買いものは、苦行かホビーか

 皆さん、食材などの日常の買いものは好きですか? それとも嫌いですか? どちらでもない人も、いるでしょうね。私は全部の間をウロチョロしています。この話は、先日大阪でカテイカ・ミーティングをしたときに一緒だった有賀薫さんとの会話がベースにあります。

買いものが苦痛だったとき

 私はフリーランスで仕事をしていて、夫と両輪で家計を支えています。なので、自分の収入が激減すると家計も苦しくなります。もちろん、経費も生活費も遊興費も、懐が厳しいと出費がつらい。

 収入には波があります。実をいうと、病気をしていたこともあり、厳しい状態は10年ぐらい続いていて、電車で一駅短く乗って30円をケチる、みたいな時期がありました。長生き=生活費がかかるから嫌、みたいな時期です

 その時期、買いものはつらくてたまりませんでした。野菜も肉も値段を見比べて買う。調味料はなるべく添加物がないものを選んでいたのを、あきらめて安いものにする。生理用品もトイレットペーパーもなくては困る。必需品を買い続ける日々が、永遠に続くと気が遠くなったこともあります。

 有機食品とか無添加とか、体にいいことはわかっていても、それを買うと生活が立ち行かなくなる。生産者を支える自分が倒れてしまう。それ以前に買える食材も限られているから、同じようなものが毎日食卓に並びます。食材費を切り詰めたいから、一汁一菜、もしくは一品のみというときもありました。そうなると、本当に買いものすることは苦しい。

買いものが、楽しくなるとき

 経済状態が変わり始めたのは、『小林カツ代と栗原はるみ』(新潮新書)を出してヒットしてからです。急に「先生」扱いを受けるようになり「ベテラン」扱いも受けるようになりました。それからだんだん経済が上向きになってここ2、3年はお金の心配なく暮らせるようになりました。

 仕事と交友関係が変わり始めたのは、その2年ほど前からです。その頃からアクティブにイベントやマルシェに行き始めて、「取材だから」と言い聞かせてヘルシーな食品や、珍しい野菜などを買うようになりました。

 すると、煮物1品だった冬の食卓に、自然栽培の菜っ葉を炒めた1品が加わるようになります。珍しいジャムを、朝パンに塗ってみたりします。すると、ちょっと幸せな気分になるんですね。

 やがて、懐が温かくなると、「取材だから」という名目で買う食材の数も種類も増え始めました。トップに出した写真は、イベントなどで買ったジャムやはちみつです。この頃は緩すぎるジャムも多いので、パンに塗る固さがありそうな、そして珍しいジャムは出合ったときに買わないと、二度と出合えないかもしれないのです。こうなると、買いものは趣味です

 お金が回るようになったので、引っ越しもしたら、その町のスーパーの食材がとても充実していたんですね。珍しい野菜や果物もあるし、遊びに来た友人に言わせると、他の食材も種類が多い。そうすると、日々の買いものも楽しくなる。最初のうちは野菜を買い過ぎて大変でした。

選択肢の多さが幸せを運ぶ?

 そうして生活が変わって気がついたことがあります。日常の買いもののテンションが上がるのは春と秋。店頭に並ぶ食材の種類が多くなるのです。春はタケノコ、グリンピースなどの豆類、かき菜などの野菜。今しか食べられないものもたくさん出るので、「買わなきゃ」と思い、「炒めようか茹でようか」と楽しくなります。たけのこご飯など、料理のバリエーションもふえます。そうすると、料理も楽しくなるんですね。

 ほかの家事はともかく、料理には買いものとその中身が切り離せません。買いもの自体も家事です。生活がずっと安定していたら、私はその両極端に揺れる家事について深く考えなかったかもしれません。

 でも、買いものが苦痛だった時期は、料理も苦痛でした。同じものしかつくれないし、買ったものが食べてなくなると、また買わなければならないからです。

 一方で、好きなように買えるようになり、食材の種類が多いスーパーへか通うようになると、日々の買いものまでホビー化しました。今はその生活にも慣れて、テンションも普通なことが多いですけどね。でも、あと1、2カ月で、野菜の選択肢が豊富な春がやってきます。普通になった生活の中でも変化があり、楽しめるときがある。

 家事が楽しいか苦痛なのか、当たり前なのか。それはもしかすると、現在の生活がどういう状態に置かれているのかと密接に結びついているのかもしれません。

 

 

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阿古真理

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