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オリオンビールとラフテーには笑顔が合う

羽田空港第二ターミナルには、大きなリュックやスーツケースを手に持った人が集っている。かくいう僕もクローゼットの右隅に眠らせていたスーツケースを引っ張り出してきて、その一員と化している。つまり、それは、僕がこれから旅行に行くということを意味している。フライトの時間よりも2時間程早く着いた僕は、共に旅行に行く友人とターミナル内のお洒落なカフェで腰を休めることにした。友人はサングラスとサングラスを身に纏い、いかにも今から沖縄に行きます!と顔に書いてある。どんだけ浮かれているんだ、この人間は。まぁ、僕も楽しみで前日の夜は眠れなかったんだけどね。遠足の前夜に上手く眠れない小学生のように、必要以上にバナナがおやつなのかを質問してしまうほどになってしまったのには理由があって、それは僕に旅行という経験が少ないからだ。高校の修学旅行や帰省といったイベントで東京を離れたことは何度かあったが、こうして自分達で旅行に行くぞと計画を立て、宿や飛行機の便を予約して、翌月のクレジットカードの支払いに怯えるのは初めてのことなのだ。それはもう浮かれてしまって仕方がないだろう。

カフェで600円するハイボールを飲みながら、僕は下の階の人間や通路を横切っていく人間を眺めていた。スーツを着て出張に行くのだろうか、スパイクを鞄にぶら下げて合宿にでも行くのだろうか、決めきめの身だしなみで好きなあの人に会いに行くのだろうか。そこにいる全ての人は僕と無関係で、心底どうでもいいと言えばそうなのだが、それぞれの背景を想像するのは良い時間潰しになった。

フライトの時間はすぐに訪れて、飛行機へと乗り込む。これから沖縄に行くのか、高校の同期と。とても楽しみで胸が躍る、謎の感慨深さすらある。気兼ねなく話せる、互いに心を許し合っている人間達と日常から掛け離れるための旅に出る。こいつらとは高校を卒業をしてから既に4年近く経過して、かれこれ7年近くの付き合いだ。中学生から付き合いのある友人はもうすぐで10年の付き合いだ。高校同期とは大学に行ったら少しずつ疎遠になると姉が言っていたけど、僕らはなんなら卒業以降の方が話したり、会ったりしている気がする。歳を重ねるにつれて一緒にお酒を呑めるようになったり、ドライブに行けるようになったり出来るようになった。遊びの幅が広がったし、人生経験も培ってきた。今回の旅行なんて、その集大成とでも言えるだろうな。ただ、いつもと違うのは僕らがこれから空を飛ぶということだ。

空を飛んだ末に辿り着いた沖縄でしたことといえば、とても大学生らしいものばかりだった。パラセーリングで青空に飛び込んだり、シュノーケリングで魚の気分を味わったり、オリオンビールやラフテーをお腹いっぱいに堪能したり。酔っ払って少々羽目を外したりもしたが、皆ずっと笑顔だった。前日に想像していた楽しさよりも2倍も3倍も大きな楽しみだった。ずっとこうして笑っていたいと思った。特段トラブルも無かったし、誰一人怪我をすることもなかった。唯一懸念されていた雨予報も外れて、持って行った折り畳み傘の出番は訪れなかった。本当に、こんな日々が続けばどんなに幸せなことだろう。それでも、時間というものは止まることを知らずに、3泊4日のバカンスは幕を閉じた。

帰りの飛行機の中で見た「天気の子」は僕らの沖縄旅行より退屈なものだった。羽田空港第二ターミナルに着いた時間は、終電ギリギリで、スーツケースを持って走った。余韻に浸ってカラオケにでも泊まれば良かったのに、翌日にはバイトが控えてるから急いで帰らねばならなかった。いかにも現実を生きている。つい数時間前までの生活から離れたくはなかったのに、僕の脳みそと世の中がそれを許しはしなかった。

明日になったら、皆はまた其々の日常を送り始める。4月から社会人になる友人もいる。将来の為に勉強に励む友人がいる。これからもっと別々の日常を歩むことになるのだろう。会う機会も話す機会もグッと減って、日常は共有するものではなくなってしまうのだろう、きっと。それでも僕は彼らの生活に心を寄り添わせているし、これからもそうするに違いない。其々が自らの人生を強く歩み続けて、偶には居酒屋でお酒を酌み交わし、バカ笑いをしていたい。彼らも同じ様に思ってくれたら嬉しい。また旅行に行きたいな。それにしても良いところだったな、沖縄。

旅行から帰ってきてからというもの、僕はコンビニでオリオンビールを見つけると買ってしまうようになった。そこに彼らの姿はないけれど、彼らの笑顔が確かにある。缶がプシュッと音を立てる度に、僕は笑顔になれる。飲む度に、ビールの中でもオリオンビールはかなり美味いなと感じる。そして、やっぱりオリオンビールとラフテーには笑顔が合う。

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