私はおめでとうを言うだろうし、それで仮に怒り出してしまったとしても、「年を取りたくないなぁ」をカバーしうる言葉をかけられるような気がした。

その自信は、別に会話力とか特別なものじゃなくて、
相手を想う気持ちや幸せを願う心であって、それさえあれば、どうとでもなるのでは、という関係性への信頼と、自負である。

今年の誕生日、夫に一瞬失望しかけ、「私たちは人種が違う」とさえ思った。しかし、このことは、何か大事なことに気づかせてくれるための重大な出来事だったのではないか、と今感じている。

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