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ルイボスティーとレーズンチョコレート


うだるような暑さと湿気が交互の日々のあいだに八百屋で出会った見切り品のとうもろこしを茹でていると、おかあさんにとうもろこしを持ってお見舞いに行ったメイを思い出してトトロが見たくなりました。

すっぱいものを食べたり甘いものを食べたりしても癒えぬ疲れを自覚して老いをすこしずつ感じています。


25歳になりました。

歳をひとつ重ねるたび、わたしはなりたかった自分になれているのかといつも考えてしまいます。

25歳。

この響きだけを聞けば随分大人に感じるけれど社会に出てみればまだまだ子どもだし、高校生の頃は25歳になる自分なんて想像もつかなかったけれど、気がつけば勝手に時間は進んでいた。

この25歳になるまでの間に職場が変わったり一人暮らしをしたり、担当しているイベントが幕を開けたりしました。人生の中でもものすごく激動の数ヶ月間を過ごしています。

中でもほんの数日前、誕生日を迎える前日の夜は、なんだか何もできていないように感じる無力な自分が情けなくて、まだまだ子どもな自分を実感して不甲斐なくて、そしていつもやさしくしてくれてるチームの皆さんに対してまだまだ心に壁がある自分が嫌で、珍しく自分が原因で1人でべそべそ泣いていたけれど、美味しいアイスを食べれば涙が止まるそんな自分の単純さと強さだけはいくつになっても失わずにいたいと思うのでした。

自分の環境がガラッと変わった時期と同じ期間に始まったドラマ『だが、情熱はある。』が刺さりに刺さったものこういう理由かもしれない。今をときめく人気芸人のお2人が、何者かになりたくてもがくあまりにも人間臭いところが自分とやたらと重なった。全員が敵だと思い込んでいた山ちゃんと、みんな死んじゃえって思ってた若林さんを見てたらあまりにもわがままで人に歩み寄ろうとしない自分を顧みて号泣した回もあったなあ。

全員が敵だと思っていた数年間を過ごしていたので、人のやさしさを素直に受け入れられなかったり自分を包み隠して生きることが癖になってしまっているわたしは、自分ってどんな人間なんだろう?って考えることが増えました。"己を知り、もっと自由へ"という言葉を中学を卒業するときに担任の先生にもらったことをこの文章を書いていてたった今思い出しました。鳥肌たった。当時もクラスでいじめられてて全員が敵だと思って過ごしていたから、昔から見る人が見れば多分わかるんだな。若いねぇ、って言われるたび、何者かにはまだなりたくはないけど、じきに何者かになれる自由さや柔軟さだけは失わずに生きていたいと思います。

タイトルのふたつは一緒に多忙を乗り越えてきたわたしの好物。食欲とは尽きない愛とやまない葛藤だと、わたしが言っていました。

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