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ラクする家事は手抜きなのか

 昨日、カテイカの仲間の一人、盛田諒さんが「時短料理は手抜きなのか?」という問いを発した人に、料理研究家のリュウジさんが回答している記事を教えてくれました。

 ついに出た疑問点。いつか、「時短は手抜きだ」という批判が出ると思っていました。先日も確か、朝日新聞の記事で共働きになって忙しい妻が、市販品を食卓に載せることを嫌がる夫のために苦労している話が載っていました。ネットに転載されていたのでご紹介します。

 でも、ネットで「時短」「手抜き」のキーワードで検索すると、批判よりもむしろ擁護派の記事が目立ちます。そこに時代を感じる私です。前置きが長くなりましたが、今日は時短家事の歴史を書いてみます。

時短家事は50年の歴史がある

 日本で最初に家事の時短を勧めたのは、女性問題などの評論家であり絵本も描いた犬養智子さんの『家事秘訣集 じょうずにサボる法・400』(カッパブックス)です。出たのはなんと1968年。じゃがいもを洗濯機で洗う、はさみで野菜を切る、冷蔵庫の棚に籠を置く、などの方法を示しています。当時はまだキッチンバサミがなかったんですね。無茶な提案もありますが、今は当たり前になっている記事もたくさんあります

 この本は当時、22万部のベストセラーになった一方、一部の男性からバッシングを受けたそうです。この本について、『小林カツ代と栗原はるみ』(新潮新書)で取り上げたところ、家事論争が活発になった去年、朝日新聞の記者の方が、家事についてのコラムを書くために取材に来られました。犬養智子さんの本への批判記事も調べたとのことで、彼女がまとめた2018年11月6日のニュースQ3の記事には、「手間を惜しむ精神が根底にあったら、ぜんぜんだめ」「家庭の温かさなんて失われてしまう」などと週刊誌で書かれていたそうです。

小林カツ代、登場

 その後、1980年に小林カツ代さんの『小林カツ代のらくらくクッキング』(文化出版局)が出て、衝撃を与えました。それまで、メディアで料理は手間をかけてやるレシピばかりが紹介されていたからです。この本では、「白身魚のボンファム」という料理で、たまねぎをバターで炒めながら小麦粉を加えた後、牛乳や魚のゆで汁を加えてホワイトソースを作る方法や、小林カツ代さんの定番となった、具材を炒めた後、皿に移してご飯と混ぜるチャーハンなども紹介しています。ホワイトソースのこうした作り方は、今やすっかり定番のやり方になりました。

 小林カツ代さんは翌年、『働く女性のキッチンライフ』(大和書房)という家事の秘訣のエッセイ集も出しています。この本は、2014年に同社で文庫化されています。古びない内容が入っているのですね。

 小林カツ代さんはご存知の通り、この後時短料理で大ブレイクします。時短料理を初めて提案したのは、堀江泰子さんですが、次々と時短料理を提案して代名詞のようになったのは小林カツ代さんです。それは時代の追い風もありました。

働く女性が増えるとき

 時短料理など、家事の省力化を訴える人が出て、大ブームになるのは、いつも働く女性が増えるときです。犬養智子さんの本が出た1960年代後半は、高度成長期のただなかで、どんどん経済規模が大きくなるので企業に人手が足りなくなり、女性の労働力も歓迎されて共働きがふえた時代です。

 小林カツ代さんがブレークした1980年代も、「女性の社会進出」などと言われて新卒はもちろん、既婚女性も仕事をする人がふえた時代でした。専業主婦率が最も高くなったのは1975年ですが、その後はどんどん働く既婚女性がふえ、1997年にはついに専業主婦より共働き女性が多くなり、現在に至ります。女性たちが忙しくなると、それに対応するように家事の時短や省力化を提案する人が現れるのです。

 こういう話は実は前にも書きました。

 時短を提唱する人が出て女性たちに支持される一方で、それを批判し手をかけるべきだと主張する声も大きくなるのです。私が、「時短は手抜きか?」という声が今出ていることを知ったとき、「ついに出た」と思ったのはそのせいです。

今はなぜ、時短批判の声が小さいのか

 2014年以降、家事の省力化目を巡る議論が活発です。しかし、書籍などはもちろん、『AERA』その他の雑誌でも、たくさん家事の省力化を訴える記事が出ていますが、批判するものには出会えなかったように思います。ネットでも検索が多いのは肯定的なものです。

 批判が少ないのは、ここ数年、フェミニズム・ムーブメントと言えるほど、女性たちの声が大きくなっているからだと思います。家事・育児の負担が女性に偏るテレビCMが炎上したり、#Me Too運動が盛り上がったり。大学入試差別問題も明らかになりました。

 女性への差別や、女性だけが大きな負担を抱えることに対して、女性たちが大きな声を上げているときに、「そんなのはダメだ」とは言いにくいのでしょう。それこそ叩かれてしまいそうですから。でも、時短を試みながら罪悪感を抱えている人や、内心は快く思っていない人はいるでしょう。そんなときに、昔の主張にいい言葉があります。

古びない主張とは

 犬養智子さんは先の本の前書きで「家事は、あなたと家族が快適に暮らしていくための手段であって、けっしてあなたの生涯の目的ではない」「一流のコックさんやクリーニング屋さんのまねをして、完璧主義になる必要はないからです。(中略)それより家事の重荷から解放されて、愉快でチャーミングなあなたになってください」と書いています。

 小林カツ代さんは『働く女性のキッチンライフ』の前書きでこう書いています。「大変でもなんでも、とにかく仕事を持ち続けていきたいというのであれば、少しでも良い方向に、らくな方向に持っていく方法論が、もっと論じられてしかるべきです」「働く既婚女性が増えると共に、妻のみの家事分担率が少しでも減っていくといいのですけれど。」40年近く経ってようやく、彼女の声に応える時代が訪れています。

 時短は手抜きではありません。心身を健やかに保ち、快適な暮らしを守るための工夫です。犬養智子さんや小林カツ代さんの工夫が、やがて標準になったように、今の時短技術もやがて当たり前になっていくと思います。


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