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パーポス経営の時代

 この数年で多くの企業や組織、団体が「パーパス」経営を標榜するようになりました。
 自治体でも今年(2023年)になって、埼玉県入間市が100年後にも市民から愛される街でいることを目指し「心豊かでいられる、『未来の原風景』を創造し伝承する」をパーポスとして発表しました。

 20世紀型の企業経営が「ミッション・ビジョン・バリュー」なら、21世紀は「パーポス・ドリーム・ビリーフ」にシフトしたと言われます。

  20世紀型経営       21世紀型経営
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ミッション:使命              パーパス :志
ビジョン   :構想         =>   ドリーム :夢
バリュー   :価値観                   ビリーフ :信念


 「ミッション(使命)、ビジョン(構想)、バリュー(価値観)」は、社会構造などの現状の外部環境の枠組みを前提に組織のあり方を示す外発的なものです。これに対して「パーパス(志)、ドリーム(夢)、ビリーフ(信念)」は外部環境そのものも変革していく。文字通りその組織の意義や存在理由を、内側から湧き出てくる内発的なものでとして提示するものとなります。

 前にも紹介した、わたしが前職のスタートアップでCEOだった2014年に金子勇の遺した技術を社会課題解決型事業にしようとしたことは、「IoTによりコンピュータが人々の生活に寄り添う社会を実現し、デバイスの余剰リソースの共有・活用による限界費用低減を実現し所有型経済を共有型に変える」というパーポスがあってのものでした。

「少子高齢化やインフラ老朽化への対策、資源や食糧問題など社会的課題が山積する中で、ICTへの期待は小さくありません。特に近年注目されているIoTは、あらゆるモノがネットワークに繋がることで、こうした課題解消に向けた方策や新たな課題の発見と共有を促し、人々の生活にコンピュータが寄り添うことでQoL(Quality of Life)を向上させるなど、多くの利便性をもたらすと考えられます。 経済活動においても生産者と消費者の垣根をなくし多種多様な産業振興を促すと期待されており、さらにはデバイスの余剰コンピューティングリソースの共有・活用によりもたらされる限界費用の低減は、資本主義経済のあり方を根底から変える可能性があるとさえ指摘されています。」
https://note.com/acsciya/n/n94650921c680

Skeed、IoT 市場に対し数百万ノードに対応した自律分散ネットワーク技術の事業化構想を発表 〜ファウンダ-故金子勇の Winny の技術を応用し、3 つの分野に展開〜
https://skeed.jp/all/news/pre/2410/

 スマートホンの普及により、半導体をはじめあらゆるキーコンポーネンツが安価に製造され、あらゆる機器に組み込まれるようになりました。その億単位のロットで開発製造される部品は、コモディティ化し、低コストで簡単に入手可能となることで、コンピュータ機器でだけでなくあらゆるモノにも組み込まれていくようになりました。

 社会空間のデジタル化による社会課題解決。この実現のベースとなるのがこのIoT機器の普及であり、これがやがて世界の人口の数倍、数十倍へと増えてあらゆる場ものや場所に偏在しデータを収集するようになっていきます。
 このビッグデータを拠点の通信基地局などにあるコンピュータが取捨選択し、傾向や時間帯ごとの変化や異常値の発見して、抽象化された情報に処理する(エッジ・コンピューティング)ようになってきています。そしてこの情報を、クラウド上のAIや、PC、スマートフォン上のAIが学習した上で、判断や予測を行い、適切なアクションを実行する。

 これまでなら、データの収集から、有効なデータの抽出といった中間処理、最終的な判断までの一連の作業に、人手を介してきたものが全て自動化できるようになっていくのが、IoTが遍く社会空間に普及するデジタル化です。

 ビジネス空間からはじまり、スマホとGAFAのクラウドによって一気に進んだ生活空間へと進んだデジタル化が、ついに社会空間に及んでるわけです。

 この一連のアーキテクチャーは、金子勇がWinnyの技術で実証し、亡くなるまでライフワークとして続けていた独自の人工知能(AI)研究の実装によって実現できるとぼくは考えました。
 デジタル化で遅れをとってきた日本にとっても、モノ作りとセットで社会課題を解決するイノベーションで、世界をリードする大きなチャンスになると。

 「消費者主導型IT」(Consumerization of IT)により、GAFAをはじめとするテック企業が起こしたイノベーションを、Winnyで金子勇は2000年の早い時期にやっていたという話はしましたが、彼の研究と発明されるソフトウェア技術はとても深淵で広大な可能性を秘めていました。

 余談になりますが、DXの話をするときに、わたしはよく「あなたの日々の暮らしのかなりの部分は、『スマホとクラウド』によって成り立っています。それはたかだか10数年程度の間に起きたイノベーションです。ところで、あなたが当たり前のように日々の暮らしの中で使っているこの便利なツールとサービスを、業務や職場で活用できていますか?」と聞くことにしています。

 この質問に「Yes」の割合が多いのはスタートアップ企業であり、「No」の割合が多いのは大企業や行政組織になります。
 行政はとても複雑で、表向きに「No」なのですが、オフィシャルに使えるシステムがあまりに最新のものとかけ離れたものとなっているため、実際には業務をこなすためにはこの「スマホとクラウド」に頼らざるを得ないのが実情です(特に対外的な業務を担う場合)。
 これをシャドーITと呼びます。現時点ではまだまだ局所的なレベルでの課題かもしれませんが、中期的には行政関連のDX(GovTech)全体の足を引っ張る深刻な課題だと思います。

 ちなみに、わたしが2005年に参画した米シアトルのスタートアップは、遠隔地との会議にはまだオラクルに買収される前の創業まもないWeb-EXを使い、案件管理にも上場前のSalesForceを使っていました。マーケティング系の資料や素材はすべてAdobeとGoogleで共有していました。
 日本の系列取引のような選定を、ベンチャーキャピタルが主導して、その時のいけてるスタートアップのツールやソフトを活用し合う。そういうスタートアップ間が初期利用者になり合うシナジーを形成しているのも米国の特徴だと思います。(日本のスタートアップが、上場前から大手と組んで自社システム構築するケースが多いのと対照的)。

 また、わたし自身も、この時にそんなチャレンジングな環境の中だったからこそ、まだ初期のサービスだったGoogleのSEOとSEM(Ad Words)を使い倒して、まったく無名のスタートアップの日本でのウエブサイトのアクセス数を米国より伸ばすというビギナーズラックも体験もできました。


 話は戻りますが、20世紀は、欧米型の資本家ドリブンの短期利益追求型経営と、日本型の企業グループ経営(系列内取引優先のキャッシュフロー囲い込み経営)が、2大成功モデルでした。 
 スタートアップは欧米型モデルの派生であり、公共分野への投資を系列取引で産業裾野まで組み上げていく(公共投資から産業を興す)のは、戦前の財閥経営と満州の植民地経営から続く社会主義型の計画経済に近いモデルとも言えます。

 欧米型は所有(株主)と経営を分離することで、利潤追求による環境破壊などの問題が株主(資本家)に直接波及することを回避してきました。
 一方で、経営者は資本の論理を背景(言い訳)に、厳しい競争環境の中で法律スレスレのぎりぎりの手法(戦術)を模索することが是とされました。
 ビル・ゲイツが初期のマイクロソフトで徹底したといわれる「ハードボール戦略」も、まさにこれです。スタートアップが大企業より有利な点は、よく言われる俊敏性はもちろんですが、この「ハードボール」を投げ込んでも社会を変革しようとする意志と実行力に違いがなくてはならないのであって、それはまさに「パーポス」にかかってくるわけです。

 また、公と民の関係においても、いわゆるリボルビング・ドア(回転扉)と言われる、人的な交流が盛んに行われるが欧米の特徴です。その点で、規制により業界を牽制する立場にある政府が、必ずしも中立的な立場にあるとは言えません。
 例えば、1980年代に製造業で競争優位を失った米国は、90年代に金融とITにシフトしていきます。また、並行して製造業では日本よりは中国をその金融の投資対象として重視するようになります。これらの政策には、金融業界の与えた影響は大きかったと言われています。

 そんな、歴史的背景や欧米と日本との違いを考えると、この「パーポス経営」はやはり欧米型の資本家ドリブンで進んできたことは明白です。

 わかりやすいところで、2018年1月12日に、世界最大の資産運用会社であるブラックロック社のラリー・フィンク会長兼CEOが、投資先企業の経営者に対しA Sense of Purpose (パーパスという意識)というタイトルの、LETTER TO CEO 2018(CEOへの年次書簡2018年版)を送っており、この書簡の中で、以下のように言及しています。

「これからの企業は優れた業績のみならず、社会に対してどのように貢献できるかを示さなければ、パーパス主導でなければ長期的な成長を継続することはできない。自社の顧客や従業員など全てのステークホルダーにとって価値あるパーパスを示すことで、企業は競争力を強化でき、それは同時に株主には長期的な利益を提供することになる

"A Sense of Purpose"
ブラックロック社のCEOへの年次書簡2018
https://www.blackrock.com/jp/individual/ja/about-us/ceo-letter/archives/2018

 この書簡では、企業のガバナンス形態を含めたさまざまな変革が呼びかけられていますが、環境と地域社会への関与と貢献といった点が顕著です。

企業は自らに問いかけるべきです。地域社会における役割とは何か。自社の事業が環境に与える影響をきちんと管理できているか。多様性に富んだ組織を実現するための努力はしているか。技術革新への適応はできているか。自動化が益々進む中、従業員の再教育や新たな事業機会を追求しているか。従業員が退職後の生活に備えて投資を実践するにあたり必要な、従業員のファイナンスに関する教育やサポート等を提供できているのか。

同上

 実はこれが、「パーパス経営」の始まりではないかともいわれています。

 前々回のコラムで、企業の社会への関わり方が企業の社会的責任(CSR = Coprate Social Responsibility) の遂行という義務的な視点から、社会課題解決による共有価値の創出(CSV = Creating Shared Value)という考え方に変わってきたと言いました。

 経済学の世界から生まれたこのCSVという概念が、企業などの実際の事業活動に急速に浸透していく中で、「パーパス経営」という、どちらかというと起業家に必要とされ、その存在意義であった社会変革への信念を、資本家があらゆる企業に求めるようになったのだと思います。


 ところで、日本では「ミッション・ビジョン・バリュー経営」になる前は、「経営理念」があり、「パーパス経営」に近かったと言う方もいます。しかしながら、この「経営理念」もピンキリで、特に系列企業となるととってつけたような内容がほとんどでした。
 独立系で成功した企業の多くも、社会構造や業界そのものを変革したというよりは、既存の市場の中で、新たなアイデアや技術と実行力で優位性を築き市場シェアを獲得していったというタイプです。
(その意味で、日本発スタートアップのアーキタイプ(原型)と呼ぶべき、ソニー、ホンダ、ヤマハなど別格もあります)

 20世紀モデルと21世紀モデルの比較において、より重要になってくるのは、よりアンカー部に当たる「バリュー(価値)」と「ビリーフ(信念)」です。

 日本語でも、「価値観」と「信念」には大きな隔たりがあると思います。「Value(価値観)」はどちらかと言うと現状認識から他人と共有すべき(共有しやすい)評価基軸や現状の改善テーマといったものが思い浮かびます。一方で「Belief(信念)」には、「こうあるべき」や「こうありたい」といった熱望する世界観があります。

 また、「Value(価値観)」はどことなく評論家的な意見表明であるのに対して、「Belief(信念)」には行動が伴う強い意志が感じられます。

 ちなみにこの「ビリーフ(信念)」の有名な例としてアメリカのジョンソン・エンド・ジョンソンが掲げている「Our Credo(我が信条)」が取り上げられるのですが、神戸市も「神戸市クレド(神戸市職員の志)」を令和元年から策定しています。

ジョンソン・エンド・ジョンソンの 「我が信条(Our Credo )」は以下を参照ください。
https://www.jnj.co.jp/jnj-group/our-credo

「神戸市クレド」は理念と5つの行動方針からできていますが、この理念がとても神戸らしくて素晴らしいと思います。


神戸市クレド 理念
私たちは、神戸のまちに、神戸のひとに、進取の気風に、愛着と誇りを持ち、
神戸の今、そして未来のために、行動します。

(行動指針も含めた原文は以下)
https://www.city.kobe.lg.jp/a44881/gyouzaisei/gyoumukaikaku/credo.html

「まち」と「ひと」に加えて「進取の気風」を愛着と誇りの対象にして、「今」はもちろん、「未来のために行動する」というのが、なんとも神戸らしいと思います。


 さて、スタートアップ企業にとっては、そもそもその存在価値と差別化のために「パーポス経営」は必須であることは間違えありません。そして、社会課題解決型がイノベーションの最前線となる時代において、スタートアップだけでなく、エスタブリッシュした大手企業も、同様の存在理由を提示することが求められています。 
 そして、それをリードし、主導するのが世界最大のファンドであるブラックロック社であるわけです。 
 では、そのブラックロック社は、ファンド事業を通じて世界がどのように変わっていくと意識しているのか。
 先進国を中心に少子高齢化が進む中で、いよいよ社会の中核要員となっていくZ世代をどう捉えていくべきか、資本家の意見を代表するファンドの考えを見ていこうと思います。

神戸市 チーフ・エバンジェリスト 明石 昌也


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