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料理の得意不得意は、心の問題かも

 この本は、『料理は女の義務ですか』をはじめ、今まで何回も紹介していて、翻訳者の村井理子さんとは対談までしました。https://note.mu/acomari/n/n15e88263269c

 パリの一流料理教室、ル・コルドンブルーを卒業したフードライターが開いた、料理に苦手意識を持つ女性たち10人を対象にした料理教室の体験ルポです。教室の内容はもちろんですが、私が何回も紹介したくなるのは、ここに生徒さんたちの台所訪問記があるからです。

 苦手意識の背景にあるもの

 台所訪問記によれば、生徒の皆さんがそれぞれ、心の問題を抱えていることがわかります。料理上手な夫にバカにされて自分はダメだと思ってしまった女性、母親から細かく小言を言われて育ち自己評価が下がってしまっている女性、たくさんの情報に囲まれているためにかえって料理の仕方がわからないとおびえる女性……。そこに出てくる素顔の女性たちは、アメリカを映す鏡であると同時に、日本の女性も持っているかもしれない悩みを訴えていた。

 そんな女性たちが、著者の料理教室で基礎と考え方を教わり、味比べをし、食品パッケージの中身について学んでいくうちに、自信をつけていく。できないと思っていた自分が料理ができる。思った以上に料理は簡単だと知る。こわがっていたことを、よく目を開いてみたら、ちっとも怖くなかったことに気が付いていくのです。

 村井さんは対談のときに、ここに出てくる女性たちが、その後全員離婚してしまったと話してくださった。自分に自信をつけると、実は一緒に暮らしている男性が、自分を尊重し大切にしてくれるわけではないことに、気がついてしまった……。

自己評価を上げる料理

 考えてみれば、料理は、手足が使え、目と鼻と口が正常に機能している人なら、だれでもできるはずのものです。ハンデを持っている人も条件次第でできることがある。なぜなら、人間は消化器官の影響で、基本的に料理されたものしか食べられないからです。人はレシピも文字もない時代から、ずっと料理して食べてきたのです。

 「できない」技術はもちろんあるでしょう。でも、料理自体は必ずだれでもできる。できないのは、そう思い込んでいるからなのです。思い込むにはわけがある。めんどくさいから覚えたくないのかもしれません。家族にとても料理上手な人がいて、かなわないと思っているからかもしれません。誰かに「お前はダメだ」と呪いの言葉をかけられて、自分はダメな人間だと思っているからかもしれません。でも、そういう葛藤を乗り越え、できることに気がついてみれば世界は大きく広がる。

 そんないろいろなことを発見させてくれたこの本。読んでいるうちに、料理が私自身を支えてくれた日々を思い出しました。

自分を支える料理

 それは東日本大震災の後のことでした。自分が何をしたらいいかわからない。原発事故の影響も心配だ。仕事も順調とは言えない。阪神淡路大震災のフラッシュバックにも悩まされる。そんな苦しい日々、阪神のときと違って自分には使える台所があったのです。計画停電のエリアから外れていたわが家では、ガスも電気も水道も、問題なく使えた。料理できることがひたすらありがたく、毎日台所に立ちました。

 毎日ご飯をつくって食べる。そんな当たり前のことが心の支えでした。つくって食べる当たり前のことがちゃんとできること。非常時はそういう日々の当たり前が自分を支えてくれることを実感します。

 仕事がうまくいっていなかった時期も、少なくとも私は料理をつくって食べてきた。そのことが、自分の心を支えてくれていることに気がついたのです。料理は自分や家族の空腹を満たすために、つくるものですが、つくる人にとっては、そういう自分がいること自体が自分を支えているものなのです。そして、それは本当は誰でもできることなのです。当たり前ができるすばらしさ、それを教えてくれた本でした。


 


 


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