人のためにごはんを作れない

24歳で実家を出て、初めてひとり暮らしを始めた。それまでは東京で暮らせるほどの収入がなく、無理せず暮らしていける収入を得たのが24歳のときだった。

お金は手にしたものの、それまで一切の家事をしたことがなかった。洗濯機のボタンを押したことすらなかった。すべてを母と祖母に任せていた。

私の性質のひとつに、人の視線を感じると行動ができないというのがある。たとえば仕事でも家事でも、「後ろで見ているから試しにやってみて」なんて言われようものなら、行動はとても遅く、ぎこちないものになる。口出しなんてされようものならそれ以上もう何もできなくなる。だから実家で家事ができなかった。

もちろん家事だけではない。両親と弟、そして祖父母と6人で暮らしていた家では、誰の視線も感じずに何かをすることが自室以外では叶わなかった。自室ですら人の気配を感じてしまうため、掃除や整理整頓もままならず、実家を出る直前の自室に足の踏み場などなかった。


ひとり暮らしを始めた私は、仕事から18時半頃に最寄駅へ戻ると、生鮮品が充実している近所のスーパーマーケットへ行くのが習慣になっていた。

新鮮なイカが2杯パックになったものを買い、きれいに片づいた自宅へ帰る。1杯は里芋や人参と共に煮物にし、もう1杯は丁寧に調理して塩辛を仕込む。そんな作業を19時頃から1時間ほど行い、20時になったらこれまた前日に仕込んでおいた切り干し大根や炒りこんにゃくを食べる。

帰宅して翌日のために黙々と仕込み、前日に仕込んだものを食べる。私のために私の好きなものを誰にも邪魔されずに仕込み、誰にも邪魔されずに食べる。この時間が最高に幸せなのだ。


結婚をしてしばらくは、やはりほとんど料理ができなかった。ただ、最近は私の仕事が落ち着き、日中夫がいない自宅にひとりでいることが多くなったので、黙々と料理をすることも増えてきた。

夫が帰ってきてしまってからでは料理ができない。それは夫に作りたいと思えないわけでは決してなく、先にも述べた通り、人の存在を感じながら何かをするのが非常に苦手なのだ。

今日は、塩昆布を混ぜ込んだ和風ポテトサラダと、ほうれん草の白和えと、赤だしの味噌汁を作った。それをひとりでゆっくり食べた。夫の分もタッパーに詰めてあるが、やはりつくづく私は人のためにごはんを作れないなと思う。

今日も、自分で自分のために作ったごはんがおいしかった。

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鈴木梢(あこ)

89年生まれのフリーライター/編集者。専門メディア以外で芸能人インタビューをよく編集しています。たとえば「Yahoo!ニュース特集」など。かつてはWoman Insight(現CanCam.jp)の人でした。趣味は国内音楽フェス巡りと『龍が如く』。大体三軒茶屋で飲んでいます。

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